DEBUG.5-2
電子空間に形作られた新宿に、合成獣の咆哮が響いた。反響する鋭い叫びに、ビルの窓ガラスや電線がきしきしと揺れる。
雲一つない青空が広がっていたはずの空は、いつの間にか夜の暗闇に変わっていた。しかし都会のネオンはまばゆく輝き、昼間のそれと遜色ないほどにビル群の上空ではばたく巨大な獣と、それを見上げるアルテアたちを照らしていた。
「あれがキメラモン、ですか……」
夜闇の空に浮かぶ巨大な獣に、アルテアは感嘆のため息をついて、自分からそんな反応がこぼれたことに自分で驚いた。
キメラモンという種の発見は古く、多くのデジモンを合成したような恐ろしい外見もすでに見慣れたものだ。怪獣じみた巨体にしても、ユウキのヘヴィーメタルドラモンやリュウタローのダイナモンをはじめ、ラクーナ上でのカードバトルで同じくらいの大きさのデジモンを見慣れている。
それでも、人々が暮らすことを想定して作られた街のど真ん中に巨大な獣がいるという光景に、彼の人工知能はどこか圧倒されるような感覚を覚えたのだ。キメラモンはまだ育成エリアにいることもありまだ距離があるが、これ以上近づかれたら、普通の人間であれば恐怖から集中を切らす恐れもあるかもしれない。
「これは……都会の中、そして、夜というロケーションによる相乗効果、でしょうか」
「その通りだよ、アルテア。“ロマン”ってやつさ」
彼のつぶやきをとらえたのか、蓬来寺はモジャモジャの髪の下からその目を輝かせる。
「AIでありながらロマンに理解があるなんて、さすがはヤオさんの傑作だ」
「ふむ、するとホウライジ様は、より迫力のあるバトルを楽しむために、わざわざこの空間を夜にしたということですね」
「そう。クールボーイさんも真剣な顔で『なるほど、それは面白い』と言ってくれたしね!」
クールボーイにとってそれは相手の発言をよく理解できていないというサインだということを、アルテアは黙っておくことにした。不用意に相手の心を傷つけない。それもまた、最新の人工知能である彼が得意とする『空気を読む』テクニックなのである
「しかしマスター、確かにこのままでは、迫力負けというものッスね」
目の前、自分の育成エリアにいる進化した相棒──ホバーエスピモンの言葉にアルテアは頷く。
「ええ、その通りですエスピモン。我々も巨大なデジモンで対抗しなければ。それでは、手近なビルに入りましょう」
「ビル?」
「ええ。ビルに入れば、背が伸びるかと思いまして」
「!! マスター、今日絶好調ッスね!」
「……調子狂うなぁ」
心底感服したという声をあげながら育成エリアでふよふよと飛び回るホバーエスピモンと、それに胸を張るでもなく淡々とプレイを続行するアルテアに、蓬来寺は髪をぐしゃぐしゃとかきまわした。
DIGIMON LIBERATOR SIDE STORY
DEBUG.5-2 Shinjuku Giant
「キメラモン、合成デジモンの一つの到達点とでもいうべき存在だね」
アルテアに合成デジモンについて解説するという仕事を思い出したのか、蓬来寺は呆れたような表情をまじめなものに切り替える。
「合成型としてはデルタモンという例も見せたけど、あれはバグにより生まれたイレギュラーに近い。合成元の意思がバラバラなあちらと比べても、キメラモンは行動原理が闘争本能に一本化されている点で完成されていると言える。言葉遊びもいいけど、盤面の劣勢を返せなければこのまま新宿の街ごと蹂躙されるよ!」
「ホウライジ様、なんだか悪役っぽい演技を楽しんでいるように見えますが?」
「バレたか、ちょっと楽しくて」
昔から怪獣の方を応援しちゃうタイプだったんだ、と照れくさそうに言う彼から視線を外し、アルテアは戦いの場に目を向ける。
蓬来寺の育成エリアにはキメラモン、セキュリティは4枚。対するアルテアの育成エリアにはホバーエスピモン、セキュリティは2枚。
バトルエリアはアルテアのテイマーカードを除けばともにカラで、お互いににらみ合いが続いている。しかし蓬来寺のアグレッシブなプレイングもあり、アルテアのセキュリティは油断が許されない数まで削られている状況だ。
「以前収集したチームメイトの情報からは、ここまで攻めっ気がある性格とはうかがえませんでしたが……デッキに合わせて最適なプレイングをする腕前と、意外と高いテンション。記録をアップデートする必要がありますね」
とはいえ相手を褒めるばかりではいけませんし、と小さく呟いて、彼はターンの開始を宣言する。
