DIGIMON LIBERATOR

  • X

novel

DEBUG.7-2

 風向き良好。今日もラクーナは快晴だ。
 どこかにはきっと天気の悪い場所もあるのだろうが、関係ない。この浸森都市エメラルドコーストでは、変化といえば、穏やかな緑色の風が時折僕の赤い羽毛を揺らすくらいのものだ。
 ここは初心者の集まる、ハジマリの街だ。いる人もみんな優しくて、居心地がいい。外に行く必要なんてない。
 今日もD-STORAGEの操作を忘れた照人におっかなびっくり呼び出されて、あきれ顔の有紗に照人のとばっちりで怒られながら、頭を撫でてもらって。
 それから有紗とバトルして、もうどんなカードが入っているかも全部知っているデッキなのに、それでも勝てなくて。
 照人はしょうがないなあなんて笑いながら、新しいカードを試したり、昔の大会の動画を一緒に見ながら、オーウェンさんはすごいんだなって、また笑ったり。
 僕はそれだけでよかった。それだけでよかったはずなのに。

「──弱い者イジメたァ、感心しねェなァ!」

 あの日、飛べない僕の前で、キミは軽々とはばたいて見せた。

DIGIMON LIBERATOR SIDE STORY
DEBUG.7-2 ミドリとアカの境界線

「ったく。ショートのやつヒデーよな! 一週間もこんな場所に放置とか、ほぼゴーモンだぜ!」
「まあまあ、しょうがないじゃない。臨時メンテナンスだっていうしー?」

 メンテナンス対応のためにいつもより早くログアウトした照人と有紗に不満タラタラな緑の翼竜──プテロモンに、僕──ムーチョモンは苦笑いを浮かべた。
 パートナーがログアウトしたデジモンが送られる、上下左右、すべてが真っ白な空間。暮らしづらい環境ではないが、風の一つも吹くことがない。それでも、個性豊かなデジモンたちでにぎわうこの場所を、僕は退屈に感じたことはなかった。しかしこの平和も、自由を愛する新しい仲間にとっては耐え難いものだったようだ。

「ンだよー。ムーチョモンもそっち側かよー。シューモンもこの平和がいいとかわけわかんねーこと言うしさー」
「まあ分かるよー。一週間も照人に会えないのは寂しいよネ」
「なっ! 違うからな。オレはお前みたいにショートとベタベタしたりしねーから!」
「うんうん、わかるわかる」
「おい、そういうのやめろよムーチョモン。ほんとに違うからな!」

 青筋を立てて怒りをあらわにしてくるプテロモンに、僕はけらけらと笑う。反応が分かりやすくてからかいがいがあるのは照人と一緒だ。

「ほら、キミがいると退屈じゃないよ」
「……ったく。ムーチョモンも大概変わり者だよな」
「ンー? そうかなあ?」

 首をかしげる僕に、プテロモンはずずいと距離を詰めてくる。

「ああ、変わり者だね! そもそも、オレが来るまで3ヶ月も初心者エリアでショートに付き合ってたのが理解できねえ! 尻をつっついて急かしたりしなかったのかよ」
「したことないなぁ、そのままで楽しかったし」
「マジかよ。強いヤツがいなくて退屈じゃなかったか?」
「全然? バトルなら有紗が強いからネ」
「にしたってよ! ほかのエリアがどんなふうかとか気になったりしなかったのかよ」
「暑かったり、騒がしすぎるのは得意じゃないし、エメラルドコーストが僕は好きだから」

 僕の返答がよほど変なものに聞こえたのだろうか、プテロモンはじれったそうに頭の羽をくしゃくしゃと掻きむしった。

「じゃ、じゃあ! 今は嫌なのか? 平和な場所から出て、色んなとこで色んなやつと戦って、そういうのは嫌だったのかよ」
「そんなわけないじゃんかー。今もすっごく楽しいよ。イヤならイヤって言うしね」
「だー! 分かんねェ!」

 頭をひねりすぎて、プテロモンはついにひっくり返ってしまった。僕は何か変なことを言っているだろうか。大体僕に言わせれば、1ヶ月近くも照人と有紗を影ながら見守っていたプテロモンだって相当ヘンだと思うのだけど。

「おーい、プテロモン、大丈夫―?」
「『大丈夫―?』じゃ、ねェ! こっちはお前のことが分かんなくてこんなになってるんだっての」
「そんなこと、僕に言われてもなぁ……」
「いっつもニコニコしやがって。腹の底では何かに怒ったり恨んだりしてるタイプかと思いきや、隠し事してるってタイプでもないしなァ。ショートのことが好きで、アイツとなら何しても楽しいってタイプか?」
「照人のことは大好きだよ?」
「それなら!」

 ズビシッ、と音がしそうな勢いでプテロモンは羽を僕に向けてくる。

「オレのことは気に入らないんじゃねーのか? 急にやって来て、照人のデッキに割り込んでよ。オレが同じ立場だったら怒るか、先輩風の一つくらいは吹かせるけどなァ?」
「え? プテロモンは僕のことキライ?」
「いやいやいや、そうじゃねーよ。嫌いじゃないって!」
「うん、僕もプテロモンのこと好きだよ」
「ぐぐぐぐ……強敵だなオマエ……」
「そんなに難しいことじゃあないよ」

