TIPS 30
『アリスグリッチ』問題、ついに解決か
試作段階を経て、実用段階へと入っていたフルダイブ型VR機器、『アリスポッド』シリーズ。
そんなアリスポッドシリーズの第2世代型、アリスポッドMk2の利用者の一部において発生していた、正常に意識が戻らず、VR世界から未帰還であるかのような状態になる症状――通称『アリスグリッチ』が、発生から約1年を経て、ついに全面解決への見通しが立ったことが発表された。
今回発表となったのは、アリスポッドMk2への追加パーツと追加パッチ、『WR-1000X』。アリスポッド開発元である株式会社Guild52に加え、フルダイブ型VR産業への参入を目指す株式会社I.D.E.Aの協力の下で開発されたこの対策パッケージによって、アリスグリッチ患者の覚醒が実現するという。
既に試験的にWR-1000Xを適用した数例の患者は正常に目を覚ましており、現在経過観察中との情報も、発表内に含まれていた。
果たして、世界のフルダイブ型VR産業に壊滅的な影響を与えたアリスグリッチ問題は、WR-1000Xによって本当に解決するのだろうか。
本記事では、アリスポッドシリーズ自体についても振り返りながら、アリスグリッチの発生から今回の発表に至るまでの経緯を整理してゆきたい。
世界初のフルダイブ型VR機器であった初代アリスポッドが、VR関連分野の新たな地平を切り開く存在として注目されていたことは、私たちの記憶にも新しいことだろう。
既に隆盛をみつつあったVR関連産業を牽引する存在として、国内外を問わず広く注目を浴びていた初代アリスポッドと、それを基軸としたフルダイブ型VRシステム。
従来のメタバース産業やゲーム産業の発展形としての利用のみならず、意識不明者を含めた身体を動かすことが困難な患者の医療向け利用、現実では再現困難な科学実験のシミュレーションなど、多方面での利用可能性が指摘されており、その経済効果は5,000億円規模とも推計されていたのである。
そうした産業上の有用性のみならず、数々のSF作品などにも登場し、ある種の人類の夢とも言えるフルダイブ型VRを実現する機器として、いつしか『夢のVR機器』とまで呼ばれるようになったのも当然のことともいえるものだった。
しかし、順調に見えたフルダイブ型VR産業に、突如として影が差すこととなったのである。
それがアリスグリッチ問題、いわゆる未帰還者の存在であった。アリスポッドMk2の利用者の中で、正常に意識が回復しない事例が発生したのである。
問題が起きたのは、アリスポッドMk2リリース直後だった。実用段階に入ったとはいえ、その導入は億単位とも言われ、一部医療機関や研究機関などでの利用にとどまっていた初代アリスポッド。さらなる普及を図るため、アリスポッドMk2において導入価格の低下を図った矢先のことであった。
最初に問題が発覚したのは、医療機関での利用中のことだった。医師と患者がアリスポッドMk2を利用したところ、患者側は問題なく意識を回復したものの、医師が意識を回復せず、アリスポッドMk2が起動したままになるという事案が報告された。これが、後にいうアリスグリッチ第一号事案である。
第一号事案の報告以降、世界各地で未帰還者の報告が相次ぐこととなる。高まる批判の声を受けてGuild52社は陳謝し、新規VR機器開発を一切中止することを発表した。
その上で、各国の医療機関や政府とも連携の上で、未帰還者のケアとアリスグリッチの全容解明に注力することを宣言したのだった。
アリスグリッチ問題の及ぼした影響は、社会的にも経済的にも非常に大きなものだった。原因が不明ということも相まって、Guid52社、そしてアリスポッドMk2へのバッシングは、次第に過激化してVR産業全体へと向かっていったのである。
その結果、フルダイブ型を含むVR産業自体が危険視されていくこととなる。VR産業、中でもフルダイブ型VRは人間の脳、そして意識という現在の科学でも未だに全容を解明できているとは言いがたい部分に作用するところが大きいため、厳格な規制を設けるべきであるとの論調が高まっていた。
その結果、VR産業は下火となってゆき、関連企業への壊滅的打撃のみならず、市場規模の大幅な縮小をもたらしていったのである。
アリスグリッチ問題の発生から三ヶ月後。一向に進まない原因究明に、以前よりフルダイブ型VR産業への参入を目指していたI.D.E.A社が、アリスグリッチ問題の早期解決、そしてVR産業の再興を掲げ、Guild52社へ資本提携を含む協力を申し出た。
Guild52社もこれを歓迎し、以降両社は協力の下でアリスグリッチ問題の調査・研究を行っていくこととなったのである。
そして資本提携から9カ月――アリスグリッチ問題が確認されてから約1年後、Guild52社とI.D.E.A社は、原因の特定と対策パッチおよび部品の開発に成功したことを発表。この対策パッケージを『WR-1000X』と命名し、アリスグリッチ問題が解決へ向かうことを宣言したのである。
なおこの間、両社の資本提携はアリスグリッチ関連のみならず深化を続け、後の大ヒット玩具『デジモンドック』の開発なども行っている。VR業界のみならず、両社の提携は玩具業界にも新風を吹かせることとなりそうだ。
先述の通り、現段階では試験的にWR-1000Xを適用された数例の患者の帰還が確認されているに過ぎない。両社の発表によれば、問題の解決のみならず、同様の問題発生も抑制しうるというが、未だ全てが明らかになったとは言い難いだろう。
しかし今回の発表に、市場の反応は早かった。両社の発表を機に、アリスグリッチ問題で底をついていたVR関連株は軒並み上昇しており、市場ではこれを機にVR産業は復興していくと見る向きが強いようだ。
しかし、先述の通り、未だ詳しい原因については発表されておらず、帰還者も経過観察中であり不透明な部分が多いというのが実情である。
さらに当社の独自取材によれば、帰還者は、意識不明だった間「不思議な世界にいた」という趣旨のことを話しているという。このことが何を意味するのかは不明であるが、いずれにせよアリスグリッチ問題の更なる研究の進展が、フルダイブ型VR産業をより安全なものとすることは間違いないだろう。
WR-1000Xの開発を以って、両社の発表通りアリスグリッチ問題が解決に向かうことを願うばかりである。

