DEBUG.3-2
「……いいよ」
呆れたように肩をすくめ、スーツの男・或馬はリュウタローに告げた
「キミたちが勝ったらチームを解散してやってもいい。BANでもなんでもおとなしく受け入れる」
ざわ、周囲の取り巻きがどよめく。或馬さん冗談でしょ、とか、こんな奴相手にしなくていいですって、という言葉が飛び交う。
そんな周囲を右手の一振りで制して、或馬は続けた。
「“ただし”だ。ボクが勝ったら、キミたちのおとり捜査ごっこをSNSで告発しちゃうから。まあ、ちょっとはあるコトないコト書き添えるかもだけど、大したことないよ。運営が大炎上して、キミたちは一生ラクーナを歩けなくなる程度さ」
その一言に、しんと周囲が静まり返る。少しの沈黙を挟んで、取り巻きたちから歓声が上がった。
「アイツら終わったぜ! 或馬さんに勝てるわけねえ!」
「バカだな! 大人しく土下座でもなんでもしときゃよかったのによ」
彼らはげらげらと笑いながら、デバッグチームの負け姿を収めようとカメラを向けてくる。
「気をつけろ、リュウ」
或馬から送られてきた戦闘申し込みの承認画面を開くリュウタローに、D-STORAGEの中からティラノモンが話しかけてくる。
「向こうにお前さんの提案に乗る理由がない。何かの罠か……それとも、よほど自分の腕に自信があるのか」
「分かってるさ」
そう答えたリュウタローの言葉に込められた覚悟を感じ取ったのか、ティラノモンはそれ以上の言葉はいらない、とばかりに沈黙した。
「さあ、どうするの? この条件を飲むのか、それとも怖気づいて逃げるのか」
「バカ言うな。申し込んだのは俺だぜ」
リュウタローは人差し指を天に掲げ、宙に浮く「承認」の文字を思いきり叩いた。
「決まってるさ! 受けて立ァつ!」
その様子を見て、或馬はにやりと笑う。生か死かを選ぶ命がけのゲームは、既に始まっているとでも言いたげに。
DIGIMON LIBERATOR SIDE STORY
DEBUG.3-2 WE CAN BE HEROS
「……くそ、キツいぜ」
「最初の威勢はどこに行ったのかな。ヒーロー気取りくん」
或馬は余裕をにじませた調子でそう言いながら、ラピスマーリンズの陽光を不快気に見上げ、暑そうにネクタイを緩めた。対するリュウタローは苦しげな表情を浮かべながら、自分の手札とバトルエリアを交互に見比べていた。
リュウタロー側のセキュリティは残り2枚、バトルエリアと育成エリアにデジモンが各1体と、彼自身のテイマーカードが2枚ある。対する或馬のバトルゾーンには3体のデジモン。そのデジモンたちが、リュウタローの苦悶の原因だった。 うち2体は幼く美しい天使の姿をしたルーチェモンだが、それ以上に目を引くのは、その横に立つ凛とした立ち姿だ。場を圧倒する美しいたたずまいに一切の嘘はないが、同時にそのすべてが罠。七大魔王の一体にして聖魔を併せ持つ究極の存在、伝説において“神”に弓を引いたとされる明けの明星。
「ルーチェモン:フォールダウンモード……」
その効果は、登場時と進化時、相手に自身のデジモン/テイマーを消滅させるか、セキュリティを1枚破棄するか選ばせるというもの──文字通りのデッド・オア・アライブだ。
「まったく、笑えたよ。いかにも『デジモンはトモダチだー!』とか言いそうなタイプの君が、自分を守る盾惜しさに、デジモンを犠牲にする姿はさ。結局そのセキュリティもボクのルーチェモンに破られて、あと2枚だけだ」
「お前……!」
あざけるような言葉を投げかけてくる或馬に言い返そうとしたリュウタローを、バトルエリアから響く低い声が制した。
「落ち着け、リュウ。安い挑発に乗るんじゃない」
そこに立つのはパートナーのティラノモン、しかし今、その身体は凄みを感じさせる灰色へと変わり、目をはじめとしてあちこちに乗り越えてきた激戦を思わせる傷が刻まれていた。
「……マスターティラノモン」
「お前さんは正しい判断をした。あの場で相手にリカバリーさせるわけにはいかなかった。そうだろ?」
そう。ルーチェモン:フォールダウンモードの効果でセキュリティの破棄を選んだ時、ルーチェモン側は自分のセキュリティを一枚リカバリーする。対してリュウタローのデッキは真正面から相手のセキュリティを破って勝利するもの。だからこそ、勝ちを遠ざける選択はできなかったのだ。
