DIGIMON LIBERATOR

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novel

DEBUG.10

 ──クロスコネクティア。

 デジモンたちが住む世界を、相棒のデジモンと共に冒険するMMORPGだ。一つの島程度のそう広くない世界だが、エリアごとの環境は密林、砂漠、雪山などさまざまで、住むデジモンたちも野生のままにのびのびと暮らしている。

 そんな多彩な環境の中で、プレイヤーの初期リスポーン地点に選ばれたのは、草原エリアにある崖の近くだった。オープンワールドの全景を見渡せる場所で、足を踏み出してすぐ、冒険への期待感に胸を躍らせられるようになっている。

 しかしクロスコネクティアがリリースされずに終わった今、その景色をみて歓声を上げるプレイヤーは、本来いないはずだった──のだが。

「うおおおお! きたぜ、クロスコネクティア!」

 その場所にユウキとインプモンが訪れる半日前──現実世界の時間では30分前程度なのだが──風のささめきだけが流れるはずのその場所に、リュウタロー・ウィリアムズの野太い叫び声が響いた。

「やかましい」

「うおっ!」

 彼のパートナーのティラノモンが、そう言って尻尾を振る、太い尻尾で膝を小突かれ、リュウタローは呆気なくバランスを崩し、草原に倒れこんだ。

DIGIMON LIBERATOR SIDE STORY
DEBUG.10 襲撃

「あのなあリュウ、大声を出したからといって、クールボーイが出てくるわけではないぞ」

「いやいやティラノモン、この光景見てテンション上げるなは無理あるだろ! 雪山に砂漠にジャングル! ファイル島でキノコを採りまくった日々を思い出すぜ。あの時も俺の隣にはティラノモンがいてだな~!」

「やれやれ、思い出話に浸っている場合ではないというのに」

 呆れたようにそう呟くティラノモンの背後で、ユキダルモンがパートナーの輝月涼音の顔を覗き込む。

「スズネー。ヤオちゃんと連絡とれたー?」

「ええ。この世界と現実との時間の流れの差について説明してくれたわ。できれば行く前にお願いしたかったのだけど」

「しかたないよー。緊急事態だったし、ヤオちゃん色々やんないといけないことだらけみたいだったしねー」

「ええ、分かっているわ」

「もー、スズネ、肩の力抜きなよー。大丈夫だってー」

そう肩を叩くユキダルモンに、涼音は困ったように微笑み、それから呟く。

「それにしても、現実での一時間が、ここでは一日くらい……ちょっとどういうものか、想像もしづらいわね」

「救出任務のタイムリミットは四、五時間ってところだっただろ? こっち換算だと、四、五日。これくらいの広さの世界なら、デジモンたちの力を借りればあっという間に回れますよ!」

 顎に手を当てて呟く涼音を振り返り、リュウタローは能天気に言う。

「頼もしいわね、リュウタローくん。でも夜はしっかり休息をとるようにって、ヤオちゃん言っていたわ。感じ方はゆっくりでも、現実で流れる時間は変わらない。私たちの脳は数時間で数日分の情報を処理することになる」

「たしかに、それは休まないと疲れちゃうね」

「そう、だから、こうして拠点を作っているんだ」

 ユキダルモンの言葉を継ぐように、眼鏡の少年──サイキヨが話に混ざってくる。彼の背後で小刻みな羽音を響かせているのはパートナーのファンビーモンだ。今は成熟期のフォージビーモンへと進化しており、周囲の木々や石を腕のグルーガンを用いて接着し、かりそめの拠点を作っている。

「キヨちゃん! これでいいかな?」

「うん。数日間の滞在だし、このくらいで大丈夫。ありがとう、フォージビーモン」

「おー、流石だねー。あっという間に寝床ができちゃった」

「えへへ。ラクーナじゃあんまりこういう使い方せんけど、巣作りが私の一番の得意分野やけんね!」

 退化して得意げな笑みを浮かべるファンビーモンに、サイキヨも少しだけ微笑んで、それから表情を引き締めた。

「ひとまずはここを拠点に、クールボーイさんと、ゼニスさんのデータを探すことになる。リュウタローさんも言っていた通り、この世界はそう広くないけど……なにがあるか分からないし、全員でまとまって行動していたら調べきることはできないと思う」

