DIGIMON LIBERATOR

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novel

DEBUG.1-1

 空はない。
 あちこちに群生する活火山から吹き出る煙と灰が、天を覆い尽くしていた。陽が差さないこの場所を照らすのは川のように流れるマグマがもたらす赤色だ。その赤に照らし出される見渡す限りの岩。岩。岩。
 溶岩から生まれた泡がはじける鈍い音と、岩が焼ける香ばしい音がBGM代わり。ゲーム内のエリアゆえに温度こそ感じないが、視覚情報だけでも脱水症状に陥るレベルだ。
 地獄が本当に存在するとしたらこんな感じ、と考えるのはあまりにもステレオタイプかも知れないが。

 ――ここは、ラクーナの中でも高レベル帯に属するエリア・轟炎地帯ルビーマウンテン。
 その中心都市からほど遠い“はずれ”だ。
 NPCすら配置されていないこの場所に、1人の少女と、少女の身長の半分もない1体のデジモンがいた。
 誰が見ているわけでもないが、どこからどう見てもテイマーとそのパートナーに相違ない。
 だがひとつ、そのパートナー関係を疑う余地があるとするならば。

「――ほんっとーに! ゴメンってば!」

 少女が、その場に座り込んだデジモンに対して謝り倒していることだろう。
 デジモンの方はずいぶんと機嫌が悪そうだが、対する少女は焦りながらもどこか楽観的な笑顔を浮かべていた。
 その名を、ユウキと言う。

DEBUG.1-1 ユウキ

 青紫のロングキャミソールに、黒いショートパンツ。それらを包み込むようなオーバーサイズの白いジャケット。マゼンタに染まった派手な髪のサイドを三つ編みにしたハーフアップ。
 そしてお気に入りの赤いスポーツシューズ。
 メイクも決まっている。
 うん、と彼女は誰に求められるわけでもなく大きくうなずいた。
 今日もバッチリだ。ボーイッシュでありながらガーリーさも忘れていない。いますぐログアウトして原宿に飛び出してもいい。そこでSNS用の自撮りなんかしたら最高に満足出来そうな気さえする。
 それくらい完璧に盛れている。今日も明るく可愛いユウキちゃん ――控えめに言って、最強だ。

 ……それなのに!

「うるせ! もう今日はこっからテコでも動かねーぞ、オレは!」

 最強な自分を以てしても、パートナーの機嫌を回復させるのは困難を極めるらしい。

「お願い、こんどかわちいアクセサリー買ってあげるからゆるして、インプモン!」
「やーだーねー! 今日ばっかりはユウキが反省するまでゆるさねーからな!」
「でも“エグい”くらい“かわちい”よ……?」
「カワチイアクセサリーなんていらねンだよ! っていうかなーにがエグいだ! なにがカワチイだ! ちゃんと“スゴく”“可愛い”って言え!」
「えー」
「えーじゃないよ……前から言おうと思ってたけどな、ユウキの言葉遣いが乱れてるから気分がウワついていっつもシッパイするんだよ……」

 ユウキがインプモンと呼んだ相手は、深い紫色の小さな体躯をこちらに向けることなく深いため息をついた。インプモンは、ピエロのように伸びた2本のツノ、そして赤い手袋とスカーフが目印の、小悪魔型に分類されるレベル3 デジモンだ。
 βテスト時代からずっと付き合いがあるから、こうして話すようになって 半年以上が経つことになる。いまでは気兼ねなく付き合える大切な友達だ。
 だというのに、この小悪魔の 機嫌の直し方だけは一向にうまくならない。

「いやぁ、反省はしてるんだヨ?」

 そもそもを言えば自分が悪いのは重々承知だ。
 彼女の向こう見ずとも言える脳筋特攻で、任務に失敗したことなのは明白だった。

 ――任務。

 ここで言う「とある不具合への対応」とは、最近頻発している暴走するNPCへの対処を指す。
 縁あってユウキとインプモンは、このデジモンリベレイターというゲームにおける、とある不具合を調査・対応するデバッグチームに所属しているのだ。

 NPCは暴走すると、プレイヤーと見れば、誰彼構わず容赦なく理不尽なバトルを仕掛けてくるようになる——そんな、快適なゲームプレイを著しく妨げるバグ。
 それらを取り除き、いつも通りの平和で楽しいデジモンリベレイターを運営するために彼女たちがいる――のだが、先述の通りユウキとインプモンはその任務に失敗した。

 メタリックドラモンとヴォルケニックドラモンと呼ばれる、2頭の竜を駆る暴走NPCに敗北したのだ。

 ……いやー、強かったなぁ。

 返す返すも、とんでもない強さだった。
 シチュエーションバトルでこそなかったが、あのデッキを相手にするにはもう少し対策を練った方が良い。
 徹底的にメタったデッキを構築しないことにはどうしようもなさそうだ。

 ……そして、ヤバかったよねー。

 本来であれば、暴走NPCに負けるとキャラクターデータが破損してしまうのだが、彼女の持つデバッグチームの証である『ユニークエンブレム』がデータを保護してくれている。
 バックアップの役割を果たしているエンブレムがなければ、今頃はこうして痴話喧嘩で騒ぐことすらできなかっただろう。

