DEBUG.1-2
灰に覆われた黒い空、溶岩によって赤く照らされた大地。その狭間にそびえたつのは巨大な岩の塊。いつ天にも届く火柱を噴き上げてもおかしくない活火山だ。
自分たちが 先刻訪れたばかりの、ルビーマウンテンの中心地から遠く離れた僻地。そこに、ユウキたちと対峙する影がある。
長身痩躯、人型の白いロボット。
今となってはもう見慣れてしまった赤いデジタルサイネージが、顔面のバイザーに妖しく光を灯していた。
暴走NPCだ。
数時間前に自分たちを敗北させたNPCに相違ない。
再戦——リベンジマッチ、その真っ最中だった。
ユウキは見る。
自分とNPCの間で、合計で3体のデジモンが睨み合っているのを。
DEBUG.1-2 HEAVY METAL PLAY
NPCのバトルエリアには戦闘機とドラゴンが融合したような、歪でありながら機能美を感じさせるデジモンが浮遊している。機竜型のジャザリッヒモンだ。
相対するユウキのバトルエリアでは、自分の姿が描かれたテイマーカードと共に2体のデジモンが臨戦態勢だ。
1体は先程トラッシュから蘇生させたレベル6の魔竜型デジモン。高熱のエネルギーで構成された二対の翼を持つ黒き大竜、ニーズヘッグモンである。
ブロッカーを持つこの魔竜をデッキに採用したのは、先にアビリティアイテムによって手に入れていたテイマーカードの効果による恩恵が大きいからだ。
向こうの場が展開しきる前に、このデジモンを登場させることができたのは僥倖といえる。ニーズヘッグモンはこの暴走NPCに勝つために必要なカードだった。
そしてもう1体。
つい先程進化させたばかりの“新顔”がいる。
両肩に大型のスピーカー、胸にはそのデジモンの声を的確に拾うツノのように鋭利なマイク。巨大な体にド派手なアーマーを着込んだサイボーグ型デジモン。
ファンコミュニティではインプモンのライバルと名高いギルモンの完全体・メガログラウモンと見紛うシルエットをしているが、しかしまだ誰も知らない新種のデジモンがそこにいた。
……やっば。ガチ好きピ。かっこ良すぎるでしょ。
名をラウドモン。
同じく新顔のパンクモンもなかなか男前だった。革ジャンを着込んだレベル4の魔竜型デジモンで、メタルマスクにモヒカンといういでたち。
ぜひともあのモヒカンを触らせてほしかったがなんとか踏みとどまった自分を少し褒めてあげたくなる。
……こっからまだかっこ良くなるってコト? ありえないんですケド。
既に次のカードも備えてある。盤面も狙ったとおりの展開。あとは敵のNPCがどう動いてくるか、だが。
「来るぞユウキ! 準備はできてるんだよな!?」
「もちッ!」
パートナーの意識が乗り移ったラウドモンが注意を促すと同時、NPCが右手を突き上げて一枚のカードを天高く掲げる。
この演出は既に見たことがあった。先刻の敗北の契機となったものだ。
つまり来る——。
「どんと来い!」
0だったメモリーが、一気にユウキ側の5まで傾いた。
目の前のレベル5・ジャザリッヒモンが輝きに包まれ、エメラルドグリーンの光を放つデータの粒子へと変換されていく。
その粒子が、ジャザリッヒモンとはまったく別の形へと再構築。
より大きな体が瞬時に組み上がっていくのが見て取れた。
進化、である。
「——NPCくんの、切札!」
編み込まれたように、幾重にも重なった鋼鉄の鱗。両腕から絶えず吹き出す光の翼膜。こちらを睨み付ける鋭い眼光。天竜型と呼ばれる、機械仕掛けの竜がそこに在る。
レベル6・メタリックドラモンがここに顕現していた。
メタリックドラモンの劈くような甲高い咆吼が大気を震わせる。
同時に、ターンがユウキに返ってきた。テイマーカードの効果でメモリーがプラスされ、いま自分が保有するメモリーは6。こちらが想定した動きに持っていくのに十分すぎる数だ。
