DIGIMON LIBERATOR

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DEBUG.11-2

 デジモンリベレイターの最大の魅力。やはりそれはリアルなVR空間で臨場感たっぷりに戦うデジモンたちにある。

 バトルエリアに現れるデジモンたちは、ほとんどが設定に忠実な大きさだ。いや、“設定に忠実”という言葉は正確ではない。実際に存在する電子生命体の大きさを測定し、それをデジタルモンスターというコンテンツにおける設定へと反映させているのだから、そもそも間違えるはずもないのだ。

 しかし、中にはあまりの大きさゆえに、忠実にバトルエリアに再現することが難しいデジモンもいる。バルブモンやギガシードラモンのように艦船や要塞を模したもの、エルドラディモンやキングホエーモンのように都市や大地を戴くもの、エグザモンやリヴァイアモンのように、 それそのものが圧倒的な質量をもつもの。

 そのようなデジモンを忠実な大きさで動かしては、リベレイターのサーバーはおろか、ラクーナの環境にも影響を与える恐れがある。そのため、ゲーム内においてはスケールを縮小したり、体の一部のみを登場させるような形で処理していた。

 今目の前にいるのもそんなデジモンの一体だった。その途方もない大きさをスケールダウンさせる形で目の前に顕現した“それ”を、NPCの目を通してオメカモンは見つめる。

 ──37メートルだ。バトルエリアの限界ギリギリだけど、いけるはずだよ。

 体中に兵器をまとうその巨体をどのようにバトルエリアに出現させるか、最後まで頭を悩ませていた開発チームに、クールボーイがそう助言したのを覚えている。

 具体的な数字に首をかしげるメンバーに、彼は茶目っ気が滲む笑みを浮かべ、こういったのだ。

 ──スペースシャトルの全長だよ。宇宙を居場所とするその子にはぴったりのはずだ。

『……ずいぶんかわいらしい言い方をしていましたが、コレは』

 オメカモンはバトルエリアにそびえたつ巨体を見つめ、呟く。それは人の創造しうるあらゆる兵器を取り込んだがゆえに、人が想像できるあらゆる破壊の権化となったモノ。衛星軌道上を飛ぶ破滅の星──ラグナモン。

『クールボーイに言っておかなくてはいけませんね。いささか大きすぎる、と』

「そうかい? ボクは気に入っているけどナ」

 オメカモンの言葉に、ゼニスは人のいいほほえみを浮かべて言った。

「さあ、こっちを見るんだオメカモン! ラグナモンのボディはそりゃあほれぼれするが、これから始まるのは未来のチャンピオンのターンだぜ。まばたき厳禁、ってやつサ」

 芝居がかった調子で手を広げるゼニスに、オメカモンは、盤面に目を向ける。

 NPCが操るのは、イグドラシル7D6を軸としたロイヤルナイツデッキだ。育成エリアのイグドラシルには、進化元としてイグドラシルが3枚、ロイヤルナイツのカード3枚、そしてオメカモンが入れられている。

 バトルエリアに立つのはデュークモン。その除去とセットになったリカバリー効果によってセキュリティは6枚。オプションカード「粛清のロイヤルナイツ」と「最後の守護者」も起動の時を待っている。

 一方のゼニスはこれまでのターンを、除去によるコントロールとラグナモンの育成に費やしてきた。

 核となるベムモンをデッキに大量に入れ、それをスナッチモンなどの効果で進化元にため込みながら、デストロモンの強力な退化能力などにつなげるのが基本戦略だ。

『あなたのセキュリティは残り2枚ですよ、ゼニス。こちらは次のターンが来れば、盤石の布陣であなたを倒すことができる』

 オメカモンの言葉に、ゼニスはきょとんとした顔をして、それから声を上げて笑う。

「ヤダなあオメカモン! もしかして盛り上げてくれようとしてるのカイ?」

『ええ。盛り上がりましたか? ここからNPCが勝つ見込みは、ゼロとは言いませんが、相手があなたである以上ほぼないと言っていいでしょう。俗にいう“負け盤面”というヤツです』

 ひとしきり笑い声を立てた後、ゼニスは肩をすくめる。

「結構ウケたよ。でも……全力で足掻いてくれた方がもっとイイかな」

『しかたがないですね』

 その声が響くとともに、NPCの目にノイズが走る。自律行動からオメカモンによる手動操作に切り替わったのだ。クールボーイの時と同じくつれない反応を返されるばかりだと思っていたゼニスは意外そうに眉を上げる。

