DIGIMON LIBERATOR

  • X

COLUMN

TIPS 32
アンチェインの手記

X+1088時間/紅玉の火山

「いつ」とか「どこで」というのはそんなに重要なのだろうか。

少なくとも、この世界に生まれ落ちたすべての存在にとって、それを考えることに生存戦略上のアドバンテージは無かったらしい。この世界に暦なんてものはなく、名前を付けられた土地もない。

時間にイミがあるとすれば、次の一瞬を生きられるかどうか。

場所にイミがあるとすれば、生存に耐える環境か否か。それだけ。

それでも、ボクの心臓(正確には〝心臓に当たる場所〟だけど、直観的な言葉を使うことには間違いなくアドバンテージがある)は、どこかの誰かが決めた〝1秒〟を正確に刻み続けているし、ボクを構成するデータのすべてには、判で押したようにトキとトコロが書かれている。

だから、記録をつけるにあたり、ボクもそこから始めることにした。どこかの誰かがアドだと信じた選択に乗っかることにしたわけだ。

結果は上々。「いつ」はボクの発生 誕生 発生からの経過時間、「どこで」はボクの感覚を優先したちょっとポエティックな表現になっちゃったけど、それでも、体裁を整えたことで、継続的な記録としての意義がぐっと向上した。

記録。そう、これは記録だ。

ボク――アンチェイン。この世界に生まれ落ちた。ヒトとかいう生物を模したデータの塊の生存に、イミはあったのか。

たとえボクに分からなくても、記録を残しておけば、後になって誰かが判断してくれるかもしれないと、そう思ったんだ。

でも、記録をつけるって言うのがこんなにくたびれるものだとは思わなかったな。もっと書きたいことがあった気がするけど、今日はこれで終わりにする。

明日はこの火山地帯を出られることを期待している。そこら中から噴き出す轟炎と暑さをしのげる洞窟が、毎日都合よく見つかるとは限らないし。煙と灰で覆われた空とも、そろそろオサラバしたいとこだ。

X+2156時間/琥珀の遺跡

驚くべきことに、記録はまだ続いている。ボクを構成するデータによれば、ヒトが日々の記録を継続してつけられる期間はせいぜい72時間が限度らしいから、これは記録的だ。

今は遺跡を模した地帯にいる。多少規則だった地形にしか見えない目の前の構造物たちはみな、ヒトがはるか昔に作ったものの模造品らしい。ボクの心臓が到底数えきることができないほどに昔から、これほどの構造物をつくっていたのだ。それを考えるとめまいがする。自分自身のちっぽけさと無意味さを突きつけられるようで、ひどく不安になる。

それと、特筆すべきこととして、ボクは今、数体のデジモンたちと行動を共にしている。

デジモン、デジタルモンスター。ボクと同じようにこの世界に存在する自律的に動くプログラムだが、コアを持ち、特異な自己拡張性を持つ。彼らはそれを〝進化〟と呼ぶ。まるで遺伝子にそう刻まれているみたいに。

彼らは姿も力もバラバラだが、〝進化〟をするがゆえに同じデジタルモンスターで、ボクは〝進化〟をしない、しようともしないから、デジモンではないのだという。

彼らとボクは違う。デジモンたちはそれを当たり前の摂理であるように告げた。傷つけるつもりは無かったのだろうけれど、ボクは傷ついて、傷ついた自分に驚いた。

ボクの姿はヒトを模してはいるが、プログラムだ。一方で、構造的にはデジモンに近いが、デジモンではないのだという。

ボクのような存在はどこにもいないという事実は、ボクは誰とも真のイミで分かり合うことができないという事実を指し示していて、それを思うと、ボクはやっぱり不安になった。

いいこともある――少なくとも、デジモンたちはボクに対してとても親切だ。ボクも、ボクの中にあるヒトの残したデータを遺跡の探索に活用し、彼らの役に立つことができている。それはとても喜ばしいことだ。