「改めて、すっごいハクリョク」
その迫力に気圧されまいと、感想を口にすることで不安を体内から吐き出す。
「で、チートっしょそれ……!」
レベル4以下のデジモンが次のユウキのターン終了まで封じられてしまう、このデジモンの進化時効果はとても厄介なものだ。
加えて、メタリックドラモンは消滅時にもっとやっかいな効果を持っているのも忘れていない。
相手の盤面を睨み付けながら、ユウキは自分のターンを宣言する。
「ドローフェイズ……!」
ドローフェイズを経て、手札は2枚。この盤面を揃えるためにガンガン手札を消費した結果だ。
6コストも渡されて、しかし手札は2枚しかない。
盤面を制圧するにはあまりにも心許ない……と。他のデッキタイプならこう考えるのが普通ではある。恐らく、敵対している暴走NPCもそう考えたはずだ。
こちらの手札枚数を見て、コストの大量消費に繋がったのだろうが。
……とんでもない。
むしろ手札は少なければ少ないほど良い。このデッキを回すにあたって、とても都合が良いと言える。
新しく手に入れたアビリティを持つテイマーカードや、その他のカードにとって最高の手札枚数と、それを活かすのに十分なコストだ。
ユウキは右手を振り抜き、場に置かれたテイマーカードを思い切りレストさせる。
効果の起動だ。
【メイン:自分の手札が4枚以下なら、このテイマーをレストさせることで、自分のデジモン1体をトラッシュの特徴に「魔竜型」/「邪竜型」を持つデジモンカードに進化できる】
「行くよラウドモン、ぶち上げる準備はいいよね!?」
声を張り上げながら、続けざまにメモリーを動かした。
消費するコストは4。トラッシュから1枚のカードを引き上げると、ラウドモンの体が先のメタリックドラモンのように輝きに包まれていく。
進化の輝きだ。
そして相棒は光を放ちながら、ユウキの言葉に大音声で応えた。
「おうよ!」
「よっしゃー! そしたら好きピと一緒に、ノリ²でテンション上げてこっ!」
ラウドモン進化——。
「メタリックドラモンだかなんだか知らねーけどな、そんなの全然メタルじゃねえ!」
光が収まると、そこにはラウドモンより一回りも二回りも大きなシルエットがあった。
触れれば皮膚を切ってしまいそうな厳めしい鎧。背中にはエレキギターのようなド派手な翼が二対。両腕に備えるは敵を確実に八つ裂きにする刃を伴うガントレット。脚はなく、蛇のように長い尾が大地を這っている。
禍々しい。
そう表現して差し支えない、邪竜がここに降臨した。
「オレが本物のメタルってヤツを叩き込んでやるぜーッ!!」
——ヘヴィーメタルドラモン。
邪竜が放つ咆吼と翼が奏でる轟音が大気を震わせる。
「ぎゃー! かっこいーじゃーん!」
ユウキは卒倒しそうなテンションを口から吐き出して、なんとか踏みとどまる。
インプモンが到達した新たな姿に、ベルゼブモンのようなスマートさはない。だからこそ、いままでの相棒になかった魅力が溢れていた。
「かっけーだけじゃねェ!」
ブラックサバス。
邪竜がその名を叫ぶと同時、進化時能力が発動する。
背中の翼が奏でる轟音がより一層大きくなったかと思うと、目の前のバトルエリアに破壊をもたらした。
【進化時:自分の手札2枚を破棄する。その後、このデジモンの DP以下の相手のデジモン1体を消滅させる】
メタリックドラモンのDPは13000、対するヘヴィーメタルドラモンもまた同じ数値のDPを持っている。
——加えて。ダメ押しと言わんばかりに、インプモンとパンクモンの進化元効果により、このターン更に4000の数値が上乗せされていた。
ヘヴィーメタルドラモン、DP17000——文句なしに、条件は満たしている。
従って、メタリックドラモンはヘヴィーメタルドラモンの効果によりその体を崩壊させた。
しかし。
……来るッ!