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 完全に機能するのであれば、全ユーザーにこのエンブレムを配ればいい話だ。だがしかし、この機能はあくまで不安定なテスト版ともされている。
 つまり、敗北した際にエンブレムがあっても、ユーザーデータが破損する可能性はゼロではない。
 だからこそインプモンは怒っているのだ。
 エンブレムのバックアップが100パーセント信用できる機能ではない以上――負けたとき、彼女たちが離ればなれになる可能性がわずかでも否定しきれない以上、任務は絶対に成功させなければならないのだと。

「……あぶねーとこだったんだぞ、ユウキ」
「うん。ゴメン」

 だから、ここは真摯に謝り倒すしかない。
 どう考えても早計だった。調査を進めずにいきなりバトルを仕掛けたのは我ながら頭がおかしかった。うん、間違いない。自分が悪い。

「行き当たりばったり、直せンのかよ 」

 ……あ、もうちょいだ。

 流石にインプモンも拗ね疲れてきたのか、頑なだった態度が先ほどよりも軟化している。その証拠に、後頭部しか見えていなかったインプモンの視線がわずかにこちらを捉えていた。
 もう一押しだ。仲直りの手応えを逃すまいと、ユウキは反省の意をまくし立てる。

「直す なおす! ゼッタイ! ガチで反省してる! だから一回街もどろーよ、ねっ!」
「……対策はあんのか?」
「えっ!」

 改めてパートナーが大きなため息を吐き出した。
 やれやれ、と肩をすくめてインプモンは続ける。

「もう危なっかしくてめんどくせーコトしたくねーんだよオレは。反省してるなら対策練れてるだろ、アイツらの。次はボコボコにできるんだよな?」
「いや、全然! 対策はこっから!」

 だって、さっき負けたばかりじゃん――と、ユウキは素直に答えた。
 彼女たちがNPCに敗北してから、時間にしてまだ1時間も経過していない。そして負けてからはずっとインプモンのご機嫌取りに徹していたのだから、対策を練る余地があるはずもなかった。

「……じゃあヤダ」
「えーっ」

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 再び自分に後頭部を向けてしまったインプモン、その目に涙が浮かんでいたのを彼女は見逃さなかった。また無自覚な一言で機嫌を損ねてしまったのは明白だ。

「いやでも! 無理じゃん、対策なら一緒に考えよーよ!」

 余計な一言だったかも知れないが、事実は事実として受け止めてほしい。さすがにいまさっきのバトルの反省をこの小一時間でやるのは不可能だ。
 機嫌を取るために嘘を吐くことは簡単かも知れないが、実際に対策を練れていなければなんの意味もない。プランを聞かせろ、とインプモンに問われて嘘がバレるのが関の山だ。 ならば正直に言うしか選択肢がない。

 ……あれ、詰んでない?

「もー! ゴメンって言ってるじゃん!」

 だから爆発した。
 ただでさえルビーマウンテンの郊外は視覚的に疲れるうえ、先程まで気の抜けない戦いをしていたし、パートナーに一向に届かない謝罪を繰り返していたのだ。ユウキのストレスは許容値をとっくに超えている。
 いくら“明るく可愛いユウキちゃん”でも感情を爆発させるのは無理からぬことだ。

「オレだってゆるさねーって言ってるだろ!」
「インプモンのわからずや!」
「ユウキの脳筋バカ!」
「脳筋バカで悪かったね、どうせ運動神経抜群のスポーツ万能少女ですよ!」
「自意識過剰! せっかくならスポーツだけじゃなくてカードも上手くなれよ!」

 ああでも、とインプモンがこちらを向いて口端をつりあげて笑う。その表情を見たユウキは、付き合いの長さゆえに「ああこれは煽られるな」と直感でわかった。

「ユウキにカードゲーム上手くなれってのは難しいハナシだよな、だってバカなんだもん!」
「あんだってー! それが友達に言う言葉だっての!? もーわかった! こうなったら……ッ」

 間髪入れず、彼女はD-STORAGEを取り出して起動する。すると、半透明の青いユーザーインターフェイスがデバイスから浮き上がってきた。
 もう小煩いインプモンはD-STORAGEの中に入ってもらって、インスタントアイテムのポータルを喚び出そう。それで街に帰ろう。

「あっ、ヒキョーだぞ!」
「あーあー聞こえなーい。聞き分けのないワルい子はオシオキでーす。あたし疲れたしそろそろログアウトしたいしインプモンくんはおうちに帰りましょーねー」

 売り言葉に買い言葉はもう疲れた。
 慣れた手つきでメニューを操作する――否、操作しようとした。

「あれ」

 そこに違和感がある。
 トップメニューのプルダウンにある『アイテム』の項目に、新しいアイテムの入手を示す赤い丸のバッジが付いていた。

「なんだ! ログアウトするんじゃねーのかよ!」
「しっ、ちょっと待って」

 慌てた表情のインプモンを片手で制止する。
 アイテムの入手に記憶がない。今日はどこの店にも寄っていないし、暴走したNPCとのバトル以外に活動らしい活動はしていない。
 ショップでの購入以外でアイテムを入手したとなると、NPCを倒してアイテムがドロップした……というのが一般的ではある。が、そもそも自分たちはNPCとのバトルにも負けたはずだ。
 だとすれば。

 ……負けたけど、ドロップアイテムを手に入れた……?