 サイキヨの言葉に、ティラノモンも頷く。

「うむ、手分けして探す必要があるだろうな」

「そうはいっても、なにか手掛かりがないことには、だろ? クールボーイさんがこの世界に来てるっていうのなら、俺たちが来ることも予測して、なにか手を打ってそうなもんだが」

「ええ、慧眼です。ウィリアムズ様」

 腕を組むリュウタローの背後で、青一色のスーツに身を包んだ人型人工知能──アルテアが声をあげた。相棒のエスピモンは今はオブリビモンに進化し、空中での高い機動力を生かして周囲の偵察を行っている。

「私も、ここに来てすぐ、クールボーイ様とゼニス様のサーチを行いました。ですが、未知の世界で、いかん・・・せん探知の精度がいかん・・・ものでして、ここからの探索ではクールボーイ様たちのデータや、その痕跡らしきものは確認できませんでした」

「マジかよ。望み薄ってことか?」

「いえ。これはかえって手掛かりかと。探知に引っかからないということは──」

「簡単には見つからないところにこそ、クールボーイさんたちはいる、ってことだね」

「サイキヨ様の言う通りです。もとよりこういう事態のために我々はここに来ている。皆さんは、ヤオ様が悩みに悩んで選んだチームです」

 自分という人工知能の生みの親だからこそ、アルテアはヤオの思考が想像できる。本当なら彼女も、敬愛するクールボーイのことを自ら助けに行きたかったはずだ。しかし自分には残されたデバッグチームをまとめ上げる役目がある。自分の代わりに救出任務を託すメンバーの選出には、細心の注意を払ったはずだ。

「──ですから大丈夫。みなさまならきっとやり遂げます」

 だからアルテアは、あえて覚えたての曖昧な言葉を使ってみんなを鼓舞することを選んだ。その言葉に、サイキヨたちも力強くうなずく。

「とはいえ、行動開始はユウキが来てからだな!」

「うん、ユウキだけだと、すぐに迷子だろうし」

「2人ともちょっとひどいわよ。……インプモンが現地のデジモンとトラブルを起こすとか、ありそうだけれど」

 ユウキとインプモンが聞いていたら顔を真っ赤にして怒りそうだなと思いながら、アルテアは3人の会話に耳を傾ける。

そのとき、彼らの会話を遮るようにして、遠くから鋭い叫び声のようなものが響いた。アルテアの人工知能はそれが相棒の声だと素早く感知し、ボリュームを最大限に上げて、自身の口から再生した。

「──みなさん、逃げてくださいッス!」

 その言葉を聞くか聞かないかの内にリュウタローは大きく目を見開くと、その大きな体を動かし、涼音とサイキヨに覆いかぶさるようにしてかばう。

 クロスコネクティアのバトルは、デジモンリベレイターのようなカードバトルではない。デジモン同士の直接戦闘。リアルを追求したその戦闘では、遠距離からの不意打ちで幕を開けることも起こりうる。

「ユニークエンブレム起動だ、ティラノモン!」

 そう彼が叫んだ瞬間、空から大きな火が降ってくる。それは斬撃のような弧を描いていて、リュウタローたちのいた場所に着弾し、すさまじい爆炎を噴き上げる。

 その時、もうもうと立ち上る煙の中で一体の恐竜が立ち上がると、その爪の一振りで炎を振り払った。歴戦の傷を体に刻んだ恐竜──マスターティラノモンは、注意深く斬撃の飛んできたほうを見ながら、後ろのパートナーたちに声をかけた。