ユウキがNPCの向こうに見える火山を見つめた。
瞬間、その火口からマグマと共に飛び出す影がある。
黒い岩のような鱗——その隙間から見える溶岩の脈動と共に大きな翼で羽ばたくのは、地竜と称されるレベル6のデジモン。
「来たぞユウキ!」
ヴォルケニックドラモンだ。
メタリックドラモンが消滅する間際に、もう一つの効果が発動していた。
【お互いのターン[ターンに1回]:このデジモンが自分の効果以外でバトルエリアを離れるとき、自分のトラッシュから、特徴に「岩竜型」/「地竜型」を持つデジモンカード1枚をコストを支払わずに登場できる】
……で、たしかヴォルケニックドラモンも似たような効果を持ってるんだよね!
一度負けた相手である、カードの効果はハッキリと覚えていた。
【お互いのターン[ターンに1回]:このデジモンが自分の効果以外でバトルエリアを離れるとき、自分の手札から、特徴に「機竜型」/「天竜型」を持つデジモンカード1枚をコストを支払わずに登場できる】
トラッシュと手札の違いはあれど、二体のデジモンで明確なシナジーを生んでこちらの場を荒らすのだ、あちらのデッキは。
無限にも思えるメタリックドラモンとヴォルケニックドラモンの登場ループにボコボコにされた、先刻の敗北で味わった苦味が口の中にじわりと広がる。無策で突っ込んだのはやはりバカだった、と今更ながらに改めて反省した。
……だけど!
だからこそ、大急ぎで隣にニーズヘッグモンを展開した甲斐がある。
この2体を、ヴォルケニックドラモンの登場前に揃えることが本当に重要だったのだ。
「いつでも来ていいよ……ヴォルケニックドラモン!」
ユウキが危惧していたとおり、地竜が咆吼と共に熱線を吐き出した。
登場時効果の発揮である。
【登場時/アタック時:最もDPの低い相手のデジモン1体を消滅させる】
その熱線が灼くのはヘヴィーメタルドラモンではなく、隣にいるニーズヘッグモンだった。
「かかったッ!」
狙い通りだ。
ニーズヘッグモンは消滅時にレベル5以下の魔竜型か邪竜型を特徴に持つデジモンをコストを支払わずに登場させることができる。だから、ユウキは喚ぶ。
「——オロチモン!!」
レベル5のブロッカー。DPは6000。
……うん、優秀!
相手の攻撃に備えることを選択する。これはユウキが得意としていた高い速度を維持するスタイルから少し外れた戦術だった。
処理はさせても、盤面のデジモンは減らさせない。
ヘヴィーメタルドラモンのカードを見た瞬間、ユウキが見つけた攻略の糸口は、そんなシンプルな答えだ。
ユウキはいままで攻めることばかり考えていたが、その考えを改めるのに十分なキッカケを、このカードと先の敗北は与えてくれた——そして教えてくれた。
相手の攻めを受けきってこそ、見えてくる活路があるのだと。
「行こう、ヘヴィーメタルドラモン! こっからテンポアゲ²でオーディエンスも増やしていくよッ!!」
ここから更に盤面のデジモンを増やす準備も済ませてある。
相手の効果がこちらのデジモンを減らすのであれば、それ以上の速度で増やしてみせようじゃないか。
「もちろんだユウキ! このまま攻めきって勝つ……ッ!!」
相棒が頼もしい声で応えてくれる。これならいけるという確信が、ユウキの胸を熱くした。
さぁ。
ここからは、自分たちが相手をボコボコにする番だ。
「いえーい! 大勝利ーっ」
ルビーマウンテンの拠点に戻ってすぐのことだ。
染み渡る勝利の余韻に自分の口角が上がるのを止められなかったユウキは、その喜びも止められないまま勢いでインプモンに抱きついた。
「こ、こんなトコロでやめろっての!」
「いいじゃーん、照れるなよぉ」
慌てた相棒が無理矢理腕を振り解いて着地すると、急ぎ足で自分から距離を取ってそっぽを向いた。