「彼の言う通り、このままだとやられるばっかりです。ホバーエスピモン、こちらから仕掛けましょう」
「了解ッス!」
彼の言葉に応えるように、ホバーエスピモンがバトルエリアへと進み出る。それと同時に、アルテアのテイマーカードの効果が発動する。
「ブリンプモンをホバーエスピモンの下に送り、私の特殊能力を発動! 人工知能——いえ、AIの特殊なアイでホウライジ様のセキュリティを上から1枚表向きにいたします! スパイスキャン、実行」
瞬間、アルテアの額に装備されたカメラレンズが目映い光を放った。すると、蓬来寺の前に展開されていたセキュリティの中身が、1枚露わになる。
そこにあるカードとは——。
「——なるほど、キメラモンでしたか。対策を考えましょう」
「いやぁなことしてくれるね……」
「ホウライジ様。私のピリ辛なスパイスキャン、お気に召していただけましたか」
「出来ればもう二度と使わないで欲しいかも」
「そのご期待には応えられそうにないかも知れません、予めご覚悟を。それではセキュリティもばっちり調査したところで、進化を重ねましょう。来てください──オブリビモン!」
彼の言葉に応えるように、ホバーエスピモンの体が緩やかに上昇を始める。上空20000メートルでの活動すら可能なその青い機体は、しかし更なる高機動を実現させるため、形状をより空中での活動に最適化させていく。
そして現れるのは、青く輝く空飛ぶ円盤。エンジン音すら立てずに不規則な軌道を描くその飛行は、まさしく未確認飛行物体のそれだ。
「いくッスよー!」
オブリビモンは進化時効果で相手のセキュリティを1枚表向きにし、その盾に向けてすかさずアタックする。盾からあふれた強力なセキュリティデジモンの気配がオブリビモンに襲い掛かるが──。
「先にこっちの番ですよ。オブリビモンが表向きのセキュリティチェックしたとき、下に敷いたカプリモンの進化元効果で≪ジャミング≫を得ます」
「狙い撃ちってやつッスね!」
「さらにオブリビモン自身が持つ表向きのセキュリティをチェックしたときの効果を発動。オブリビモンに重ねられたカードを1枚──オブリビモン自身のカードをセキュリティの下に表向きで転送します」
「ホバーエスピモンに逆戻りッス、でも!」
セキュリティを破ると同時に、円盤は直線的で不規則な光の軌道を描いたかと思うと、進化前のホバーエスピモンに戻る。
しかし、ホバーエスピモンの目の前に質量を持った巨大な光がせり上がってくる。光が晴れると、今度は周囲に並び立つビルにも届くほどの大きさを誇るマシーン型デジモンがそこに立っていた。ホバーエスピモンがすかさず中に乗り込んでいく。
「バルブモンに進化、ターンエンドです」
「……安全なセキュリティチェックから、流れるようにブロッカーを立ててターンエンド、かあ。思ってた以上にやるね」
淡々とターンを終えたアルテアに、蓬来寺は参ったなあと頭をかく。
「とはいえ、今日は僕が先生役だからね。進化だ、キメラモン!」
彼の言葉に呼応するように、上空をゆっくりと旋回していた合成獣の巨体がバトルエリアに降り立ち、進化の光に包まれていく。
そして現れるのは、まばゆいネオンライトを反射して光り輝く鋼鉄の体。数々のサイボーグ系デジモンのパーツを組み合わせた、マシーン型デジモンの一つの極限──ムゲンドラモン。
「進化時効果で相手デジモンに≪退化1≫。バルブモンをホバーエスピモンに退化させて、隙だらけのセキュリティにアタックだ」
「キメラモンの進化元効果で2枚ですか……セキュリティチェックも不発。私に残された盾は表向きのオブリビモンのみですね」
「すまし顔でいられるのもいつまでかな、アルテア。手札のデルタモン3枚から、デジクロスだ」
彼が手札から示した3種類のデルタモンのカードを下敷きに、新宿の街に再び合成獣が降り立つ。
「ふむ、さっきとは別のキメラモン、ですか」
「デジモンの合体には、こういうカタチもあるんだ。それに、まだ止まらないよ。キメラモンの効果で、ムゲンドラモンとそっちのホバーエスピモンを消滅させる」
キメラモンの力によって、ムゲンドラモンは消滅する。しかしそこに苦しみはない、あらゆるデジモンを自らのパーツとしてきた二体のデジモンは、自らが部品となることも厭わないのだ。
「ムゲンドラモンの【消滅時】効果。キメラモンとトラッシュのムゲンドラモンからジョグレス進化!」