「相手のデッキの特性と、自分のデッキの勝ち方を知っていなければできないことだ。だからこそ、俺たちは、お前さんの判断に命を預けることができる」
マスターティラノモンがそう言えば、育成エリアにいたティラノモンも同調するように頷く。
「……オーケーガイズ。安心しろ。お前らのテイマーは今日も絶好調だ」
リュウタローもデジモンたちに頷き返し、そして声を張り上げた。
「だが、いつまでもやられっぱなしってのはオレの性分じゃない。そろそろ反撃の時間だ、相棒!」
「応ッ!」
彼の言葉に応じ、マスターティラノモンが或馬のセキュリティに攻撃を仕掛ける。
「アタック時、テイマーカードの効果を発動! マスターティラノモン進化——」
リュウタローのテイマーカードの効果は、自分の「ティラノモン」がアタックしたときに、手札の「ティラノモン」か「恐竜型」のデジモンカードにコスト−1で進化させることができるというものだ。
マスターティラノモンの足元から紅蓮の火柱が立ち上がり、ラピスマーリンズの砂浜を真っ赤に照らした。
やがて巨大な手が火柱を内側から切り裂いた。そこに現れたのは巨大な恐竜の姿。
「──ダイナモン!」
岩のような肌は熱を放ち続け、身体の周りに生まれた陽炎が、空気をゆらゆらと揺らす。炎をまとった手甲を振り上げ咆吼するその巨体は、火山そのもののように思えた。
咆吼と共に発せられる強烈な熱波をもろにくらい、或馬のルーチェモンが一体破壊される。ダイナモンの進化時効果だ。
加えて、ダイナモンには≪Sアタック+1≫が付いている。進化を果たした相棒は勢いそのままに、問題なく相手のセキュリティを3枚まとめて突破した。
相手の盾は、残り2枚。
「グッド! 今日も最高にイカしてるぜダイナモン!」
「別に見せびらかすための見た目ではない。強さを追求した、俺なりの到達点だ」
いまいち緊張感のないやり取りをかわす1人と1体に、或馬は不快そうにため息をつく。
「……暑苦しいな。デカブツ一体出したところで、状況は何も変わっていないよ。ルーチェモン!」
ターンが巡り、或馬はルーチェモンの効果を使う。自分の手札を破棄することで、相手に先ほどと同じ選択を強要する効果だ。
しかし、リュウタローの目にもう迷いはなかった。
「オレはセキュリティの破棄を選択する」
「……なんだって?」
そう堂々と宣言するリュウタローに、或馬だけでなく、緊張の面持ちで戦いを見守っていたユウキからも困惑の声が漏れた。
「本気なのリュウタローさん? いままで盤面を犠牲にしてまでセキュリティを守ってきたのに……このままじゃ、プレイヤーアタックまでいかれちゃうよ!」
「ああ大丈夫だ。オレは相棒を信じてる」
ユウキの問いに答えながら、リュウタローはダイナモンの効果を示す。
ダイナモンがレスト状態の間、相手のデジモンはアタックするとき、必ずレスト状態のデジモンを狙わなくてはいけない。
セキュリティが1枚しかない今の状態でも、高パワーのダイナモンが壁となってくれるおかげで、相手の攻撃はリュウタローまで届かない。
「さあ、神様気取りでコントロールできるのもここまでだぜ或馬! お前はどうする!」
リュウタローからそう呼び掛けられ、或馬は眉をひそめて巨岩のようにそびえ立つダイナモンを見上げ、少しうつむき──。
「言ったろ。デカブツが一体立ったとこで、状況は変わらないんだよ」
──唇を歪め、下品な笑いを浮かべた。
「進化だ。ルーチェモン。そんな白い翼、捨ててしまえ」
その言葉と共に、バトルエリアのルーチェモン:フォールダウンモードが膝をつく。その内側で、聖と魔の拮抗が崩れた。光の粒子が集まり、漆黒の巨大な龍の姿を形成する。頭上に浮かぶ7つの冠は、それが魔王の枠組みすら超えた証。
──黙示録の龍。ルーチェモン:サタンモード。
バトルエリアで、龍と竜が向かい合う。けれど、それは戦いですらなかった。
ルーチェモン:サタンモードの効果は、自身のトラッシュから「ルーチェモン:ラルバ」を育成エリアに登場させ、相手のデジモン一体を消滅させるというもの。
漆黒の龍が持つ球状の地獄——ゲヘナが、ダイナモンにぶつかる。赤い竜は手甲を突き立てて抵抗するが、地獄の炎を前に、やがて為す術なく飲み込まれていった。
戦場に沈黙が流れる。それを破ったのは、或馬の押し殺したような笑い声だった。
「く……くくく……」
その笑い声はだんだんと大きくなり、やがて、堰を切ったように、嘲笑があふれ出す
