DIGIMON LIBERATOR

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novel

DEBUG.8-1

「いやー、負けるかと思った!」

 『WINNER:Yuuki』のメッセージとともにファンファーレが鳴り響く。霧雨が降り注ぐ侵森都市エメラルドコーストの空に大きくこぶしを突き上げ、ユウキは自信満々に勝利宣言をした。
 そんな彼女を振り返り、パートナーのヘヴィーメタルドラモンは呆れたような声をだした。

「待て待て笑えねーッて! NPCのランクがあと1でも上だったら負けてたかも知れないって場面が2、3箇所あったぞ!」
「へへ、ユウキちゃんとのバトルはドキドキするでしょ?」
「ドキドキしたっていうか生きたココチがしなかったっつーの!」

 凶悪な見た目の竜の影はやがて小さくなり、成長期の小悪魔──インプモンに戻ると、ユウキのことをジーッと睨みつける。

「本当に。マジで。中級クラスのNPCくらいにはラクショーで勝ってくれよ……」
「いやー、ストーリー上の演出的に? ここはちょっと苦戦したほうがエモいかなって思ったしぃ?」
「言い訳にしても苦しいぞオイ」

 エメラルドコーストはメインストーリー的には序盤のマップにあたる。出てくるNPCも初心者レベルのものばかりであることから、ある程度ゲームになれた中級者以上は、独特の静かな雰囲気を気に入った一部を除いてあまり訪れない場所だ。
 しかし先日の大型アップデートでやりこみ要素が大量に追加され、エメラルドコーストでも中~上級者向けのサブクエストがプレイできるようになった。ユウキも歯ごたえのある難易度や豊富な報酬、新しいストーリーに惹かれ、エメラルドコーストを訪れたのだ。

 ……にしても、あそこまで苦戦するとは思わなかったけど。

 インプモンの言う通り、先ほどのユウキのプレイはお世辞にも完璧とは言い難かった。むしろ、穴だらけでぼろぼろのチョベリバだ。勝ちはしたが、それもNPCが機械的に自分の動きを進めて彼女のミスを見逃したからで、もう少し強いNPC相手ならボコボコにされていることだろう。相手が人なら言わずもがな、だ。
 デバッグチームの活動もなんやかんやで1年近くになり、後輩もずいぶん増えた。それなのに彼女のレベルは相変わらず、よく言っても中の下程度。
 強くなくたってリベレイターは楽しい……楽しいのだが、焦りを感じたりすることもあるのだった。

「ま、でもいまはとにかくストーリーだよ!」

 帰ったら対戦ログ見つつ反省会な、というインプモンの言葉に頷きながら、ユウキは先ほど撃破したNPCの言葉に耳を傾ける。NPCが語る物語を聞く彼女のその表情が喜び、切なさところころと変わるのを見ながら、インプモンはだるそうに頭の後ろで手を組んだ。

「よくマジメに読むよなー。必要な時にはログでも確認できるんだし、そんなの飛ばしちゃえばいいのに」
「あたしが見たいからいーの! それに、後からまとめ読みしよって飛ばしたストーリーとか、あたし絶対読まないし!」
「ドヤるな」
「物語を存分に楽しむのだって、デバッグチームとしての務めだしね! それに結構面白いよ。メインストーリーの掘り下げ」

 広大なラクーナで展開される物語は、メインストーリーを追うだけなら簡単だが、その背景にある世界観まで読み取ろうとするとなかなかに難解だ。ユウキも時々何が何だか分からなくなることがあり、頭の回転が速いサイキヨやサブカルチャーに明るいリュウタロー・ウィリアムズに教えてもらいながら、興味深く読み進めていた。
 やがてNPCの話が終わり、『STORY CLEAR』のメッセージと共に、降り注いでいた霧雨が止む。雲間に覗く日の光を浴びて、彼女は髪についた水滴を払った。