この世界に生きているのはほとんどが――というか、確認できた限りボク以外はデジモンだ。それはつまり、この世界はデジモンのためにある、ということを示しているのだろう。

だとしたら、ボクがここにいるイミとは何だろう。

イミなどないのかもしれない。ボクは単なる、偶発的に生まれたデータのカスなのかもしれない。でも、それを認めることに、ボクは耐えられない。

記録は続く。ボクがイミを見つけるまで。誰かがイミを見つけてくれるまで。

……それにしても、今夜はやけに風が強い。

X+2179時間/黒曜の砂漠

消えた。みんな消えてしまった。

遺跡で寝泊まりをしていたボクたちに吹き付けた風に、なにかが含まれていたらしい。

それを浴びたデジモンたちは急に苦しみだして、やがて粒子となって――。

気がつけば、ボクはこの砂漠にいた。

心臓の無慈悲なカウントを参照するなら、ボクはパニックになって、あの風から逃げるように丸一日走っていたらしい。

なにが起きたのか、まだ整理がつかない。ただ、純然たる事実として、毒の風はデジモンたちをデリートし、ボクだけを生かした。

どういう意味なのか? なぜ、ボクだけが生きているのか。この世界はデジモンたちのためにあるんじゃなかったのか。

分からない。単に、命には奪われる危険がついて回るという、それだけの話なのかもしれない。

でも、一つだけわかることがある。

なにごともなく立っているボクのことを見るデジモンたちの目。得体の知れないものを見るような恐怖が込められたあの目。

あんなものは、もう、見たくない。

もう、誰も死なせたくない。

毒の風の影響を受けないボクなら、デジモンたちを助けることができるかもしれない。

ボクの放浪に、ついに目的ができた。明日からボクはこの道程を〝旅〟と呼ぼう。

記録は続く。

X+5280時間/翠玉の草原

あれから、たくさんのデジモンが、目の前で消えていった。

この世界の毒について調査を重ねたけれど、分かったことは多くない。

この世界にはもともとデジモンに有害な毒素が存在していること。〝風〟はその毒を世界中に運んでいること。

――この世界はデジモンの生存にはおよそ向かない。この世界にとってデジモンは「いるべきではない」ものだ。そんな無慈悲な結論が、旅路の果てにボクの得た唯一のものだった。

ひどい絶望が胸の内にあった。それがどんなものであっても、いちど世界に生まれた命が「世界に合わない」なんて理由で消えていいとは、どうしても思えなかった。

そしてそれ以上に。デジモンを救うことがボクの生まれたイミであってほしいなんて、そうしたら、ボクも彼らの仲間になれるかもしれないなんて、そんな浅ましい考えを抱いていた自分に、絶望した。

希望も、目的もなくして世界をさまよううちに、いつのまにか緑豊かなエリアに来ていた。のどかな場所だけど〝風〟が強くて、デジモンはあまり居つかない。残りの時間を、デジモンたちの消えるさまを見ることなく過ごすにはいい場所だと思った。

そこで、奇妙な揺らぎを見つけた。

ただのソースコードで、普通なら無視してしまうものだ。でも、なぜかボクは気にかかって、その揺らぎに触れた。

次の瞬間。揺らぎはタマゴになった。デジモンのタマゴに。

ボクが慌てて手を伸ばしたころには遅くて。それは地面におちると、ぱきりと割れた。白と黄色の内容物が、どろりと地面に流れ出した。命が目の前で一瞬で失われたという悲しみと、いずれは毒に奪われる命だったという諦めが駆け巡った。