「くく、ははは、あっはっは! うまく立ち回ったつもりだった? キミの頼みの綱のデジモン、消滅しちゃったよー! バカみたいだねェエ!」
大きく身体をのけぞらせ、幼い子どもの悪口のように騒ぎ立てる或馬に、リュウタローは返事を返さない。
「大体さ、前から気に入らなかったんだよ。一般プレイヤー風情がヒーロー面しちゃってさあ! チョーシ乗ってんじゃねえよォ!」
「……違反行為を見逃すわけには、いかないだろ」
「証拠がないって言ってるじゃん! それにラクーナから俺たちを追い出したって、よそでおんなじことするだけだって。こんな“ガキの遊び”、他にいくらでもあるしさ!」
そうして一通り大笑いした後、或馬はとどめを刺すように、人差し指をリュウタローに突き立てた。
「ま、キミは負けるんだけど。教えてやるよ。この世には正義も悪もありはしないってさ!」
その言葉に応えるように、うつむいていたリュウタローが、顔を上げた。
その目は強い光を宿して或馬をにらみつけており、彼は一瞬たじろぐ。
「な、なんだよ。にらんだって、勝敗は変わらない」
「……或馬、お前」
そしてリュウタローはその目を細め──満面の笑みを浮かべた。
「めちゃめちゃ強いな!」
「……は?」
予想外の反応に素っ頓狂な声を上げる或馬に、リュウタローは続ける。
「てっきり自分じゃ勝てないからあんなセコいことしてるんだと思ってたが、その腕があれば自力で優勝でもなんでも狙えただろ! ぶっちゃけ燃えたぜ!」
「なにを……」
「ただ、あと一歩、甘いな」
そう言って、彼はにやりと唇を引き上げる。
「確かにルーチェモンの効果は強力だ。相手に選択を迫るのは気持ちいいだろうさ。でも、その“傲慢”さに、テイマーが呑まれちゃダメだ」
その言葉と同時に、サタンモードの抱えるゲヘナが内側から輝く。そして地獄の炎を突き破るように、燃えさかる恐竜の腕が飛び出した。
「うおおおおおおおおお!」
咆吼と共にゲヘナを破り、ダイナモンがバトルエリアに戻ってくる。赤い竜の最後の能力──『不屈』だ。
「ダイナモンは、一回消えたくらいじゃいなくならねえってことだ!」
「言っていることが意味不明だぞ、リュウ」
「おまけに、転んでもただでは起きない!」
そして、登場したことで再び発揮するダイナモンの能力。ルーチェモン:サタンモードをレストさせ、消滅させようとする。 が、相手が動いた。
「く……ルーチェモン:ラルバの効果! ラルバをバトルエリアに移動させ、サタンモードは消滅しない!」
或馬は険しい表情を浮かべながらも、サタンモードを守る。
否、守られるだけではない。或馬が再び攻勢に出ようとしているように——それとも強がりなのか——声を荒げて続けた。
「調子に乗るなと……ッ! ターン終了時、ルーチェモン:サタンモードの効果!」
ルーチェモン:サタンモードの効果でリュウタローのセキュリティが破棄される。しかし──。
「それがどうした?」
──彼は最早動じなかった。焼き切れた最後の盾の向こうに見える或馬に、彼は挑戦的な言葉を投げかける
「オーケーガイズ。ここからはノーガードで勝負だ、殴り合いと行こうぜ」
その言葉を合図にターンは巡る。
「ティラノモンをバトルエリアに移動し、ティラノモンの効果でDP+3000だ! そのままティラノモンでアタックし、テイマーカードの効果でマスターティラノモンに進化——」
マスターティラノモンの進化時効果によって、或馬のルーチェモンがレストする。
「——さらに、もう一枚のテイマーカードの効果で進化……ッ!」
テイマーカードによるコスト軽減を駆使し、ティラノモンを一気にダイナモンにまで進化させる。
「進化時効果でレストしているルーチェモンを消滅させる!」
「そ、そんな、バカな……」
2体のダイナモンの叫びがとどろく中、或馬は現実を認められないといった様子で頭をかきむしる。
「このダイナモンは進化元効果も合わせてセキュリティチェック3点分、文句なしに全部持って行かせてもらうぜ!」
「……ッ! 迎え撃て、ルーチェモン:サタンモード!」
セキュリティから現れた黙示録の龍が、ダイナモンの前に立ちふさがる。DPは16000、そのままの値であれば突破は不可能だ。しかし。
「ティラノモンの【メインフェイズ開始時】効果はまだ生きてるぜ。ダイナモンのDPはプラス3000、さらに進化元効果もあわせてプラス4000——合計DP20000だ!」
