DIGIMON LIBERATOR

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novel

DEBUG.6-1

 ラクーナ内・塵外魔境オブシディアンデザート。

ここは一面の砂漠地帯だ。他のエリアと同じく、あたりに広がる風景は真に迫ったもので、豪炎地帯ルビーマウンテンとはまた別種の暑さがある。ゲーム内空間で、実際には熱も何もないのだが、この場所を訪れるプレイヤーは皆、口の中に砂が張り付くような感覚に一度は顔をしかめるのだ。
もっとも、どこもかしこも砂ばかり、というわけではない。旅人を癒すかのように、泉とその周囲に草木の生えたオアシスが各地に点在している。水辺には休憩用にベンチやテーブルも据え付けられており、“魔境”と称されるこのエリアにおいては、クエスト途中の補給や他プレイヤーとの交流を落ち着いた空気の中で行える、数少ない憩いの場所だ。
しかし、そんな文字通りのオアシスに、今日は怒りを顔に浮かべた少女がいた。デバッグチームの一員・ユウキだ。

「だーかーらー! 絶対にいたんだって!」

辺り一面に響き渡るような声でそう言いながらテーブルを叩くユウキに、対面に座る眼鏡の少年は冷ややかな視線を返す。彼女のチームメイト・サイキヨだ。

「ただでさえ暑苦しいから、せめて静かにしてほしいんだけど。ユウキ」
「やだ! シショー全然信じてないでしょ!」
「うん」
「だからーっ! 本当に見たんだって。“緑色の野生デジモン”!」

 彼女の叫びが、砂漠の乾いた風を切り裂いて、電子の青空に飲み込まれていった。

DIGIMON LIBERATOR SIDE STORY
DEBUG.6-1 Oasis

「インプモンも見たって言ってるよ!」

 

彼女はそう言って、パートナーのインプモンを振り返る。暑苦しい風景の中だからか、その小悪魔型デジモンはいつにもましてけだるげに、自分の技で召喚した氷のエレメントで涼んでいた。

「確かに、オレも見た。緑色のイモムシみたいな奴な。ま、ユウキが言ってもバカな見間違いだって思うのはムリもねーけどな!」
「インプモンくーん、私達いま味方ダヨネ? キミからこっちに攻撃が飛んでくるの情緒えぐくなぁい?」
「……まったく」

 目の前の自分を置いてけぼりにしていつもの言い争いを始めたユウキとインプモンに、サイキヨは呆れてため息をつき、自身の隣で文字通り羽を休めているパートナー――ファンビーモンに目を向ける。

「ファンビーモン、どう思う?」
「“緑色のイモムシ“だったら、ドクネモンかワームモンか、そうやなかったら新種やけど、私と”巣“のみんなでこの辺り探しても、そんなデジモンはおらんかったよ?」
「NPCに入り込んでいるか、この間の涼音さんの報告にあったみたいに、オブジェクトに隠れてる可能性は?」
「それでも誰かが気付くと思わん? このエリア、今日はデバッグチームがあちこちにおるわけやし」

 パートナーの言葉に、サイキヨも頷く。

「そこだ。今日このエリアに、野生デジモンが見つからず隠れられる場所なんてない。みんな必死でマキナモンを探してるんだから」

 マキナモン、そう名付けられた未知の新種デジモンの捕獲は、デバッグチームに与えられた目下の重要任務だった。この日はオブシディアンデザートで複数体が目撃され、ユウキとサイキヨを含めたデバッグチームに緊急招集がかかったのだ。

「この辺りのマキナモンは捕獲したし、念には念を入れてファンビーモン達がオブジェクトやNPCもすべて調べた」
「こうしてキヨちゃんたちが休んどる間も、遅れてログインしたリュウタローさんと涼音さんが巡回してくれとるし、エリアの反対側にはまた別の班がおるやん。見逃しは考えづらいよ」
「たしか向こうの班にはシンジンが2人いたろ? そいつらが見逃したんじゃねーの?」
「……それはないカモ」