「っし! 報酬ゲットー!」
「やっぱクエストは割がいいなー。次行こうぜ次」
「うん! 今日は午後休だし、たっぷり遊ぶぞー!」
「ゴゴキュー?」
「うん、午後は大学の講義入ってない、つまりはすべりぐ! ってコト」
「そういえばユウキ、ダイガクセーだったな……」
「意外そうな顔しないでくれるカナ? これでも普段はちゃんと学業に……励んでるし」
「間! いまの間はなんだよ!」

 やんややんやと話しながら、一人と一体はエメラルドコーストを行く。
 話していたせいで、ユウキもインプモンも、その周囲に微かなノイズが走ったことに気が付かなかった。

DIGIMON LIBERATOR SIDE STORY
DEBUG.8-1 COOL WHITE SAVIOR

 森の真ん中、幾重にも折り重なる木の葉が太陽の光を阻み、やけに薄暗い。周囲には霧が立ち込め、仮想空間でありながら澄んだ水の粒が体温を奪っていくような感覚に襲われる。吹き抜ける風はさわやかなままで、それがかえって気味が悪かった。
 エメラルドコーストは、木々に浸食された都市の跡地を基調としたエリアだ。足を延ばせば遺跡エリアや草原エリアもあるが、どこも道が整備され、行き来に支障はなかった。
 それに比べて、今いるこの場所は──。
 ユウキは大きく深呼吸して、歩いてきた道を振り返る。木々が並び、そこには舗装された道はおろか、獣道すらない。四方八方どちらを見ても代り映えのしない景色で、ぐるりと一回転してあたりを見回せば、自分がどの方角から歩いて来てどの方角へ向かっていたのか、彼女は分からなくなってしまった
 つまり、平たく言うと──。

 

「迷った!」
「うるせ! 見りゃ分かるわ!」

 彼女の言葉に、隣にいたインプモンも爆発したように叫んだ。

「あれー? おかしいなー。次のサブクエの場所にはちゃんとマーカー打ってたのに」

 広大なラクーナを冒険するうえで、デヴァイスであるD-STORAGEにはマップ機能やナビゲーション機能が搭載されている。目標とするメインストーリーやサブクエストを指定することで、マップ上の次の目的地にマーカーが打たれ、行くべき道をD-STORAGEがナビゲートしてくれるというものだ。常時向かう方角が矢印で示されているようなもので、迷うはずがないのだが──。

「次のサブクエ、草原エリアでの依頼のはずだったろ! ヘンだって気づけって!」
「インプモンだって気づいてなかったし! だいたいナビ通りに歩いてたし!」

 そう言いながら、ユウキはD-STORAGEのマップを展開する。

「あーね、インプモン見てよこれ。マップの現在地、ちゃんと目的地近くっぽくない?」
「はあ? 何言って……うん?」

 マップ上に示された現在地は、サブクエストの依頼人役のNPCがいる草原エリア近くの道を示している。草原からつづくのどかな道で、いまユウキたちがいる深い森の奥とは似ても似つかない。

「はあ? D-STORAGEがバグったってことかよ?」
「やばみざわー。えー、ついてなーい」
「イヤイヤ、バグを見つけたのなら、デバッグチームの仕事としては正しいんじゃねーの?」
「ん? どういうこと?」
「“デバッグ”って本来そういうイミだろ!」
「……違法行為をしたプレーヤーやヘンな挙動のNPCをコテンパンにやっつけるってイミじゃないの?」
「ちげーって! い、いや確かに最近そっちの任務のほうが多い気はするけど! あれ、ってことは、そーいうイミなのか……?」

 難しい疑問に首をひねっていしまったインプモンの横で、ユウキはこれまでの移動ログを保存する。どういう行動がきっかけでこのバグ(?)が起きたかは分からないが、なんにせよ発見者第1号がデバッグチームの一員だったことは幸運だ。

「大型アップデート後だし、どうしてもこういうバグはあるよねー」
「んじゃ、サブクエは一旦切り上げて、GMにこのこと報告するか。森を抜ける方法分かんねーけど、ユウキが一回ログアウトすればオレもガーデンに戻れるだろ」