いまに始まったことではないが、まったく素直じゃない。
……そんなところも〝かわちい〟んだよねぇ。
どんなそっけない態度も、この勝利のあとならポジティブに捉えられる気がする。
自分がデッキを組み直したときに描いた絵図を忠実に再現できたのだから、この高いテンションも無理からぬことだ。
「新しいカード、なかなか上手く使えたって感じだったし! もっと褒めてくれてもいいんだよインプモンくん?」
「フン。じゃあそのカードがなかったら勝ててないってことかよ」
「うっ」
インプモンの皮肉に全身が硬直する。全然、ポジティブに捉えられなかった。
それは、そう。
今までの戦い方を変える決断をできたのは、新しいデジモンやテイマーのカードを手に入れたから。そこに可能性を感じたからこそ、思い切った舵を切れたのだ。
「……ま、勝ちは勝ちだ。やったなユウキ」
「……………………インプモぉン」
「ばか、だから抱きつくなって」
「やーだぁ」
最初からそうやって褒めてくれればいいのに。とは口に出さなかった。余計なことは言わない方が身のためだ。せっかく勝ちを拾ったのに、喧嘩で水を差したくはない。
「でも気になるナ。バグで片付けちまえばいいんだろーけど、新しいカードだのアビリティアイテムだの、どーもキナくさいぞ」
「あ、それ。ホントに気になるかも。今度〝アルテア〟に相談してみよっか?」
「えー、オレあいつニガテ」
ユウキが名前を出したアルテアというのは、自分たちデバッグチームを裏でサポートしてくれるメンバーだ。普段はエスピモンなるデジモンと一緒にGMの手伝いをしていて、間違いなくデバッグチームの中で一番システムに明るい、頼もしい存在である。
「ニガテだの近寄りがたいだの、仲間 なんだからしょーもないこと言わない言わない。他に分かりそうなヒトいないし」
「それはそうなんだけどなぁ……」
「ほら、分からないことは放っておくのちょっと気分悪いっていうか……」
このゲームには謎が多い。ユウキたちが遭遇した現象以外にも、運営が把握できていないバグはまだまだあるはずだ。
その全てを放っておいたら、自分が心の底から楽しんでいるデジモンリベレイターというゲームが、いつか取り返しのつかない問題で立ち行かなくなるかもしれない。
「そう考えると、どんな手を使ってでも答えは知っておきたいっしょ?」
「……マジでアクティブオバケだよな。お前のそーゆーところ、ホントに尊敬するよ。本当にこの仕事向いてるなって」
「やだぁ、今日はたくさん褒めてくれるねぇ」
「締め付けるな締め付けるな」
普段あまりポジティブなことを言わないインプモンも、やはりあの暴走NPCに勝利したことが嬉しかったのだろう。こうして会話すると嬉しさが態度に出ているのがよくわかる。
だから、ユウキも褒められたことに対するお返しをしたくなった。
具体的に言えば、頑張った相棒を労ってあげたくなったのだ。
「ね、インプモンも格好良かったよ。新しい進化、ガチ推せる」
「ふぁっ!?」
パンクモンも、ラウドモンも、ヘヴィーメタルドラモンも。
最初にカードイラストを目にしたときは今までの姿——ベルゼブモンのことだ——との方向性の違いに多少狼狽こそした。が、自分がダンスを趣味としているのも相まって、音楽をテーマに取り入れた新たな姿は、ユウキのツボを的確に押さえていたと言える。
「う、うるせーうるせー! いいから離せ! っていうか、任務が終わったならログアウトしちまえ!」
「やだ、今日はもうちょっとこうしてる」
暴れる相棒を無理矢理両腕で繋ぎ止めて、ユウキはルビーマウンテンのゴツゴツした道を軽快に歩き出す。
……まったく。
この相棒は本当に、素直じゃない。
To Be Continued.
※カードは開発中のものです。実際の商品と異なる場合がございます。