「う、うそだ……ボクが負けるなんて!」
「セキュリティは無傷で突破させてもらうぜ、或馬!」
「まだ、まだ何かあるはずだ……」
消滅していく黙示録を呆然と見つめながら、或馬は必死に手札やトラッシュを見る。そこに逆転のチャンスが眠っていると信じるように。だが──。
「あ、ルーチェモン……」
彼の見つめた手札の中で、ルーチェモン:フォールダウンモードのカードが、一瞬、失望したように、自分の罪を御しきれなかったテイマーをあざけるように、笑みを浮かべた気がした。
呆然として手札を取り落とす或馬に、リュウタローが声を掛ける。
「おい、或馬。お前の言う通りだ、きっとこの世に正義も悪もない。けどな──やっぱり白黒付けなきゃいけないときはある! お前は“ガキの遊び”と言ったが、子どもだって遊ぶからこそ──」
思い返すのは、幼かったあの日、憧れたデジモン達との冒険。
「──大人が、背中を見せるんだよ。決めるぜ相棒、どっちがヒーローでどっちがヴィランか!」 「いくぞ、リュウ!」
先ほど不屈で地獄から舞い戻ってきたダイナモンによる、プレイヤーアタック。恐竜の岩のような表皮が、その内側で燃えたぎる炎で真っ赤に染まる。
「正義は勝ァつ!」
最後の一撃が、或馬に振り下ろされた。
「お前と何人かの中心プレイヤーはアカウントの凍結、残りの連中は期限付きの大会出場停止とか厳重注意とか、まあ、いろいろだ」
リュウタローが或馬に勝利した後は大騒ぎだった。しかしその大半はGMに状況を報告したり、GM権限を一時的に借り受けて悪質プレイヤーを拘束したりと、ほとんどが機械的な作業だった。そういう仕事の覚えは若いサイキヨやユウキの方がずっと早く、リュウタローがもたもたしている間に何人も一網打尽にしていた。
……オーケーガイズ。悔しいが俺はもうおじさんだ。異論はないぜ。
だから、残された仕事と言えば、拘束された或馬に処分を通達するしかなかったのだ。
さすがに覚悟はしていたのか、BANを言い渡されても或馬に動じる様子はない。
「GM権限さえもらえればボクたちの拘束は簡単、か。あの勝負が時間稼ぎだったとは驚きだよ」
「そんなつもりで挑んでないさ。お前だって、別にしなくていい勝負だったろ」
「言ったでしょう。キミたちが気にいらなかった、って」
そう言いながら、彼はリュウタローをにらみつける。
「ヒーローごっこができて満足ですか? さっきも言ったけど、こんなのただのガキの遊びだ」
それには応えず、リュウタローはD-STORAGEを操作する。すると、或馬の端末が、ぴこんと電子音を奏でた。
「は、着信? これは……」
「別のSNSの俺のアカウント、言っとくが捨てアカだからなにしても無駄だぜ。ただまあ、オンライン対戦には使える」
「何を……」
困惑した様子の或馬に、リュウタローは右手を差し出した。
「今日は燃えたぜ。よければまた戦おう。ただの遊びでも、本気になってみれば結構楽しいんだぜ……ってな」
その手を驚いたように見つめ、それから或馬は舌打ちをして視線をそらした。
「バカなことを。あっち行けよ。……アンタ見てるとイライラする」
「おう! いつでも相手になるからな!」
リュウタローはそう言って、きびすを返し、相棒のティラノモンや仲間達の方へと向かう。
「おいティラノモン、お前も戦って疲れたろ。せっかくの海だ、少し泳いでいこうぜ!」
「そうしたいが、リュウ、どうやら……」
「ん?」
ティラノモンが爪で指し示すのは、誰かと通話をしているサイキヨだ。彼は視線に気付くと、端末を閉じ、無表情なまま言う。
「お疲れ様、リュウタローさん。悪いんだけど、GMから呼び出し」
「おい、それって、まさか」
「今回の捜査方法に関して、きついお叱りがあるって」
「マジかよ……!」
頭を抱えて青空に叫ぶリュウタローの姿をティラノモンはやれやれと見つめる。
──リュウタローさん、いつもは頼りにならないけど、デジモンの知識は本物だよね。
──あーね! 説あるーっ。ここぞという時にヒーローみたいで格好いいんだよねー。
ユウキやサイキヨが勝負を見守りながらそんな話をしていたことは、まだ秘密だな。そんなことを思いながら、紅い恐竜は、闘いで熱を持った身体を、爽やかな海風で冷やすのだった。
※カードは開発中のものです。実際の商品と異なる場合がございます。