 もともと、NPCの暴走自体がバグだ。そういうことがあっても不思議ではない。いや、不思議ではある。負けたNPCからアイテムを入手した――そう考えるしかないだけであって、バグだから何でもありとなると今後何が起きるか分かったものではないし、デバッグする側としてはたまったものでもない。

 ……開いてみる? 危ないかな。

 少しの間、ユウキは悩んだ結果、そのアイテムを確認することにした。
 中身を確認しないことには、GMたちに報告もままならないという判断だ。
 恐る恐る、アイテムボックスの通知欄をタップする。

【テイマーカードのアビリティアイテムを入手しました】

 ポップアップしたのは、見慣れたメッセージウィンドウだ。
 ――テイマーカードのアビリティアイテム。
 それは、このデジモンリベレイターというゲームにおいて、かなり重要度の高いアイテムとされている。
 プレイヤーはゲームに初めてログインした際、自分自身の姿が映し出された空白のテイマーカードを入手する。
 その後、アビリティアイテムを使用することで新たな能力のテイマーカードを解放・獲得していく……というのがゲームを攻略する上で必要不可欠な要素になっている。
 一体どんなアビリティアイテムを手に入れたのだろうか……想像も付かないユウキは、インターフェイスに表示された【確認】の2文字を続けてタップして、肝心の中身を覗いてみた。

「……ねえ、インプモン」
「なんだよ!」

 無視されていたことに苛ついたのか、インプモンは喧嘩腰の荒々しい口調で言葉を返す。
 取り合っている場合じゃない。ユウキはあくまで冷静に問いを投げかけた。

「インプモンって小悪魔型だよね?」
「今更なに言ってんだよ、あたりめーだろ!」
「レベル6のベルゼブモンは、魔王型だよね?」
「だからあたりめーだろって!」
「……魔竜型とか、邪竜型だったりしないよね?」

 こちらの様子がおかしいと気がついたのか、インプモンは先程までの剣呑な空気を解いてユウキに歩み寄る。

「いや、マジで変な質問だな……どーしたんだよ急に」
「ちょっとコレ見てくれる?」

 背の低いインプモンにもウィンドウが見えるように、彼女はその場でしゃがみ込んだ。彼も文句を言わずにそのアイテムの詳細をのぞき込む。

「なんじゃこら」
「ね。なんじゃこら」

 2人そろって首をかしげた。
 アビリティアイテムは基本的にランダムドロップだが、しかし完全にランダムというワケではない。使用しているデッキタイプをシステムが判断し、関連性の高いアビリティがあるテーブルからランダムにアイテムを排出する、というのがシステムの肝なのだ。

 自分たちが主に扱うデッキの主軸は、無論インプモンのカードだ。
 トラッシュのカードをリソースとして駆使し、レベル3であるインプモンをレベル6のベルゼブモンへと進化させたり登場をさせたりして、早い段階で盤面とセキュリティを破壊する高速デッキだ。
 そしてインプモンは小悪魔型。
 ベルゼブモンは魔王型。
 だから、ドロップするのであればそれらのタイプに関連するアビリティアイテムが排出されるのが常道だ。

 しかし、このアイテムは違う。

【メイン:自分の手札が4枚以下なら、このテイマーをレストさせることで、自分のデジモン1体をトラッシュの特徴に「魔竜型」/「邪竜型」を持つデジモンカードに進化できる。】

 魔竜型も邪竜型も、完全に縁がない特徴ではない。しかしメインアタッカーであるベルゼブモンに使用するにはあまりにも“はずれ”ている。

「あ、おい! ちょっと見てみろ!」
「ほい?」

 インプモンがメニュー画面を指さした。その先には、新たに通知バッジが付いている。
 カードリストの項目に光る赤丸が示すのは、新たなカードを手に入れた事実だ。

 バグだらけだ。
 アビリティアイテムの詳細を確認したら、セットもしていないのに新たなカードが手に入る? まるで聞いたことがない。
 しかし警戒することを、2人とももう忘れていた。
 目の前に起きている奇妙な事象に引っ張られるがまま、ユウキたちはリストを開いて新たに入手したカードを確認する。

「え! なにこれ、なにこのカード!?」
「……オレにもわかんねー」

 何枚かの、見知らぬデジモンカードがリストに収録されている。
 名前も聞いたことのない、魔竜型と、邪竜型のデジモンカードがそこに在った。

「――見えたかも」

 そこで、ユウキは即座に閃いた。
 これならいけるかもしれない、という確信めいた予感が心を躍らせる。

「へ? なにが見えたってんだよ」
「そりゃもう! インプモンが欲しがってた暴走NPC対策だよ!」

To Be Continued.

DIGIMON CARD GAME