
DEBUG.16-2
アタシは強いヤツが好きだった。
だって、ラクーナはとっても退屈だったから。
他のデジモンが恐れるこの世界の毒も、アタシにはなぜか効かない。日差しは温かくて、風は優しい。それだけ。
他のコのように人間と仲良くなって、カードとして戦うなんてことも考えた。そうすれば、もしかしたらこの退屈は無くなるのかも知れない。
でも、やっぱりムリだった。誰かがアタシのテイマーになったとして、そいつが弱くて、そのせいで負けちゃうなんてコトがあったら、それはきっと退屈よりも耐えられないことだから。
「おいキミ! 待つんだ!」
「イヤに決まってるでしょー!」
だから今日も逃げる。私を捕まえようとするデバッグチームとかいうおせっかい集団から。
「弱いくせにアタシを捕まえようなんて100年早いのよっ! もしアタシを捕まえたいなら──」
逃げるときのせりふはいつもそれだった。そうだ、アタシのテイマーになるならあの人しかいない。誰もが憧れとともに口にするその名前。熱さとクールさを兼ね備えた世界最強の男。
「オーウェン・ドレッドノートを連れてきなさいよっ!」
どこまでも空に向けて叫ぶ。そうだ。いつかあの人が迎えに来てくれる。どんな人か知らないけど、きっとクールで隙のない、サイコーにカッコイイ男なのだろう。
最強のテイマーと共に、アタシは退屈な日々から抜け出すんだ。
──そう、思っていたのに。
「なんと言うことでしょう! チャンピオンにして、鮮烈なる赫き竜刃。オーウェン・ドレッドノート、ここに敗れるーっ!」
実況の人間がうるさくわめき立てる。ラクーナ中に中継されたワールドチャンピオンシップの会場では、唯一憧れた人間が、額に汗を浮かべながら、負けを認めるようにうなだれた。新たなチャンピオンの誕生に会場が沸く。
「……ふーん、負けたんだ。アイツ」
誰が聞いているわけでも無いのに。なるべく素っ気なく聞こえるように呟いてみる。これまで最強だった人間がそうじゃなくなって、別の人間が最強になった。アタシは最強に憧れたんだから、今度はそいつに期待すれば良いのだ。それだけのはずなのだが。
「フン……」
なぜだか気分は晴れないまま、アタシはスクリーンに背を向けて歩き出す。風は優しくて、世界は今日も退屈だった。
DIGIMON LIBERATOR SIDE STORY
DEBUG.16-2 リザード・ハート
それから1ヶ月が経ってからのこと、いつも通りのタイクツな風が吹くエメラルドコーストでそいつはアタシの前に現れた。
「アグモン。こいつが……」
「ああ。報告に上がっていた、オブシディアンデザートにいるっていう新種のデジモンだ」
「失礼なこというんじゃないのよっ! アタシにはエリザモンっていう名前があるんだからサっ」
「エリザモン、確かに聞いたことのないデジモンだな。1カ月以上前から目撃情報があるということは、ラクーナの毒への耐性持ちか。ヤオのとこのサンゴモンと同じだな」
そう言うと、男は竜のように鋭い目をアタシに注いでくる。
「エリザモン、俺はオーウェン・ドレッドノートという」
「……知ってる。デジモンカードの世界チャンピオン“だった”ヤツでしょ」
「……」
「こないだの試合、見たわよー。ゼニスだかなんだか知らないけど、あっさりやられちゃってさ。情けないわよねー!」
「おい、お前。口の利き方には気を付けろよ」
オーウェンの前に立つデジモン──アグモンがこちらをにらみつける。
「悔しい? そりゃアンタもいっしょに負けてたもんね!」
「なっ! 貴様……」
「やめろ、アグモン」
「オーウェン、しかし……」
アグモンにむけてそれ以上は何も言わずに首を振ると、彼はアタシに視線を向けた。
「エリザモン。俺の仲間がお前に手を焼いているようだ。デバッグチームから逃げ続けているようだな」
そう問いかけながら、彼はアタシに目線を合わせるように身をかがめる。それが気に入らなかった。モニターの中の彼はいつも強く超然としていて、自分より小さいヤツにわざわざ合わせるようなマネはしないだろうと思っていたのだ。