「平気か、リュウ」

「ああ。みんな大丈夫だ。それよりまだ来るぞ!」

「見えているさ──マスターファイアー!」

 飛んでくる2撃目の斬撃に向けて、マスターティラノモンが口から高熱の炎を放つ。二つの炎は空中でぶつかると爆発し、空を真っ赤に染め上げた。

「ファンビーモン!」

「まかせて!」

「ユキダルモン、行くわよ」

「熱いの、苦手なんだけどなー」

 サイキヨと涼音もそれぞれD-STORAGEを操作し、パートナーを完全体──ヴェスパモンとポーラーベアモンに進化させる。

「ほう、ニンゲンに飼われたデジモン風情が、中々にやるようだな」

 爆発による噴煙が晴れたとき、そこに立っていたのは、銀の鎧と紫のマントに身を包んだ人型のデジモンだった。炎をまとわせた剣を携えたその姿は、まるでファンタジー小説に登場する魔法使い──否、魔法戦士と呼ぶにふさわしい姿だ。

「ミスティモン……」

かつてカードで見たことがあったのか、種族名を呟いたサイキヨを、魔法戦士──ミスティモンは睨みつけた。

「私の名も承知しているようだ。侵略の準備は整っている、というわけか。しかしお前たちがここからこの世界にやってくることはこちらもすでに把握している。お前たちはここで終わりだ」

「侵略? おい、そいつは誤解だ。俺たちは──」

「動くな! 薄汚い“カード持ち”の人間が。そのデヴァイスを使ってこの世界のデジモンたちを蹂躙しに来たのだろう」

 一歩踏み出そうとするリュウタローのD-STORAGEに剣の切っ先を向け、ミスティモンが叫ぶ。再び攻撃の構えを取るマスターティラノモンに目を向け、ミスティモンは薄ら笑いを浮かべた。

「やめておいたほうがいい。歴戦の勇士よ。一歩でも動いたら、仲間の命はないぞ」

「なに……」

「あのー。申し訳ないのですが」

 その場面にそぐわない、どこか間の抜けた声の方に、一同は目を向ける。そこには青色のヒーロー然とした姿の人工知能が、数体の成熟期と完全体デジモンに武器を向けられ、両手を挙げていた。サイキヨが声を上げる。

「アルテア……!」

「私、まんまと人質に取られたみたいです」

「ミスティモン様、こいつ、ニンゲンじゃないみたいですぜ」

 アルテアに武器を向けている完全体デジモンの一体──ベツモンが、アルテアの体に鼻を近づけると、怪訝そうな顔を浮かべた。その言葉に、ミスティモンも首をかしげる。

「なに? いまデジモンたちを襲っているやつらと同じか」

「うーん、それより幾分高度なような気が……。デジモン寄りの存在な気がします」

「ふむ」

 ミスティモンは少し考えこむように沈黙すると、やがて唇をつり上げた。

「よし、計画変更だ。そいつは面白い。連れて帰るとしよう」

「おい、なにを勝手に……!」

「待って、リュウタローくん」

 D-STORAGEに手をかけるリュウタローを、涼音が落ち着いた声色で制止する。

「なんでだ涼音さん! 人質が取られていても、マスターティラノモンたちにはまだ究極体があるんだぜ? あのベツモンが動くより早く、アルテアを助けられるはずだ!」

「ええ。できるでしょう。でも、手加減はできるかしら? 勢いあまって、ベツモンやミスティモンをデリートしてしまったら?」

「……」

「私たちは本当に侵略者になってしまう。彼らとの和解の道はなくなるわ。いずれこの世界のデジモンたちも助けるのが、デバッグチームの目標でしょう?」

「でも!」

「大丈夫です、リュウタロー様」

 納得がいかない様子のリュウタローに、アルテアが声をかける。

「私は私のやるべきことをします。リュウタロー様は、任務を遂行してください」

 まっすぐにそう言われ、リュウタローはぐっとこぶしを握り締め、ゆっくりと頷く。彼らの会話をつまらなそうに見ていたミスティモンは、やがて号令をかけるように剣を振り上げた。