 至極まっとうなインプモンの提案。しかしユウキは人差し指を唇に当てて、少し悩んでいる様子だった。

「んー……」
「おいユウキ?」
「インプモンの言う通り、あたしはログアウトすればいつでも戻れるし? もうちょっとここ、見ていこーよ!」
「はあ? なんでだよ」
「だってテンションアガらない? バグのせいで普段は入れない場所に入れてるんだよ。 こういう世界の裏側っていうか、なぞのスペース? えぐロマン? 憧れ? そんなカンジ」
「いや、だからって、何があるか分かんねーし!」

 やめとこうぜと言うインプモンを前に、ユウキは両手を口の前に持っていき、小さなインプモンからでも上目遣いに見えるように一生懸命に身をかがめる。

「……ダメ?」
「ダメに決まってんだろなんだその上目遣い」
「ふーん、行かないんだ。意気地なし」
「……は?」

 インプモンの表情が固まる。ピキ、と音が聞こえた気がして、ユウキは内心しめしめとほくそ笑んだ。

「おいユウキ! 誰がイクジナシだって?」
「ロマンを前に怖気づいてるインプモンくんですけどー?」
「はあ? こんなのコワくねーわ! なんかあった時セキニン負いたくないってだけで」
「ふーん」
「そんなに言うならオレは行くぞ! ただしなんかあったらユウキのせいだからな」

 計画どーり! すっかりやる気を出したインプモンに見えないように、ユウキはにやりと笑った。

「おい、置いてくぞユウキ!」
「はいはい、それじゃ行こっか!」

「ここは……」
「おいおい、マジかよ……」

 言い争いをしながらしばらく歩いて、ユウキとインプモンは木々の生えていない円形の場所に出た。実際の森にもあるようなスキマ。しかしそこに広がる幻想的な光景に、一人と一体は息をのんだ。
 それは桜の木に囲まれた一角だった。これまでの森の木々や草花にはそんな気配はなかったというのに、桜は美しい花々を咲かせ、立っているだけでユウキたちの肩にも桃色の花弁が降り積もっていく。地面には花々が咲き誇り、小さな泉もある、まさに楽園のような景色だった。

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「こんな場所が……マジで開発用データか?」
「がちきた、すっごい綺麗! ねえインプモン、見に行こうよ!」
「あ、おい待てって!」

 はしゃいだ様子でユウキが一歩踏み出した、その時だった。インプモンが目を見開く。

「ダメだ。止まれ、ユウキ!」
「え?」
「ベビーフレイム!」

 インプモンの制止に思わず立ち止まったユウキの足元に小さな火球が着弾する。小さな悲鳴を上げながら後ろに飛びのく彼女の前に、小さな影が下りたった。

「それ以上この“聖域”に立ち入るなよ。ニンゲン。もし一歩でも踏み入れば──」

 緑色の風が一陣、吹き抜ける。森の中で、クールホワイトの体躯と、その身にまとった真紅のマントはよく映えた。その小竜の黄金色の瞳は、まっすぐにユウキを睨みつけている。

「──このハックモンが容赦しない!」

「えぐ、なに、ハックモン? 超かっこ良いんですケド」
「ンなこと言ってる場合か! ユウキ、あれ見ろ!」

 インプモンの指さす先、ハックモンを名乗ったデジモンの背後に、小さな影がいくつも集まっている。幼年期から成長期のデジモンたちだ。それを見たユウキの表情が変わる。

「野良デジモンが、あんなに? 早くガーデンで保護しないと……!」
「心配はいらない」

 捕獲用カード足りてたかな、と焦った様子でD-STORAGEに手を伸ばす彼女の言葉をハックモンが遮った。

「この“聖域”では、デジモンたちに活動限界はない。ニンゲンの力など借りずとも、ここでなら生きていくことができる」
「……がちぃ?」
「ああ、危険なことなど何もない。──この場所のことを知ってしまったニンゲンを除けばな」