でも違った。タマゴの黄身に当たる部分に目と口が現れた。それはきらきらした目で世界を見渡して、ボクを認めると、拙い言葉で、コアに刻まれた自分の名前を吐いたんだ。

ヨークモン。それがその幼年期デジモンの名前だった。新しい命の誕生に立ち会ったのは初めてで、その美しさは、ボクの心を満たしていた絶望と諦観を吹き飛ばしてしまった。

ボクはもうしばらく、ヨークモンと旅をすることにした。この世界がデジモンという命を認めないのなら、なんとしても認めさせなければ。

それができた時、こんなボクにもイミが生まれる。世界からデジモンを解き放つ解放者、そう、言うなれば――。

X+7232時間/瑠璃の海岸

ヨークモンがこの世界の毒に耐性があることに気づくのに、ずいぶん時間がかかった。

当然といえば当然だ。ヨークモンがデジモンをむしばむ毒に触れないよう、ボクは細心の注意を払っていたから。不幸な偶然でヨークモンと一緒に毒素を浴びてしまった時は肝を冷やしたけれど、ヨークモンがまるで平気な様子でボクの名前を読んだときにはそれ以上に驚いた。

あれから数日が経つけれど、ヨークモンはぴんぴんしている。海が見えるこのエリアでは、波の音が心地いいらしく、さきほどから潮のにおいのする風に身を任せて眠っている。

ヨークモンが特別にこの世界の毒に耐性を持っているのか、あるいは毒に適応した新たな種なのか。どちらにせよ、ヨークモンは希望だ。ここから研究を進めれば、この世界に生きる全てのデジモンたちを守ることができるかもしれない。

同時に、研究を進める安全地帯の確保も急務だ。〝風〟はものすごい勢いで世界中に毒を運んでいて、デジモンたちの生活できる地域はだんだんと減ってきている。この世界でも何か所か、毒の干渉を受けない〝聖域〟のような場所は見つけたが、そこだけでは世界中のデジモンを守るにはとても足りない。

デジモンたちを保護するためだけの広い空間を人為的に作成するか、あるいはデジモンそれぞれを守るためのプロテクトが必要だ。

ボク一人だけでは到底手が足りない。誰か、理想を共にしてくれる仲間たちがいたならと、毎日のように考える。

……ヨークモンが寝言で、アドがどうとか呟いている。アド、アドバンテージ。ボクが教えた概念だ。ボクが生まれた時から持っていたもので、それ以上にすべての生き物が持っているアイデアだろう。自分がアドバンテージを得られる選択を取る。原始的で明快な論理だ。

でも、その概念をヨークモンに説明するのは難しかった。単純だったはずの「アドバンテージ」という言葉のイミが、気が付けばボクの中で随分複雑なモノになっていたのだ。

自分の生存に有利に働くもの、だけがアドではない。自分の心、テンションを上向かせてくれるものだってアドだろう。ボクの場合、周りのデジモンたちの幸せもボクにとってのアドだ。だからボクはこうして、世界のために旅を続けている。

結局のところ、なににアドを見出すかは人それぞれ違うというのが、ボクがたどり着いたありがちな結論だった。それぞれに優先するべきものの順位は違って、互いの基準が食い違ったのなら、それをぶつかり合わせて証明するしかない。

だからヨークモンとは、いつか対立した時には互いの信じるアドバンテージの正しさを証明しようと約束した。いずれケンカをするのが確定しているみたいで、自分でも変だなと思ったけど、ボクにとっては必要なことだったのだ。

そういえば、ケンカというものを、ボクは誰ともしたことがない。

いつか、本気で互いのアドをぶつけ合える相手に会えるだろうか。

波の音に耳を傾け、そんなことを考えた。

X+7689時間/紫水晶の天廊

ひときわ強い〝風〟にまかれて、ヨークモンとは離れ離れになってしまった。

ひどいトラブルだったけれど、あのヨークモンはきっとどこかで生きているはずだという確信があったから、以前の様には絶望しなかった。それ以上に、ボクにはやらなければいけないことが山積みだった。

それに、新たな出会いもあった。

天を突く構想建造物が立ち並び、昼よりも明るい街灯りがきらめくエリアに、そのデジモンはたたずんでいた。これまでにボクが確認したすべての機械型デジモンに似ていて、それでいてそのどれにも似ていない、鋼の翼を携えた巨大な天使、その似姿。