 インプモンの言葉に、ユウキは観念したように首を振った。

「あっちにはあっちで、頼れる仲間がいっぱいいるからさ」

デバッグチームは皆、学業や仕事と並行して任務に当たっている。そのため、よく顔を合わせるのは生活リズムの合うメンバーに絞られ、逆にそうではないメンバーとは関係が生まれづらい。
報告や情報共有が基本的にGMを通して行われることも拍車をかけ、人見知りしがちなサイキヨはもとよりユウキにも、顔は知っているがあまりなじみが無いメンバーはいた。
オブシディアンデザートでの任務には、2人とはあまり親交のないメンバーも参加している。

オーウェン・ドレッドノートとエリザモン。言わずと知れたデジモンカード世界2位の実力者だ。鋭い目つきと遊びのない圧倒的なプレイングはラクーナでも健在で、デバッグチームにおいても話し掛けづらい雰囲気がある。
βテストでうきうきで話しにいったユウキもひと睨みされ、以来「コワいヒト」との認識だ。仲良くなるのを諦めたわけではないらしいが、エリザモンの小馬鹿にしたような態度と、ひねくれ者のインプモンの性格の相性が悪すぎることもあり、今は絡むタイミングをうかがっているらしい。

ヴァイオレット・インブーツとゴースモン。ネット上のマナーとしてリアルの話を詳しく聞いてはいないが、たぶんきっとお嬢様なんだろうと皆思っている。
日本語は上手だけれど「距離感」という言葉だけは学び忘れたらしく、誰に対してもぐいぐいと絡んでいく。コミュニケーションが苦手なサイキヨはほとんど天敵同然に思っているが、同時にその実力とポジティブさを頼りにもしているらしい。ファンビーモンも、あれこれ気を回して口を出してしまう自分と違い、寡黙ながらもパートナーと信頼関係を結んでいるゴースモンには憧れているようだ。

クローズとスナリザモン。彼女のことを知るメンバーは少ない。あまりにぎやかにしゃべる性格ではない上に、任務にもそこまで頻繁に参加するわけではないからだ。一方でデジモンカードの実力については非常に高いといううわさで、その謎めいた美貌も相まって、チーム内外に隠れファンも多い。
かつて腕試しを申し出たリュウタロー・ウィリアムズによれば「なんか、独特な感じだったな!」とのこと。彼のパートナー・ティラノモンはスナリザモンと波長が合ったらしく、面白い話ができたとほくほくしていたようだ。

そして、先日デバッグチームに加わった2人のテイマー、風真照人と城之崎有紗。それぞれプテロモンとシューモンという新種のデジモンを連れており、照人にいたっては暴走NPCに勝利しているとのことで、チーム内でもうわさになっている期待の新星だ。
輝月涼音もお披露目の集会の後にあいさつに行ったらしい。しかし、プテロモンと戦ったことがあるからか、デッキ内のブルコモンが殺気だった態度を見せたらしく諦めたという。また今度、ちゃんと実力をたしかめあいたいねー、とパートナーのユキダルモンも話していた。

「新しいメンバーにはオーウェンさんとヴィオちがついてる。オーウェンさんはちょっと怖いし、ヴィオちはたまにテンション高すぎ! って感じだけど、2人とも、任務はカンペキにこなすよ」
「あのあたりには、クローズもいた。あまりよく知らないけど、優秀だってうわさだし」

 日頃から誰よりハイテンションのユウキが他人を「テンション高すぎ」と評価する姿を思わず二度見しながらも、サイキヨは同調するように頷く。

「とにかく決まったね。この状況で野生デジモンが隠れられるわけがない。ユウキとインプモンが見間違えたんだ」
「ぐぬぬ、シショー、厳しいって……」

 恨みがましい目で自分を見てくるユウキに、彼は肩をすくめる

「べつに、見間違いくらい誰にでもあるだろ。僕にはユウキがそんなに意地になることのほうが意味不明だけど」
「……だって」

 ユウキはテーブルに指先で円を何度も描きながら、表情を少し暗くする。

「もし本当に野生のデジモンだったら、早く保護しないと、限界が来ちゃうかも」

その言葉にサイキヨもはっとした。
ラクーナは野生のデジモンが住むのには適さない環境なのだという。何の保護もなければ、短くて数時間、長くて数日で体は限界をむかえ、消滅してしまう。
仕方の無いことだと割り切って任務に当たっているメンバーもいるが、ユウキはそうではない。

