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DEBUG.8-2
“聖域”に雷鳴が響く。
鋼鉄龍・ヘヴィーメタルドラモンが放つ紫の雷撃が、ハックモンのセキュリティを砕き、破片が舞う。
一見するとユウキたちの有利だ。彼女のバトルエリアにはヘヴィーメタルドラモンとラウドモン、ユウキのテイマーカードが2枚。先ほどヘヴィーメタルドラモンへの進化に使った「ヴァイオレット・スクランブル」もバトルエリアに残って次なる起動の時を待っている。セキュリティも4枚保持し、万全の構えだ。
対してハックモン側のバトルエリアには、セイバーハックモンが一体いるだけだ。彼は残り2枚になったセキュリティを見ても動じることはなく、瞬き一つせずに敵陣を見つめていた。
「チッ、どんだけ攻め立ててもびくともしねーな! おいユウキ、ほんとにこのプレイで合ってるのかよ!」
「知らない!」
「オイ」
「だってそうでしょ? あたしたち、試されてるんだ。正解か不正解かなんて気にしてびくびくしてたら絶対不合格だよ! それに──」
ユウキは大きく深呼吸して、こちらを見つめてくるセイバーハックモンをまっすぐに見返す。
「あたしはハックモンたちとも友達になりたいの。だったら、友達になりたいと思ってもらえるようなバトルをしなきゃ!」
「ユウキ……」
「大丈夫だよ、インプモン」
その言葉で、自分の心の中の弱虫をやっつける。これは戦いだ。でも特別ってワケじゃない。これまでそうしてきたように、相手に全開でぶつかって、最後には友達になる。
……うん、あたしには、それができる!
「あたしたちが、勝つ!」
「ふん、心意気だけは戦士のそれか」
ユウキの言葉に、セイバーハックモンは少し感心したようにつぶやくが、すぐにその身に殺気をまとう。
「ならこちらから行くぞ。耐えてみろ、俺たちの力を!」
セイバーハックモンが、バトルエリアに、動いた。
DIGIMON LIBERATOR SIDE STORY
DEBUG.8-2 Through the Fire and Metals
「オプションカード『アウスジェネリクス』。オレのDPを+2000し、≪貫通≫を得る!」
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セイバーハックモンが動いた。戦闘用NPCを操ってオプションカードを使用し、続けて空に向けて高らかに吼える。
「そして……師匠、力を貸してくれ!」
その言葉に応えるように、空から何かが降ってきた。隕石のように地面に大穴を開け、その中央で立ち上がると、腕を組んで仁王立ちする、“ヒヌカムイ”のオーラをまとう流浪の聖騎士──ガンクゥモン。
【登場時:自分のデジモン1体を手札/トラッシュの名称に「ハックモン」を含むか特徴に「ロイヤルナイツ」を持つLv.6以下のデジモンカードにコストを支払わずに進化できる。】
ガンクゥモンがその拳で大地を穿つ。呼び覚ますのは己の歴史に刻まれたプログラム。デジモンという生物が「生存」のために生み出した、「X」の一文字。
「行くぞ、ガンクゥモンX抗体!」
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【進化時:相手のデジモン1体を退化2。その後、このデジモンの進化元に「ガンクゥモン」/「X抗体」があるなら、相手のターン終了まで、自分のデジモン全ては相手のデジモンの効果を受けない。】
「キミのヘヴィーメタルドラモンをパンクモンへと退化! さらに師匠の力で、次のそちらのターン終了時まで、師匠も俺もデジモン効果耐性を得る!」
「……さっすが、やるぅ」
あのガンクゥモンとリュウタローさん、どっちがムキムキかななどと考えている間に好き放題にされてしまい、ユウキは思わず冷や汗を流す。
「驚くのはまだ早い! 俺──セイバーハックモンの【ターン終了時効果】! ガンクゥモンX抗体をレストさせ、進化する!」
師匠と仰ぐ相手とグータッチを交わし、遺志を受け継いだ白竜は光に包まれる、そこに立つのは究極の聖騎士──ジエスモン。
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「来い! アト、ルネ、ポル!」