「デバッグチーム? アンタあいつらのお仲間なワケ?」
「そうだ」
その答えに、きゅっと唇を引き締める。また口を開いて、浮かんでくる憎まれ口をそのまま吐き出していく。
「ウケる。世界チャンピオンじゃ無くなって、今じゃ運営の使いっ走りしてるってわけ? 超ダサいんだけど~!」
「おい、デバッグチームは使い走りなどではない」
「アグモンのオジサンはそう思っとけば~」
「オジサン……!?」
「エリザモン、お前はどうしてデバッグチームを敵視する?」
表情を崩さないままのオーウェンの問いに、アタシはフンと鼻を鳴らした。
「別に敵視なんかしてないわよ。あんなキレイゴトばっか言う奴らにつれてかれるのがイヤなだけ。アタシはラクーナの毒とか関係ないんだから、放っといてくれればそれでいいでしょ」
「そういうわけにもいかない。これも任務なんでな。ついてきてもらおう」
仲間だとか、任務だからだとか、そんなセリフは聞きたくもなかった。オーウェン・ドレッドノートは、孤高の絶対的チャンピオンなのだから。
「ふん、デバッグチームとか、負け犬だらけの、つまんない奴らでしょ」
彼の口からキレイゴト以外の何かを引き出したくて、アタシからしてもちょっと酷すぎると思うような言葉を吐いてみる。
「強さが問題なら安心しろ──」
それでも、目の前の男は表情を崩さない。そして──。
「──チームには、現チャンピオンのゼニスだって所属している」
──アタシが一番聞きたくなかったセリフを吐いた。
「……なにそれ。ダサすぎじゃん! プライドとかないわけー!?」
「そっちの不満を解消しようとしただけだが」
「ゼニス? とかいうチャンピオンもチームにいるっているなら、そいつもダサいんだよ。人間ってどいつもこいつもつまんなくてダサいヤツばっか!」
そう吐き捨てると、アタシはあかんべーをして、くるりと後ろを向いてダッシュで逃げ出す。おい、待てと言ってアグモンが追い掛けてくるが、足の速さでは負けない自身があった。
やがて、人気のない建物の影にたどり着く。アタシの大きな耳にも人の声が聞こえなくなったのを確認してから、ぺたりと地面に寝転がった。
「なんだ、ツマンナイやつだったわねー」
モニター越しに憧れていたオーウェンは、会ってみれば自分たちの都合と言い訳ばっかりのヤツだった。人間ってみんなそうなのかな、きっとそうなんだろう、あんな格好良かったオーウェンでさえそうなんだから、と思う。
「……逃げる前に、サインくらいもらっとくべきだったかしらー」
そんな独り言を言った自分にビックリする。ああ、アタシってアイツのファンだったんだなー、と思った。
ああ、本当に、ツマンナイことばっかりだ。
それから1週間が経って、ラクーナにやって来る人間は日に日に増えていた。
他のデジモンのようにオブジェクトやNPCの中に隠れるなんてアタシはまっぴらごめんだったから、アタシが人目を気にせずのびのびできる場所はだんだん少なくなってきていた。
「おい」
アイツが、オーウェン・ドレッドノートが会いに来たのは、そんなある日のことだった。
「また来たわけ-!? 勘弁してよね。そんなにアタシのコト捕まえたいの!?」
「安心しろ。今日はそういう用じゃない」
その言葉に耳を貸す必要は無いはずだった。オーウェンはもうアタシの憧れの人じゃないわけで、そんなヤツに付き合う時間はない。それでも、すぐにきびすを返して逃げ出さずに足を止めてしまう自分のことがイヤになった。
「じゃあどういう用なのよー」
「エリザモン。お前、前に退屈だと言っていたな」
「だったら何さ」
「なら、ついてこい。ラクーナを回るぞ」
「……はー!?」
アタシの口から勝手に呆れ声が漏れた。
「どういうつもり? だいたい、アタシが普通にラクーナを歩いたら、人間に見つかっちゃうでしょーがっ!」
「そこは大丈夫だ。開発部に頼んでな。一般プレイヤーには他のデジモンに見えるように偽装できるプログラムがある」
「はい……?」