 その言葉と共にハックモンが殺気をまとう。ユウキは慌てて、相手を落ち着けようと手を振り回した。

「待って! あたしたちは味方だよ。説明するから! えっと、このラクーナは、『デジモンリベレイター』は、デジモンを助けるためにあって、あたしはそのために活動してる……」
「ああ、知っている。『デバッグチーム』だな」
「そ、そう! 知ってるならどうして……」
「そうか、オマエ、デバッグチームの一員なのか」

 少し安心した様子のユウキの前で、しかしハックモンは身にまとう殺気を強めた。

「そうと知れば生かしてはおけない。オマエが、クールボーイ──オレたちを見捨てた男の手先と知ったからにはな!」

 ハックモンが点に向けて吼えれば、光と共に、戦闘用NPCが現れる。その目は赤く光っていて、すでにハッキングされているのは明白だ。腰のデッキに手を伸ばす動きも、ハックモンに操られているということなのだろう。
 NPCとハックモン、ユウキたちを取り囲むように赤い稲妻が走る。D-STORAGEが赤く点滅し、強制バトルイベントの開始を告げる。

「クールボーイさん? あの人、何してんの!?」
「はっ、何も知らない、というわけか。しかしどちらにせよ変わらないさ。俺たちはニンゲンを許さない」
「待って、あたしは敵じゃない。あなたたちと友達に──」
「俺たちはそんなこと頼んでない。ニンゲンなんかと一生関わりたくないんだ」
「そんな……」

 立ちすくむユウキには興味がないように、ハックモンは彼女の隣のインプモンに目を向ける。

「そっちの小悪魔も、こちらに来てくれ。どんな事情かは知らないが、キミもそこのニンゲンに騙されているんだ。この場所は自由だ。ニンゲンのために戦う必要はないし、何かあっても俺が守ってやれる。だから……」
「……るせ……」
「どうしたんだい?」
「うるせーッ!」

 インプモンはこぶしをぎゅっと握りしめて、ハックモンを睨みつけた。

「そんなこと聞いてねーんだよ! そっちから絡んできたかと思えば、ごちゃごちゃうるさく言いやがって。挙句の果てに『俺が守ってやれる』とか、バカにすんじゃねーぞ!」
「分かってくれ。ニンゲンはオレたちにそれだけのことをした。キミが望むなら話してもいいが……」
「だからうるせー。オレはそんな話聞いてねェんだよ。よくも──」

 インプモンはいつになくドスの効いた声で言うと、ハックモンを見る目に確かな怒りを込める。その吸い込まれるような緑の瞳は、ハックモンの黄金の目とぶつかっても、わずかもたじろぐ様子はなかった。

「よくもユウキに向けて攻撃しやがったな! 許さねーぞ!」
「ちょっとインプモン!? あたしは誤解を解きたいだけなんですけどー!」
「ムダだ! あの優等生バカヤローは、一発ぶん殴ってやらねーと話にならないぞ!」
「その通りだ」
「ちょっと、ハックモンも同調しないでよー!」
「もとより、ニンゲンの話に俺たちが耳を貸す理由がない。聞くとすれば、俺の前で実力を証明したときのみだ。そこのインプモンが俺に決闘を申し込むなら、俺は受けるとも」

 そう言いながら、ハックモンが再び吼える。
 その瞬間、この空間に舞う桜の花びらが何枚か集まって、1枚のカードになり、ユウキのD-STORAGEに吸い込まれていった。

「え、何!?」

 そういいながらカードフォルダを開いたユウキの目が、一枚のカードに吸い込まれる。

「新しいカード……!?」
「俺が創った。多少特別な力を授かっているものでね」
「おいテメー、ハンデのつもりかよ」

 怒りを含んだインプモンの言葉に、ハックモンは首を振る。

「勘違いをするな。俺が求めるのは実力の証明だ。そのカードを使いこなして、俺に勝利して見せれば、話くらいは聞いてやる。それとも──できないのか?」

 嘲りを含んだその言葉に、インプモンは当然のこと、ユウキも我慢の限界だった。二つの声が重なる。

「まさか! 行くよ、インプモン!」
「おう! 負けたら許さねーぞ、ユウキ!」

To Be Continued.

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