登場時効果でアト&ルネ&ポルを呼び出し、ジエスモンは続けてラウドモンに向かう。
【自分のターン/ターンに1回:他の自分のデジモンが登場した時、DP8000以下の相手のデジモン1体を消滅させる。その後、自分のデジモン1体でアタックできる。】
「効果でラウドモンを破壊!」
「うっそ、これからアタック!? ターン終了時ってさっき言ったよね!?」
ユウキの言葉をよそに、ジエスモンはパンクモンにアタックする。≪連携≫の効果でアト&ルネ&ポルをレストさせてDP+8000、進化元効果でDP+2000、さらにさきほどの「アウスジェネリクス」の効果でDP+2000と≪貫通≫を得ている。
「DP24000のジエスモンでパンクモンを破壊! ≪貫通≫でセキュリティを2枚チェック!」
砕けたセキュリティに目を向け、ユウキは息をのむ。油断していたつもりはない。しかし、こちらが多少頼りにしていたアドバンテージの差を、わずか1ターンでひっくり返されてしまったのだ。
「ガンクゥモンX抗体の効果で、俺の場のシスタモン、ハックモン、ロイヤルナイツは【再起動】と【ブロッカー】を得ている。簡単に突破できる壁じゃないが、これくらいで音を上げるわけじゃないよな」
「ったりまえだ! ……ユウキ、大丈夫だよな?」
D-STORAGEから自信満々に声を張り上げ、それからこっそり聞いてくるインプモンに、ユウキは思わずツッコミを入れる。
「大丈夫だってば! ……多分」
「頼むぜ? マジで」
「分かってるって。私のターン! ヴァイオレット・スクランブル起動!」
ヴァイオレット・スクランブルの≪ディレイ≫効果で、トラッシュからインプモンを登場。テイマーカードの効果でメモリーを+1し、ユウキのデッキが動き始める。
「インプモンをパンクモンに進化! さらにラウドモンに進化! そして一気に、ヘヴィーメタルドラモンだ!」
彼女の手札が輝き、再び鋼鉄の凶龍がバトルエリアに降り立つ。
「まだまだ! デジモン効果耐性があったって、オプションカードは効くんでしょ……食らえ、ブラックサバス!」
「≪デコイ≫発動。アト&ルネ&ポル、頼む!」
アト&ルネ&ポルがジエスモンを庇うように展開され、ジエスモンめがけて放たれる咆哮から彼の身を守る。
「それだけか? ニンゲン」
「まさか! ヘヴィーメタルドラモンの【自分のターン終了時】効果! ハックモン! あなたから借りたカード、遠慮なく使わせてもらうねッ!」
ヘヴィーメタルドラモンの効果は、トラッシュから、「小悪魔型」、「魔竜型」、「邪竜型」を持つ登場コスト8以下のカードを呼び出すというもの。龍の咆哮に応えて地獄から現れるのは、もう一体の邪龍。
「行っけえ、あたしの新☆切り札! ヘヴィーメタルドラモンACE!」
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発動するのはヘヴィーメタルドラモンACEの【登場時】効果。手札を4枚になるように破棄することで、トラッシュからDP8000以下のデジモンをコストを支払うことなく蘇らせる。
「来て、オロチモン! さらにターン終了時、あたしのテイマーカードの効果。ヘヴィーメタルドラモンでプレイヤーに攻撃!」
「と、みせかけて、そっちのオヤジに【突進】だ!」
ヘヴィーメタルドラモンの攻撃対象は【突進】の効果でガンクゥモンX抗体に変更される。しかしジエスモンは、師匠に迫る凶竜の牙にも動じず、小さく口を開いた。
「後は任せてください、師匠。──≪ブラスト進化≫」
「え?」
ガンクゥモンX抗体は、己に迫る竜にも動じずに、天に拳を振り上げた。その勢いで雲が裂け、そこから降り注ぐ光がジエスモンへと集まっていく。光が晴れたとき、そこに立っていたのは、赤い鎧を身にまとった救世の騎士だった。
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「ジエスモン、進化──ジエスモンGXACE!」
「じ、じーえっく……、ねえヘヴィーメタルドラモン、アレなんて読むの、激ムズなんだけど!?」
「“じーえっくす・えーす”だ! ユウキほんとに大学行ってるんだろうな」
「いーや、アレは大学とか関係ないと思います!」
「ぐっ……! おい、バカ話はあとだ。来るぞ!」