「マジ? やってくれるのかい?」

『ええ。クールボーイの思考をシミュレートする試みは失敗でした。NPCのレベルは彼の足元にも及ばない。ゼニス、あなたの満足にも程遠いはずです』

「キミならもっとやれると?」

『あなたには及びませんよ、“天災ナッシングビハインド”。ですが、やれることはある。既に敗色は濃厚ですが──』

 オメカモンの無機質な声がホールに響き渡る。そこに先ほどのような芝居はない。オメカモンはNPCが追い込まれた負け盤面に、確かに逆転の目を見ている。

『──もしうっかりワタシにターンを返そうものなら、本当に勝ちますよ』

 その言葉に、ゼニスの唇がわずかに吊り上がる。満足には程遠い。自分が求めるヒリヒリ、ギラギラしたものはない。それでも。

「分かるな、ラグナモン。アレは今、ボクたちの狩るべきエモノになった」

 頭上からラグナモンの咆哮が響く。強者と弱者とを分ける尺度を同じくしている、そのたった一点において、彼らはたしかに相棒だった。

「ならいい。オーダーはいつも通り──食事に時間をかけるナ」

 メモリーがゼニスの側に傾いた。

DIGIMON LIBERATOR SIDE STORY
DEBUG.11-2 RODS FROM GOD

「メインフェイズ開始時、ラグナモンの効果でデュークモンを消滅させるヨ」

 ゼニスのラストターンは、淡々とした効果詠唱からはじまった。

 その冷たい刃物のような声色がキーだったかのように、ラグナモンの頭部から「スペイザー」が放たれる。ほとんど予備動作はなく、淡々と放たれる光線に、騎士の反応は遅れた。

 とっさに聖盾イージスでレーザーを防ぐが、それが命取り。騎士を狩ろうと射出された巨大な右腕「シャトルシザーズ」がクロンデジゾイドの鎧を切り裂く。

 淡々とした、作業のような破壊。ゼニスの方も、その戦況に見入ったり、何か感想を述べたりすることもなく、次の行動に移っていた。

「次はテイマーカードだ。我ながら、中々キマってるよナ」

BT18-092

「ボクのカード、何度か人に渡したこともあるケド、一か月後にはきっとプレミアがついてるゼ」

『ゼニス様の人気は現在でもかなりのものです。既にプレミアはついていると推測しますが』

「口がうまいネ。でも、手加減はしないよ。いけ、ラグナモン!」

 ゼニスが指を鳴らすと同時に、ラグナモンが動き出す。全身が兵器でできている ラグナモンの戦いに、大仰な動作は不要だ。ただ、その時敵を倒すのに最も効率的な場所にある兵器を起動させればいいのだから。

 しかし、そんなラグナモンが動く瞬間がある。その鋼鉄の体を焦がす熱とともに、倒すべき相手を確かに捉える瞬間が。

 ラグナモンの胸部にエネルギーが集まっていく。赤く燃えていたその炎は、やがて白熱する巨大な光線となる。

「──『ラグナロクキャノン』、FIRE!」

BT21-098

 ラグナモンの攻撃と同時に、 バトルエリアに準備されていたオプションカードが起動する。 普段は除去効果だが、オメカモンのバトルエリアにデジモンがいない今、それが貫くのはオメカモンのセキュリティだ。

 視界を覆いつくす白熱した光線衛星軌道から下される、人の造りし神の鉄槌。並ぶ6枚のセキュリティが、たった1枚を残して焼き尽くされていく。その圧倒的なエネルギー量に、NPCのカメラを通した映像にノイズが走り、オメカモンも思わず身じろぎをした。

「1枚残したことを、慈悲だなんておもうなヨ。狩人はエモノを狩る前にその目を見るものだ。今、ラグナモンは宙からキミの目を捉えた。もう、逃げられないゼ」

 勝ち誇った表情を浮かべるゼニスの言葉に返事はない。その香りだろうか、オメカモンの操作するNPCの手がぴくりと動いた。

 その咄嗟の動作に、興奮を抑えきれないようにゼニスの口角が上がる。今の動きはただのNPCではありえない。圧倒的な質量、圧倒的な破壊、五感すべてに降りかかるラグナモンのプレッシャーを前に、オメカモンが考えるよりも先に選んだプレイ。強者のみに許された、刹那の一手。

 それこそが、ゼニスが戦いの中に求めてやまないモノだった。

「そうだ、それだ。見せてみロ……!」

『ええ。手負いの獣に逆襲される覚悟はできていますね。“超新星ルーキー”』

 その言葉とともに、オメカモンの育成エリアでイグドラシル7D6が輝く。白銀のホストコンピュータが導き出したオーダー。目の前の敵を最大の脅威と認識し、最後の騎士の出撃をもって、これを迎え撃つ。

『セキュリティが減ったことにより、ワタシ──オメカモンの【進化元効果】を発動。自らをイグドラシルの進化元からバトルエリアに登場させます』

 バトルエリアに現れたオメカモンは、すぐさま青白い光に包まれた。

『そしてワタシの効果、セキュリティが1枚以下であれば、手札の『オメガモンX抗体』へと進化できる。“進化条件を無視して”……いい響きです』

 青白い光を切り裂いてそこに立つのは、純白の聖騎士。竜の剣と獣の砲。“マルチタイプ”と呼ばれるのは、如何なる相手も葬り去る万能にして最後の騎士であるがゆえに。

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 その圧倒的な立ち姿に、ゼニスも思わず、ヒュウと口笛を吹く。