 ジトッとした目をこちらに向けてくるプテロモンに、僕は苦笑いを返す。

「それに、キミのこと、なんとも思ってないわけじゃない。羨ましいと思うことは、やっぱりあるよー」
「オレがショートの切り札になったことが、か?」
「それは聞き捨てならないぞー? 僕だって照人の切り札だからネ」
「分かってるって、イジワル言って悪ィな」

 わざとらしくむっとした顔を作れば、プテロモンも落ち着いたのか、僕の隣にぺたんと座り、続きを聞くそぶりを見せた。

card

「それなら、オレの何が羨ましーんだよ」
「色々あるよ。緑色の羽はかっこいいし、空だって自由に飛べるだろ? 僕は羽はあるくせにムチョムチョ歩くことしかできないしね」
「ムチョムチョ……?」
「それに、キミと会って照人は変わった。変わり始めたっていうのかな」

 僕のその言葉に、プテロモンも頷く。

「へっ、まあまだまだ甘ちゃんだが、最初のころよりは少し気合は入ったかもな」
「すごいよ。もともと頭もよくて結構冷静なのに、ちょっと追い込まれるとすぐコロッと負けてたのが、最近はちゃんと勝てるようになったっていうか、粘り強くなったっていうか。いろんな場所に行くようにもなったしネ」

 もちろん今までの照人だって僕は大好きだ。でも、プテロモンと出会ってからの少しの期間の間に彼に起きた変化は、彼自身にとってきっと必要なモノなんだと思う。それはきっとカードバトルだけに限った話ではない。もっと、ずっと大きな目で見たときに必要なモノだ。

「だから、それは羨ましく思うかナ」
「それってなんだよ?」
「キミはあっという間に照人のことを変えてしまった。僕と遊んでいたころの彼には想像もできないくらいに。そしてきっと、これからもそうなんだろうなって思う」

 僕はぺたんと仰向けに寝転がり、白一色の空を見上げる。無機質な空間のくせに、その空はどこまでも高いように感じられた。
遠く、遠く。高く、高く。ただのゲームの枠を超えて、もっともっと高い場所へ。

「キミはもっと遠くまで、照人のことを連れて飛んでいけると思う。彼の相棒として、羽として。僕にはそれはできないから……それは、いいなあって思うかな」
「……ンだよ、急に寂しいこと言いやがって」
「プテロモンが言わせたんじゃんかー」

 そう言う僕の隣で、プテロモンも仰向けに寝転がった。

「だったら心配すンな。その『遠く』に行くときは、オマエも一緒につれてってやるからよ」
「エー、ほんと?」
「当たり前だ。大体、ちょっと成長したとはいえ、ショートはまだまだ甘ちゃんだ。オレ一人でアイツの面倒見切れるかっての!」
「えへへ、そっかァー、連れてってくれるかァー」
「ああ、こんな恥ずかしいこと何回も言わせンな!」
「それなら、僕も、キミと一緒に飛べるかな、空」
「……大丈夫だ。飛べるって」

 それきり言葉は途絶えて、しばらくの間、2人で空を見上げた。
なんの色彩もないはずの空は、僕とキミで見ると。不思議と飛びがいのあるように見えた。

 ちょっとだけ、ウソをついた。
 プテロモンの言う通りだ。最初から、彼のことを受け入れられたわけじゃない。
 自分はバトルにおいてはデッキの中の一体なのだと、もっと強いデジモンがいれば入れ替えられてしまう歯車の一つなのだと分かっていたつもりだった。でも照人と過ごした3ヶ月は、退屈だとか、変化がないなんて言うにはあまりに楽しすぎた。
 だから照人を取られてしまったように思うことだってあった。照人が外の世界に一歩踏み出したときは、僕と彼の楽しかった時間を否定されてしまったような気もした。
 でも、プテロモンとシューモンについて相談するために訪れた中央府ジュエルでのことだ。

「あ、ねえねえ照人。これ見て、アクセサリーだって!」
「おいおい有紗、買い物はGMとの面談が済んでからって……」
「先にこれだけ! それに照人も気になるでしょ? 『パートナーデジモンとおそろいのアクセサリーを』だって。デジモンのカラーに合わせて、色を好きにカスタマイズできるみたい」
「……へえ」

 D-STORAGEの外から聞こえてきたそんな会話に、思わず気になって様子をうかがった。見れば、ずらりと並んだアクセサリーと色見本の前で、照人が顎に手を当てて悩んでいる。

「うーん。あの、これってツートンカラーは……無理ですか。2色ほしいんだけどなあ」
「じゃあ照人、カラビナにしたら? それなら繋げてつけても違和感ないでしょ」
「確かに、名案だな有紗! それじゃ、この色とこの色で、お願いします!」

 そうして彼は2つのカラビナを選び取り、満足げに上着のファスナーにつなげて身に着けた。その胸で赤と黄色のカラビナが、中央府のまぶしい照明を照り返して、誇らしげに揺れた。