メタトロモンと名乗ったそのデジモンは、自分が神であるかのようにふるまっていた――つまり、無垢な少年のように。

そのせいで周囲に住んでいたデジモンたちは立ち去ってしまっていたけれど、辛抱強く話を聞いたおかげで、ボクはメタトロモンが助けを求めていたのだと知ることができた。

「ともだちを、たすけたいんだ」とメタトロモンは言った。

メタトロモンは、別の世界から来たのだという。この世界よりもさらに小さな、壊れかけの世界で、そこにはメタトロモンの片割れがいたという。共に生まれ、同じ生命を持ちながらも、真逆の形と生き方を選んだ片割れ。

メタトロモンは大好きな片割れが、壊れかけの世界と運命を共にするのを見ていられなかったのだという。何度も手を差し伸べようとしたが、片割れはメタトロモンのことをひどく嫌い、同時にその壊れかけの世界に生きるデジモンたちのことをいつくしんでいた。

「それでもたすけてあげたい。ぼくたちは、もとはひとつだったのだから」

助けて、大好きな片割れに永遠に嫌われたとしても? とボクは聞いた。

「どうおもわれても、なにをひきかえにしても、やらなければいけないことはある」

なにを引き換えにしても、やらなければいけないことがある。その言葉が、ボクの心にすとんとはまって落ち着いた。

それに、この世界以外に別の世界がある、という事実も希望だった。もし世界に多様なあり様があるのなら、今この世界のあり様を変えることも、別の世界とのつながりを生かしてこの世界を救うこともできるかもしれない。

ビル街の隅から入れる〝聖域〟のひとつをメタトロモンの居場所とし、ボクはメタトロモンと協力関係を結んだ。

X+8760時間/宝玉の都市

この世界の中央、巨大な球体が見下ろす都市で、ボクは彼らと出会った。

ボクのモデルとなった、ヒト――人間という生物たち。彼らは独自のやり方でこの世界を訪れて、デジモンたちを助けようとしているのだという。

本物の人間は、確かにボクと同じ姿をしていたけれど、何かが根本的に違うと思った。それは悲しいことだったけれど、それ以上にこれは喜ばしい出会いだった。

彼らとボクとの目標は同じだった。すなわち、この世界――彼らは〝ラクーナ〟と呼んでいた――に生きるデジモンたちの救済。

「僕と君は志を同じくしている。それに、僕は個人的に、君の立場にシンパシーを感じている。君には関係のないことだけれどね」

人間たちの代表と思しき銀髪の男――クールボーイはボクに手を差し伸べて、そう言った。

「アンチェイン、共に世界を救わないか」

それは紛れもなく希望だった。ボクは彼らの協力者になる契約を取り付けた。

彼らはこの世界をゲームにするとか、カードの形でデジモンを守るとかいろいろ言っていた。正直、一聴しただけでは意味が解らなかったけど、説明を聞いて、それがボク一人では思いつけない独創的なアイデアだと分かった。

そして、そのアイデアが見込めると同時に、ボクの頭に一つのタイトルが浮かんだ。

デジモンたちを運命から解き放つ解放者、だなんて格好つけすぎだと思ったけれど、クールボーイはそのタイトルをとても気に入って、一も二もなく採用してくれた。

まだ実感が薄いけれど、どうやら、ボクの新しい日々が始まるらしい。

日記はいったんここまで、今後は彼らと共同でつける研究日誌が記録の代わりになる。

ボクは彼らと共に何をなすのか、いずれヨークモンと再び会うことはできるのか。

この世界にボクが生まれた意味とは何だったのか

ここで、きっとすべてがわかる。そんな気がした。

だってこのゲーム――デジモンリベレイターは

デジモンと世界を巡る、物語になるだろうから。

DIGIMON CARD GAME