ヘヴィーメタルドラモンの言葉に、ユウキはジエスモンGXACEに意識を向ける。発動するのは彼の【進化時】効果。
【進化時/ターンに1回:自分の手札/トラッシュから、特徴に「ロイヤルナイツ」を持つカード1枚をこのデジモンの進化元の下に置くことで、このデジモンのDP以下の相手のデジモン1体を消滅させる。】
「ジエスモンX抗体を進化元に送り、相手デジモン──ヘヴィーメタルドラモンACEを破壊する!」
「えぐ! オーバーフロー!?」
ユウキの手のメモリーゲージが強い熱を持ち、ぱりん、と不吉な破裂音がする。大きく相手方に傾いたメモリーゲージを、彼女は苦々しげに見つめた。
すべての処理が終わり、ヘヴィーメタルドラモンのアタックでガンクゥモンX抗体は破壊、≪貫通≫効果でジエスモン側のセキュリティはすべて破られる。破壊される直前まで、聖騎士はやるべきことをやり切ったかのように、己の弟子を見つめていた。
「さあ、次は俺のターンだ」
ジエスモンが落ち着き払った口調で、ユウキに語り掛けてくる。
彼女の手札はたった1枚。たった1枚でひっくり返すには、ジエスモンGXACEのオーラはあまりに大きかった。
「言っておくが、これから始まる俺のターンで、キミのデジモンはすべて破壊される。逆転の余地はない。だから──」
ジエスモンはあくまで落ち着いた口調で、試すように言葉を綴る。
「降参するなら今だ。キミも、パートナーのキミも。降参して、ここに踏み入った非礼を詫びれば、特別に生かしてやってもいい」
「っ……!」
「簡単だ。認めるだけだ。俺たちデジモンが自分たちだけで培った絆に、自分たちは敗北したと、相手からもらった切り札を使っても歯が立たなかったと認めるんだ。ニンゲンなどいなくとも、デジモンの可能性は開けていくと、ただ認めればいい」
ジエスモンは非情に告げる。
「別世界でぬくぬくと暮らすニンゲンが、俺たちと友達になりたいなど、傲慢だったと謝って、尻尾を巻いて逃げればいい」
「それは……」
「ユウキ!」
ヘヴィーメタルドラモンが声を張り上げる。
「あんな言葉に耳を貸すな!」
「でも……」
デジモンは他の世界からやって来てしまった生き物なのだという。クールボーイたちはそんなデジモンを助けるために戦っているのだという。
人間は別の世界から手を差し伸べる立場だ。いつだってログアウトすれば、自分だけこのラクーナから逃げられる。そんな人間が「すべてのデジモンと友達になる」とか、そもそもおこがましかったのかもしれない。確かに相手の強さは本物だった。彼らが人間なしでデジモンを救えるというのなら、任せたっていいのかも。
そんなことを、考える。でも──。
「そうだ。あの優等生バカヤローの強さは本物だ。でも、お前の強さだって本物だろ。ユウキ!」
「ヘヴィーメタルドラモン……」
「人間がデジモンの友達になりたいだなんてゴーマンかって? そうかもな。でもさ。お前はそうじゃなかったろ、ユウキ」
インプモンは思い出す。初めに自分に手を差し伸べてくれた時も、他のデバッガーたちに果敢に話しかけに行った時も、彼女の目に違いは少しもなかった。
「お前は人間もデジモンも関係なく、みんなと友達になりたい、それだけだ。そうだろ!?」
「うん、そうだね……そうだ」
「だったら証明しろよ、ユウキ。デジモンとデジモンの絆も、デジモンと人間の絆も、少しも変わらないって証明してやれ!」
相棒の叫びに、聖域が揺れる。それはこの静かな空間に似合わない。ガシャガシャとしたヘヴィ・メタル。ああ、そうだ。でも、そういう素直じゃないところが──。
「ありがとう、ヘヴィーメタルドラモン。あたしに任せて」
──この相棒は、最高にカッコいいんだった。
「今は謝んないよ! 謝るのは全部終わって、あたしたちの言い分を分かってもらってから!」
ユウキの答えに、ジエスモンが少しだけ微笑んだ気がした。
「そうか、なら、この攻撃を耐えてみろ。その1枚にこもった。オマエたちの可能性を見せてみろ!」
ジエスモンGXACEがオロチモンにアタックする。【アタック時】効果でトラッシュのガンクゥモンX抗体を進化元に置き、ヘヴィーメタルドラモンを破壊する。
──負けると分かっていて突っ込んだな? バカ弟子。
刹那、ジエスモンGXACEの耳元で、誰かの声が聞こえた。
「そうかもしれません。でもいいんです」
──人間を嫌っていただろう。なのになぜ?