そしてビル群をなぎ倒し現れるのは、次元も空間も引き裂く究極合成獣──ミレニアモン。
「ミレニアモンの【進化時】効果。トラッシュからバルブモン、ホバーエスピモン、エスピモンをデッキの上に戻し、こちらのメモリーを+3」
「ふむ。デッキの上を固定し、さらにこちらが使えるメモリーも減らされてしまった、ということですか」
「そういうこと。僕も研究者であると同時にデバッグチームの一員だ。裏方のAIにやられっぱなしではいられないってことさ」
「……」
蓬来寺のその言葉に、アルテアは一瞬、ぴたりと動きを止めた。
「心外ですね。このアルテアをただの裏方と侮ってもらっては困ります」
「そうッスよ!」
彼にターンが巡る直前、突如として強い光がバトルエリアに降り注ぐ。オブリビモンは【相手のターン終了時】にセキュリティから出現するのだ。
「マスターはデバッグチームのみんなのファンなんッスよ。レポートや模擬戦の記録も誰よりもインプットして、日々学習して、誰よりもみんなのことを知ろうとしてるッス! 裏方だとかAIだとか、そんな言葉でくくられたら困るッス!」
「待ってください、オブリビモン」
アルテアは相棒のために吼えるオブリビモンを落ち着いた声音で制する。
「マスター。でも……」
「我々は今バトル中です。それならば、自分の腕前は結果で証明するのみ。そのためには、あなたの力が必要です。わかりますね」
彼の言葉の意味を察したのか、オブリビモンはハッとした表情を浮かべ、まっすぐにミレニアモンを見据えた。
「……ッス! ワタクシ、いつでもいけるッス」
「いいお返事です。では──戦闘行動を開始しましょうか」
それと同時にターンが巡り、彼のテイマーカードの効果でメモリーが3に。育成エリアではカプリモンが孵化する。
「テイマーカードの効果でオブリビモンの下にホバーエスピモンのカードを置き、セキュリティを1枚表向きにします。次に育成エリアのカプリモンをエスピモンに進化。そして──オブリビモン」
「ッス! ワタクシの超絶カッコイイ進化をお目にかけるッスよ! いざ、ご照覧あれ……!」
その言葉とともに、オブリビモンがまばゆい光に包まれる。その進化の光はやがて、街の明かりを飲み込むほどに大きくなる。
そして現れるのは、ビルを超える背丈の人型。青を基調にした鋼鉄の機体。アルテアがかつて学習した映像作品で目にした姿にもよく似た、人の声援を受けて、人を守るために戦う無敵の巨人──インビジモン。
「いくッスよ! 【進化時効果】でミレニアモンを≪退化2≫するっす!」
その声が夜の街に響くと同時に、インビジモンの姿がかき消える。次の瞬間には、その鋼鉄の体はミレニアモンの懐にもぐりこんでおり、無数のこぶしを合成獣に叩き込む。その連撃が終わるころには、ミレニアモンは成熟期のデルタモンにまで退化してしまっていた。蓬来寺の口から、感嘆の声が漏れる。
「鉄の体と巨体であの速さ……おまけに透明化ですか」
「ええ。でも驚くのはまだ早いですよ」
誇らしげにそう語り、アルテアは相棒に指令を出すように手を掲げる。
「さあ、インビジモンでアタック。そして、セキュリティチェック時の効果発動……」
インビジモンの鋼鉄のこぶしが蓬来寺に向けて放たれると同時に、再びその姿がかき消える。
「……インビジモンのカードをセキュリティへ。そして、残ったオブリビモンを進化──ライデンモン」
透明化を解除して現れたのは、巨体のマシーン型デジモン。迷彩色の体は夜の都会ではおよそ意味をなさないが、その重量級の体だけで、相手に与えるプレッシャーは十分だった。
「さあ、これで状況はイーブンですよ。ホウライジ様が次のターンで勝ちきるか、私が持ちこたえて勝つか。そちらの場にはデジモンはいないようですが」
あえて挑戦するような言葉を投げかけるアルテアに、蓬来寺は軽く自分の手札に目を落とす。
「……まだだ。僕の手札にはキメラモン、ムゲンドラモン、ミレニアモンがそろっている。≪デジクロス≫でミレニアモンを出せば、登場時効果でライデンモンを消滅させられる。そうすれば──」
しかし、アルテアは静かに首を振った。
「残念ですが、ライデンモンの効果で進化元からオブリビモンを脱出させます。そしてあなたのターンの終わり、インビジモンが盾から現れます。あなたの最後のセキュリティも表向きだ。」
「……」
「ゲームセットのようですね。不動にして変幻自在、インビジブルにしてインビンシブル。私とエスピモンの戦略を、一言で言い表すならば、そうですね──」