「すべてのデジモンと友達になること」

それが夢なのだと、彼女が前に皆に話したことがあった。途方もない夢だが、彼女はどこまでも本気だ。だからこそ、どこかでデジモンが人知れず消滅しているかもしれないという状況に、それをどうすることもできない自分に、胸が痛むのだろう。

「……ごめん、ユウキ。無神経だった」

その気持ちは、まだ小さなサイキヨにも分かった。彼もパートナーデジモンとの出会いに救われたテイマーの一人だ。デジモンの消滅という事態に何も思わないわけがない。

「んだよ、辛気くせーな! こんな空気にしたくて話してたんじゃねーよ。元気出せって、ユウキ!」
「そ、そうよ。野生デジモンがおってもおらんくても、キヨちゃんもユウキちゃんも、全力で仕事したことに変わりは無いっちゃけん」

沈んだ表情を浮かべたパートナー達に、インプモンとファンビーモンは慌てて声を掛ける。
その時、ユウキとサイキヨの前に大柄な男が立ち、2人の背中を順番に叩いた。同時に2人の上に影がかかり、真昼の砂漠に似つかわしくないひんやりとした空気が流れてくる。

「よ、お疲れだな! 2人とも」
「リュウさん、ティラノモンも!」
「柄にもなく走り回って、いささか疲れたな。リュウ、少し涼ませてもらうぞ」
「わー! 水かけんなよティラノ!」

 ユウキとハイタッチであいさつをする男性――リュウタローの背後で、ティラノモンがオアシスの泉に飛び込み、そのしぶきをもろに浴びたインプモンが抗議の声を上げる。

「隣、良いかしら」
「涼音さん、お疲れ様! どうぞ座って!」
「リュウタローさんがいるわりに涼しいと思ったら、ユキダルモンも来てたんだ」
「サイキヨくん真顔ですごいこと言うねー。ま、あたしのボディーでよければいくらでも涼んでよー」

サイキヨ達に声をかけて席に着くのは一人の大人びた女性――涼音だ。その横でユキダルモンも、大きな体をゆすりながら笑っている。
涼音は若い2人の顔を見て少しほほ笑むと、D-STORAGEを操作した。それと同時に、よく冷えたアイスティーのグラスが人数分現れる。

「色々と話もあるでしょうけど、とりあえずはお茶にしましょう?」

「結論から言えば、私たちの担当区域においてもう異常は見られなかったわね。マキナモンの取り逃がしもナシ。リュウタローくんが熱心に調べてくれたし、間違いないわ」
「スズネさんみたいなキレイでオトナな人と一緒だったら、いつも以上に仕事に身が入るってもんだ!」
「……リュウタローさんの方が年上のくせに」
「いいかサイキヨ。スズネさんがオレよりお若くてキレイなことと、オレよりずっとオトナな人であることは両立するんだ。分かるだろ?」
「いや、分かんないけど
「ふふ、ありがとう。リュウタローくん」

 涼音とリュウタローの報告は簡潔だった。1カ所、見逃せない突っ込みどころにはサイキヨが言及したが、それくらいだ。

「反対側の区画では色々トラブルがあったみたいだけど」
「トラブル? スズネさん、それってどんな……」
「詳しくは分からないの。でも、オーウェンとクローズ、それにカザマくん、だったかしら。新しく入った子が対処して、もう解決済み」

 それから彼女はユウキの顔をのぞき込んだ。

「少なくとも、ユウキちゃんが教えてくれた野生デジモンについて、こちらにも向こうにも報告はないわ。ユウキちゃんとインプモンが2人とも見ている時点でただの間違いとは考えづらいけど、そうだとしたら――」