「別れは済んだか? それなら我々は引き上げるぞ、ベツモン、そいつを連れていけ!」

「へーい」

「ああ、それと──」

 立ち去り際、ミスティモンはちらりとサイキヨたちを振り返る。

「命拾いしたなどと思うな。われら『守護者』の軍勢が四方を取り囲んでいる。お前たちはもう終わりだ」

「守護者……?」

「お前たちが知る必要はない、この世界に、ニンゲンどもの居場所などないのだから」

 そして彼はもう一度剣を振り上げ、高らかに叫んだ。

「──ダルフォモン様の名のもとに!」

「ちくしょう! どうなってんだ!」

 悔しそうに地面をたたくリュウタローの横で、サイキヨも焦ったように眼鏡を抑える。

「分からないことだらけだけど、まずはこの状況をどう切り抜けるかだよ」

「それなら、もうほとんど選択肢はないわね」

 2人の横で涼音はそう言うと、D-STORAGEから取り出したテキストデータを空中に浮かべた。ポーラーベアモンが首をかしげる。

「スズネ、なにしてんのさ」

「ユウキちゃんにメッセージを残したのよ。ここで起こったことと、これから私たちがとる行動について」

 そういうと、涼音は一同の注目を集めるように、ぱん、と手を叩いた。

「さあみんな、いきなり予想外の展開だけど、これくらいの予想外は想定の内よ。私たちのやるべきことは、さっき話した時からなにも変わらない。サイキヨくん、分かるかしら?」

「……手分けして、クールボーイさんたちの手掛かりを探す」

「そのとおり。ユウキちゃんを待ってはいられなくなったけど、こうなったら、計画通り調査をするしかないでしょう。そして並行してあの『守護者』とかいう集団について調べて、アルテアくんを助ける。やることは多いだけで、結構シンプルよ」

「別々にこの場から逃げるのー?」

 ポーラーベアモンが首をかしげる。

「ユウキちゃんたちは大丈夫かなー? ここが初期スポーン地点だって、あいつらにバレてるみたいだし……」

「いや、だからこそだ」

 落ち着きを取り戻したのか、立ち上がったリュウタローが、ポーラーベアモンの言葉を遮る。

「ここは相手にバレてて、放置するとユウキの身に危険が及ぶ。でも、俺たちが3方向ばらばらに、ド派手に逃げ出したら?」

「ふむ、スタート地点から連中の目をそらせる、か。そうでなくとも、ここはかなり手薄になるだろうな」

「そしたら決まり、やね! キヨちゃん!」

「ああ、行こう、ヴェスパモン」

 サイキヨとヴェスパモンに呼応するように、一同も覚悟を決めたのか、頷き合う。

「再集合は、クールボーイさんたちの手掛かりをつかんだ時に、彼らがいる場所でね」

「ああ!」

 そして3人はくるりと別々の方向に振り返ると、パートナーの腕に抱えられて、無数のデジモンたちの気配に向けて、走り出した。

「(オブリビモン、聞こえていますか、オブリビモン。今、AIならではの遠隔通信機能を使い、君の電子頭脳内に直接話しかけています)」

 緊急事態に慌てて全力で飛行していたオブリビモンの脳内で、アルテアの声が響いた。

「マ、マスター、大丈夫ッスか!? デジモンたちに連れ去られて……今、助けるッス!」

「(いいえ、その必要はありません。私はこのままこのデジモンたちの根城にもぐりこみ、調査を続けます)」

「そ、そんな! それじゃワタクシは……」

「(あなたにはあなたの役目があります。今、ユニークエンブレムを起動します)」

 その声が聞こえると同時に、オブリビモンの姿が光に包まれ、青い装甲に身を包んだ鉄人──インビジモンに姿を変える。

「進化? なんで……あ!」

 インビジモンの困惑した声に、すぐに確信の色が混ざる。

「(ええ、インビジモン、あなたには私とは別に、『守護者』を名乗るデジモンたちの根城に潜りこんでもらいます。あなたの潜入性能、期待していますよ)」

「……ッス! 任せてくださいッス!」

 その言葉と同時に、光学迷彩が起動し、メタリックブルーの巨体が、空の青に紛れ込むようにかき消えていく。インビジモンはそのまま高度を上げ、気づかれないように細心の注意を払いながら、ミスティモンたちの追跡を再開した。

To Be Continued.

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