彼はたっぷりと間を持たせて、それから高らかに宣言する。
「“怪獣”を倒す、デカい銃、といったところでしょうか」
「すまなかった!」
試合に勝利し、電子の新宿に平和を取り戻したアルテアとエスピモンを待っていたのは、蓬来寺による謝罪だった。
「謝罪なんて、いいですよ」
「いいや、裏方と言ったことも、キミがAIであることを揶揄するような言動も、本当にすまなかった。電子生命と対峙するプロの研究者として、そしてなにより、同じデバッグチームの仲間としてあってはならない発言だった。この通り、許してください!」
ひどい猫背をまっすぐに伸ばして、それをさらに90度の角度に折っての深々とした謝罪に、アルテアは困惑してエスピモンと顔を見合わせた。
彼としては心外な発言に異を唱えて、自分の実力を証明した時点でこの話は終わっている。しかし蓬来寺が自分の発言を重く見てしっかりと謝罪したのはいいことだ。だから──。
「大丈夫ですよ。ホウライジ様。顔をあげてください。仲間にいつまでも申し訳ない顔をされるのも、また愉快なものでもありませんから」
「ワタクシも、もう怒ってないッス!」
「……あ、ありがとう」
ヤオから教わった魔法の言葉──“大丈夫“。なるほど、曖昧な言葉というのは意外に便利だとAIは思考する。
「それよりホウライジ様。先ほどのバトルを経て思考したことを共有しても?」
「あ、ああ。合成デジモンについての理解を深めることが、今回の目的だったね」
まだ少し気まずそうに、蓬来寺は頭をかく。
「今回私が戦ったミレニアモンは、生物的な合成デジモンであるキメラモンと、サイボーグ型デジモンのパーツを組み合わせて作られたムゲンドラモンが合体した存在。“自然”と“文明”が一体のデジモンの中に共存しているという点で、今問題になっているマキナモンに非常に近いと言えます」
「その通りだ。クールボーイさんがキミと僕を戦わせたのは、まさにそのあたりを見てもらうためだろうね。それで、キミの所感は?」
アルテアはすこし逡巡するようにあごに手を当て、それから呟いた。
「私には、マキナモンが合成デジモンだとは思えません」
「それは、キミの感覚?」
「理由は述べられます。キメラモンにしろミレニアモンにしろ、複数体のデジモンを合成し、それらの要素をコントロールできているのは、それだけの成長段階を積んでいるからです。不安定な合成とされるデルタモンでさえ成熟期だ」
「ッスね。対してマキナモンは成長期、そもそも何と何の合成デジモンなのかさえ判然としないッス」
自分の発言を補足するエスピモンに頷き、アルテアは蓬来寺をまっすぐに見た。
「とはいえ、やはり一番の理由は感覚です。マキナモンは、生まれつき“自然”と“文明”という相反する因子を宿したデジモンに思えます」
「すると、突然変異?」
蓬来寺の言葉に彼は首を振る。
「そう考えるには数が多すぎる。むしろ相反する性質が同居していることが、マキナモンをマキナモンたらしめていると、そう感じました」
たとえそれが、どんなに不完全な電脳体であったとしても、ツギハギにしか見えないとしても、マキナモンとはそのような存在なのだというのが、アルテアがはじきだした現時点での予想だった。
「もしキミの言う通りだとしたら……マキナモンというのは、なんとも皮肉で悲しい存在だ」
「合成デジモン使いのあなたが言いますか」
「僕はガジモンの了解をとった上で進化してもらってるよ。ラクーナ上の進化では苦痛もないんだ」
その言葉とともに、蓬来寺の白衣の肩から、ひょこりと紫色の哺乳類型デジモンが顔を出す。にかりと笑うその目に確かに悲しみの色がないのを見て、彼は少しほっとする。
「とにかく、もしマキナモンたちを保護し続けるなら、我々が負う責任は重い。より深い研究が必要だと考えます」
「キミの言う通りだ。手伝ってくれるかい、アルテア、エスピモン」
「ええ、もちろん」
「ッス!」
元気に返事をした相棒と顔を見合わせ、アルテアは小さくうなずく。
そうだ、研究は続行される。AIはとめどなく思考し続けなければいけない。
その研究が、もしマキナモンのなかの“自然”と“文明”を高い次元で融和させることにつながるのなら──それは、人工知能である彼が、大好きな仲間たちとより深くかかわる第一歩になるかもしれないのだから。
To Be Continued.
※カードは開発中のものです。実際の商品と異なる場合がございます。