 そこで涼音はためらうように言葉を止め、ユキダルモンと目配せをかわしてから、もう一度口を開いた。

「――ユウキちゃんが目撃した時点ですでに限界状態で、もう消滅してしまった可能性が高いわね」
「……そっかあ」

 膝に乗せた手をきゅっと握りしめるユウキの背中を、リュウタローが軽く叩く。

「大丈夫だ、とも、気にするな、とも言えなくて悪いな。でも、ユウキのそれも立派な態度だと思うぜ」
「落ち込んでるだけだよ?」
「落ち込んでるのが立派なんだよ」

 その言葉にユウキはまた少しうつむき、それから笑顔を作って2人に向き直る。

「ありがとリュウさん! スズネさんも、そういうのハッキリ言ってくれるとこ、デキル女って感じでソンケーです!」
「どうも、ユウキちゃん」

 でも、こんなこと覚えなくても良いのよ。そう口の中で小さく呟き、涼音は手の中のアイスティーを飲み干す。いつもはこれで気持ちがすっきりしてくれるのだが、今はその効果も見込めないらしかった。

「さあ、任務は完了。そろそろ行きましょう。みんな」

そう言う涼音の体をユキダルモンが持ち上げ、肩に乗せる。ティラノモンも体に付いた水滴を振り落とし、リュウタローと共に歩き始める。
サイキヨは彼らから2、3歩遅れてたたずみながら、ユウキと、その横でなにか言いたげに赤いスカーフを引っ張っているインプモンを見つめていた。そんな彼にファンビーモンが近づき、小声で話し掛ける。

「いいの、キヨちゃん?」
「何が?」
「ユウキちゃんに、声掛けたいんやないかなーと思って」
「ファンビーモンにはお見通しか」

 参ったなと呟きながら、彼はユウキのいる方を振り返り、それからまた前を向く。

「大丈夫だよ。今はインプモンが伝えたいことあるみたいだし。アイツ、僕たちがいると素直な気持ちは話さないだろ」
「ふふ、オトナになったね。キヨちゃん」
「からかうなって」
「からかっとらんよ。帰ったら、ユウキちゃんにどう話せば元気になってもらえるか、一緒に考えよう?」
「……ほんと、かなわないな」

 サイキヨも首を振りながら、ファンビーモンと共に歩き去る。それを見送ってから、インプモンはぽつりと呟いた。

「なあユウキ」
「……ごめんね、インプモン」
「だーかーら、そうやってうじうじ謝ったりするの、ユウキっぽくねーって!」

 じれったそうにしっぽを揺らすインプモンを、ユウキは少しムッとして睨む。

「そんな風に言うことないじゃん! ユウキちゃんにだってこーゆー日はあるんです-!」
「知るか! ユウキはバカなんだから、あれこれ考えったってしかたないって!」
「ちょっ! それひどすぎない!? 本気で落ち込んでたんだけど!」
「うるせー!」

 涙目を浮かべて本気の抗議をするユウキを、インプモンは一歩も引かずに見つめる。

「大体そんな顔してるヤツが、デジモンみんなとトモダチになれるもんか!」
「!」

 インプモンの言葉に、ユウキは意表を突かれたように顔を上げる。

「見間違いかもとか、活動限界かもとか言ってたけど、知らねー。生きてるかもしれねーだろ! そいつが今のユウキ見て、トモダチになりたいと思うか? 少なくとも、オレはそんな顔のユウキとパートナーになった覚えはねーぞ!」
「インプモン……」

 ユウキは目をごしごしとこすり、それから目の前のインプモンをぎゅうと抱き寄せた。

「うわあ! なんだバカ、離せって! 締め付けるな!」
「ありがと、インプモン。もう大丈夫」
「……へっ、そうかよ」

 照れ隠しにスカーフを引っ張るインプモンに、ユウキはいつものように笑いかけた。

「よーし、ユウキちゃんふっかつ! みんなを追っ掛けないと! ルーキーたちが上手に仕事できたかも気になるしね!」
「心配しなくても、ユウキよりダメダメってことないだろ」
「やー、私これでもβテストからの古参メンバーだし!」
「たった1年先輩ってだけだろ。ショートってやつ、ヤオに勝ったとか言ってたし、カードの強さはとっくに抜かれてんじゃね?」
「……説あるぅ」
「そこは反論しろ!」

パートナーからいつも通りの小言を食らいながら、ユウキは真っ赤な夕陽が沈みゆく砂漠を歩く。
あの昆虫デジモンと、またどこかで会えたら良いなと、そんなことを思いながら。

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To Be Continued.

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