「どうだ? ムーチョモンをイメージしたんだけど」 「え、僕?」

 思わず驚きの声が漏れた。

「そうそう。俺、服が緑ばっかだし、デッキのメインカラーも緑だからサプライもそれにそろえちゃっててさ、そういえばムーチョモンとおそろいのグッズってないなーって思ってたんだよ!」
「え、え」
「いやー、この赤がいいだろ。でも黄色も入って初めてムーチョモンって分かるからなあ。絶対に2色ほしかったんだ」
「照人……」
「いやしかし、今見るとこのメタリックな感じだと、色は同じだとムーチョモンのふかふか感が出ないな、黄色はどっちかっていうと金色っぽいし……カラビナにしたのは失敗だったかー!?」

 顔をくしゃくしゃにして喜んだあと、一人で何事か口走りながら頭を抱えだす照人の姿に、なんだか肩の力が抜けたような気がして、それから、思わず笑いがもれた。

「ううん。僕はいいと思うな、それ!」
「あ、まじ? 良かった。ムーチョモンが気に入ってくれたなら万事オーケーだな」
「えへへ。ありがとう、照人!」
「おう! これからもよろしくな、ムーチョモン」

 そうやって笑いあって、そして気づいた。
 たとえ変わっていったとしても、照人は照人だ。
 プテロモンと出会って彼は変わり始めたけれど、彼のこれまでがまるっきり無駄だったわけじゃない。これまでだって彼はいいやつで、だからこそ、新たな仲間と共に、彼は変わることができたのだ。
 照人はきっと、これまでの、冴えないけどそれでも優しい彼自身を、捨てるのではなく抱きしめて、次の空に飛ぶのだろう。
 そうだ、僕はそれを知っている。そんな彼を信じて、ついていくことができる。

 そんな関係を言い表せる言葉を、僕は一つしか知らない。

「えへへ、これからもよろしくネ、“相棒”!」
「おう! よろしくな相棒!」

「へっ、仲がいいのは嫌いじゃねェぜ」
「大丈夫。プテロモンも相棒だよー。ね、照人!」
「もちろんそうだって。心配するなよ、プテロモン」
「なっ……おい! 別に羨ましかったわけじゃねェぞ!」
「ははは、かわいいやつだな」
「かわいいやつだねぇ」
「だーかーら! 違うって!」

 D-STORAGEの中で顔を赤くするプテロモンのそばで、僕はくすくすと笑った。
 そうだ。これまでもこれからも、僕は照人の相棒だ。
 プテロモンが彼を連れてどこまでも強く飛んでいくなら、僕は、彼の優しさを抱いて、その隣をいつまでも走っていく。
 きっと、そのために僕は、羽の代わりに、強く地面を踏みしめる足を得たのだから。

 そして時は経ち、現在。

「だー! セキュリティごっそり持ってかれた!」
「ショート、大丈夫かよ。このままだと、次のターンでゲームセットまで行かれちまうぜ?」

 頭を抱える照人に、プテロモンが進化したゼファーガモンが声をかける。

「ぐ、やっぱりあの時……」
「おいおい、セキュリティの中身にかけて前のめりな選択したんだろ? 思い切りがよくなったのはいいが、いちいち後悔してちゃ元も子もないぜ?」
「うう、だけどさ……」

 デバッグチームに入り、多くのライバルとの戦いや共闘を経て、照人は見違えるほどに強くなった。とはいえ、実力は彼と仲の良い(これを言うと照人にはすごい勢いで否定されるけど)オーウェン・ドレッドノートさんや、以前共闘したクローズさんにはまだまだ及ばず、油断をしては中級メインクエストのNPCにころっと追い込まれたりする。
 だけど、そういうバトルの一つ一つを、彼は楽しんでいるように思えた。そして、それは僕にとっても同じだ。
 今は、一つ一つのバトルが、楽しい!

「大丈夫だよ、照人」

 育成エリアから僕──進化して今はデラモンだ──は、照人に声をかける。

「時間が稼ぎたいんだろ? なら、僕を……」
「……そ、そうか! ありがとうムーチョモン、いや、デラモン。頼んでいいか!」
「うん、任せて!」

 バトルエリアに向けて駆けだした僕を、紅の風が包む。

「デラモン、進化──メディーバルデュークモン!」

 その身に伝説をまとい、「幻想の戦士」として線上に降り立った僕に、隣でゼファーガモンが笑いかける。

「オレが進化した時にも思ったけどよ、やっぱイケてんなその鎧!」
「だよね! ゼファーガモンの羽もカッコいいけど!」

 そうして僕は、ちらりと後ろの照人を振り返り、彼の胸で輝くカラビナを見る。
 メタリックなせいで黄色が金色に見える、なんて彼は嘆いていたけれど、この姿に進化した今なら、赤と金で、本当にぴったりのカラーだ

「行くぜ、メディーバルデュークモン!」
「ああ、任せて照人!」

 相棒の力強い声に応えるように、僕は思い切り力を込めて、地面を蹴った。

To Be Continued.

DIGIMON CARD GAME