「──オメガモンX抗体、美しいネ」

『出ただけでは終わりません。オメガモンX抗体の【進化時】効果。ラグナモンをデッキの下へ送ります』

 目の前に立った絶世の聖騎士を前に危機を感じたのだろう。ラグナモンは自身の持ちうる兵器のほとんどを開放し、オメガモンX抗体を狙う。

 しかし、それは聖騎士にとって、何もないのと同じことだった。一瞬にして先を読み、対応してしまう最強の力──オメガインフォースによってあらゆる攻撃をかわし、切り払い、その刃はやがてラグナモンの胸部に届き──貫いた。

 静寂がバトルエリアを包む異常に最初に気づいたのはオメカモンだった。オメガモンX抗体のグレイソードが熱を持っている。剣に刻まれたデジ文字が輝き、確かに触れたものすべてを消し去る「オールデリート」の力が発動しているにもかかわらず、ラグナモンに動じた様子は無い。

「オールデリート」は確かに発動し、その剣に触れたラグナモンの体を消し去ろうとしていた。しかし、それを超える速度で、ラグナモンが回復している。機械が、コードが、鋼鉄が、意思をもった粘菌のように傷口を包み、塞いでいく。

 静寂を破ったのは、ゼニスによる効果宣言だった。

「ラグナモンの効果。ベムモン4体をデッキ下に戻すことで、場にとどまるヨ。そして──解析は終わったな、ラグナモン」

 ラグナモンの真の脅威は身を包む兵器でも、その巨体でもない。自身に届いた攻撃を学習し、自分のものとする力。そこに悪意はない。意趣返しの意思もない。ただ、ラグナモンは食事をしているだけなのだ。

 ラグナモンに突き刺さったグレイソードを通して、「オールデリート」の力がオメガモンX抗体へと逆流していく。

「ボクのテイマーカードの効果、ベムモン2枚を進化元からデッキに送ることで、相手デジモンを退化させる」

 消失の力に耐えきれなくなったのか、オメガモンX抗体は光に包まれ、再びオメカモンの姿に戻ってしまった。

「……さらにスナッチモンの【進化元】効果。ベムモンがデッキ下に戻ったことで、ラグナモンはアクティブになり、≪ブロッカー≫を得るよ。さあ、セキュリティチェックだ」

 その言葉に呼応するように、ラグナモンが自らの手でラグナロクキャノンで一枚だけ残ったセキュリティをたたき割る。

 セキュリティを確認したオメカモンは無言で首を振り、顔を上げた。そこにはさきほどまでの聖騎士との死闘などなかったかのように、粛々と次の攻撃の構えを取るラグナモンの姿があった。

『さすがです、ゼニス様』

「オメカモン、キミもよく戦った。だから見ておくといい」

 ゼニスはラグナモンに攻撃を命じるため、すっと指を天に掲げる。

「強者の戦いというものを、ネ」

「いやあありがとうオメカモン。存外に楽しい調整になったヨ!」

 勝負を終え、ゼニスはご機嫌な様子で、頭上に声を張り上げる。

『それならなによりです。ただ誤解のなきよう、クールボーイの実力は、この程度のものではありませんので』

「それなら一戦だけでも応じてくれるよう、キミからも彼に頼んでヨ」

『それはできません』

 先ほどはわずかながら声に熱を込めていたオメカモンは、またいつも通りの無機質な口調に戻っていて、ゼニスは思わず肩をすくめる。

「ケチだなァ。ま、それがキミたちのパートナーシップってやつなら、これ以上邪魔はしないヨ」

 もうあの男に対戦相手としての興味はないしネ、と口の中で呟くゼニスのもとに、勝負を終えたベムモンが駆けよってきた。強者との戦いに満足した様子で、ゼニスの言葉を待たずにD-STORAGEの中に戻っていく。

 その様子を見ながら、オメカモンはぽつりと呟いた。

『それが、ゼニス様たちのパートナーシップですか』

「そうだ。ボクはベムモンを使うことで効率よく勝利する。ベムモンはボクに使われることで、他の場所では決して巡り合えない強者と戦うことができる。問題があるかナ?」

 問題ならある、とクールボーイは言うだろう。相互に満足している関係とはいえ、彼のスタンスはデバッグチームの理念とは反するものだ。彼自身に変化を強要することはできないが、あまり他のメンバーの中で大っぴら表明されても困る。

 クールボーイの代わりにそう伝えようとして、しかしオメカモンは言葉を止め──。

『でしたら、ベムモンに失望されないように。今後の活躍にも期待していますよ』

 ──皮肉めいた忠告をするにとどめた。

「当然」

 オメカモンの真意を知ってか知らずか、ゼニスはにやりと笑う。

「キミたちも見ておくといい。デジモンカードゲームの頂点には、必ずこのボクが立って見せるヨ」

 そう、あの男を倒して。ゼニスは口の中で、何度もそう呟いた。

 To Be Continued.

※カードは開発中のものです。実際の商品と異なる場合がございます。

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