「ジエスモンという種に刻まれた歴史のせいかな。世界をひっくり返すくらい傲慢な奴を見ると、信じてみたくなるんです、今度はもしかしたら、って」
小さくそうつぶやきながら、ジエスモンGXACEはもう一つの【アタック時】効果を発動する。自身をアクティブにし、進化元のロイヤルナイツ2枚ごとに、ユウキのセキュリティを1枚破棄する。
「そこだ! カウンタータイミング!」
ユウキの、たった一枚の手札が輝く。
「オロチモンをヘヴィーメタルドラモンACEに≪ブラスト進化≫!」
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「持っていたか、見事だ。しかし、DPはこちらが上、このままでは破壊されるのみだぞ」
「ばーか! ンなこと分かってるって!」
ヘヴィーメタルドラモンがジエスモンGXの問いに応える。
「お前みてーな優等生相手に、誰が真正面から戦うかっての!」
ヘヴィーメタルドラモンACEが【進化時】効果で呼び出すのはパンクモンだ。
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「パンクモンの【登場時効果】で、自身に≪ブロッカー≫≪道連れ≫を付与! ブロック!」
パンクモンの消滅と同時に、ジエスモンGXが地面に倒れ伏す。1枚もなくなった手札の代わりに、ユウキはこぶしを突き上げる。
「絶対に勝つ、あたしと、インプモンが!」
竜の雄たけびが、ユウキの髪を揺らした。
「じゃあ、あなたたちは、ここでも、デジタルワールドでもない“別のゲーム”から来た?」
ハックモンが語った話は、ユウキには信じられない内容だった。
ハックモンはもともと、デジモンリベレイターとは別のゲームの世界にいたという。そこにも時折人間が訪れることがあり、そのリーダーを務めていたのも“クールボーイ”を名乗る男だったという。
クールボーイはそのゲームを、デジタルワールドから迷い込んでしまったデジモンを保護するために己が作ったのだと言った。彼の人柄に惹かれ、ハックモンたちは人間たちを信頼するようになっていった。
しかしデジモンたちをもとの世界に返す計画は難航し、クールボーイがその世界を訪れる時間も少しずつ減っていった。そんな折のことだった。
「俺たちのいた世界には、獣のデジモンがいたんだ。デジタルワールドの記録でも見たことのない種だったが、穏やかなで、みんなそのデジモンのことが好きだった」
しかしある時、謎の集団によって、そのデジモンが襲われたのだという。
「そいつらは、同じように見たことのない機械のデジモンに率いられていた。俺は獣のデジモンを守るために戦って、撃退したんだ」
「勝ったんだ。絶対に負ける流れじゃん」
「これでも聖騎士だからな。ただ、戦いが激しかったものだから、俺の“アウスジェネリクス”が暴走して、俺も別の世界に飛ばされてしまった」
そうしてやってきたのがラクーナだ。信じていたクールボーイが、別の場所に、より大きな、自分たちがいる世界と同じ理念のゲームを作っていたことは彼には驚きだった。
「きっとその場で中央府に行って、彼を問い詰めるべきだったんだ。理由だっていくらでも考えられる。より多くのデジモンを保護する必要が生じたのかもしれないし、いずれは俺たちもラクーナに移動させる計画だったのかもしれない」
しかし、彼は最悪の可能性を排除できなかった。
「クールボーイが新しいゲームを軌道にのせ、用済みになったそっちの世界を滅ぼそうと敵を差し向けた、って可能性かよ?」
「ああ。だからこの場所──バグでできたパケットのような場所で、偶然デジモンも過ごせる環境になっていた場所を使って、俺なりにデジモンを保護することにした」
「なるほど……」
「キミたちから見て、どうだ。クールボーイはそういうことをするやつか?」
「いや、まったくそうは見えません!」
「……そうか」
ハックモンは少し安心したように息をつき、改めて頭を下げる。
「すまなかった。俺のいら立ちを君たちにぶつけるような形になってしまった。相互理解を怠っていたのは俺なのに」
「まあまあ、これくらい大ジョーブだって!」
ほんとだぜ、ドゲザしろドゲザ、とぶつぶつ呟くインプモンの口をふさいで、ユウキは笑う。
「負けたんだ。今後の扱いはキミに任せる。俺はどうなっても構わないが、ここのデジモンたちはラクーナで俺が保護した子たちだ。悪いようにはしないでやってくれ」
「扱いって?」
「俺のことを報告するんじゃないのか?」
「うーん」
ユウキは少し考えて、それからあっけらかんと言った。
「しない!」
ハックモンは呆気にとられたように口を開ける。
「え……な……それは」
「そりゃ報告するのが仕事なんだけど、やーめた、って思ったの。それだけ!」
「ユウキはこういうヤツなんだよ、諦めろ」
「もしクールボーイを、人間を本当に信じる気になったら、そん時はお前ら自身で来い」
「……感謝する」
深々と頭を下げるハックモンに、ユウキはにこりと笑う。
「あ、でも、時々はここに遊びに来てもいい?」
「それは……もちろん」
彼女の笑顔につられるように、ハックモンも笑った。
と、切り株に座るユウキの背にもたれかかるようにして腰かけたインプモンが、頬杖をついて呟く。
「……すべてのデジモンと友達に、マジでなっちゃうかもな」
「え? なんか言った? インプモン」
「なにも言ってねーよ」
「えー、そう?」
素直じゃないヤツめ、とユウキは笑い、桜の花びらを掌で受け止めた。
その、瞬間だった。ユウキのD-STORAGEが鳴り響く。
告げられるのはデバッグチームの緊急招集。ラクーナを襲うインペリアルドラモンたちによる、デジモンリベレイター最大の危機。
「ユウキ、これ」
「うん、行こう。えっと、ハックモン」
「問題ない。ここは安全な”聖域”だ。危険な状態の野生デジモンたちも保護する。だから──行ってこい、世界を救え」
その言葉に、ユウキとインプモンは顔を見合わせ、強くうなずいた。
To Be Continued.