「新種デジモンがラクーナをうろつくときのために作ってたんだそうだ、なんの仕掛けもないから安心しろ」
それ以上語ることはないと言わんばかりに言葉を切るオーウェンにアタシは思わずぶんぶんと首を振る。
「いやいや、意味分かんないわよ! なんでアタシがアンタとラクーナ巡りしなきゃいけないわけー?」
「退屈なんだろう。それなら、いつもと違うことをすればいい。俺ならその手段を提供できるし、他のチームメイトにも手は出させない」
「どういうつもりなのよ……」
「で、どうするんだ。来るのか、来ないのか」
罠かもしれない、と思う。でも、彼の提案はアタシの想像を越えたもので、アタシの想像を超えるモノなんて、この退屈な日々で初めてのことだった。オーウェンがアタシのことをだまして捕らえるようなヤツなら、捕えられようが逃げ出そうが、面白いことなんて何もないだろうという捨て鉢な気持ちもあった。
「……行くわよ」
「そうか」
「ちょっとちょっとちょっと!」
それだけ言って踵を返して歩き出すオーウェンを、アタシは足をばたばたと動かしながら引き留める。
「どうした。行かないのか」
「行くわよ! 行くけど……あのオジサンは?」
「アグモンのことなら、今日はD-STORAGEの中で休んでいる」
「そ、それじゃあ2人きりだってことじゃない!」
「問題があるか?」
「な、ないけど、ないけど!」
「それなら行くぞ。今日はメインストーリーを進める」
「もー! 置いてかないでよ!」
平然と大股で歩き出すオーウェンに、アタシは声をかける。
「ああ、悪い。歩きたくないなら肩にでも乗るか」
「……っ!? 乗らないけどー!」
頬が熱くなるのが分かる。こんなのデートみたいだと言ったら、だとしたら問題があるか? と言われそうで、アタシはまた腹が立った。
オーウェンと共にラクーナを巡るのは、認めるのはひどくシャクだけれど、とても楽しかった。これまでのどんなことよりも。
人間同士の会話を小耳にはさむ限りでは面白いとも思えなかったメインストーリーは、彼と共に自分の視点で見てみると、壮大で、この世界の見方が変わるものだった。
──でも、それ以上に最高だったのはバトル!
立ち会ったのは、オーウェンとデバッグチーム外の知人との気軽なフリーバトルだったが、その場でも彼の鮮烈で隙のない立ち回りは健在だった。
トカゲの子一匹逃さないような鋭い目でエリアを見渡し、どんなに追い込まれた展開からでも、針の穴のような勝ち筋を見抜く。アタシが憧れた赫き竜刃そのものだった。
そうして彼のバトルを堪能し、夕日の浮かぶエメラルドコーストに帰ってきたころには、悔しいけど、アタシは強がりでも「楽しくなかった」なんて言えなかった。
「今日はこれで終わりだ。これからはあまり俺の仲間を困らせてくれるな」
──おまけに、最後までオーウェンは、アタシを保護しようとか、捕まえようとか、そんなそぶりを見せなかった。
「それだけでいいわけ? アタシのこと捕まえなきゃいけないんでしょ」
「そうだが、今日の目的はお前の退屈を晴らすことだ」
「わけわかんないんだけどー、どうしてそれがアンタの目的になるわけよ」
「前の態度で、お前というファンを失望させてしまったようだからな」
「え?」
素っ頓狂な声を上げるアタシに、オーウェンは表情を変えずに肩をすくめる。
「お前のことを古い友人に話したら、そう言われたんだ。ファンサービスに興味はないが、それでも直接傷つけたのなら、取り返さないとな」
「え、え」
顔が熱くなってくるのを感じる。古い友人って誰だよーとか、そんなつもりで一日遊んでたのかよとか、いろいろ言いたいことは浮かんでくるが、そのどれも、あこがれた相手が自分のために一日を割いてくれた喜びには勝てなかった。
感謝の言葉とか、素直じゃない憎まれ口とか、いろんな言葉が心の中に浮かんでは消える。ぐるぐると頭が回って、最後に残ったのは、本当にただの一ファンみたいな、素直な疑問だった。
「アンタは、これからもカードを続けるの?」
「そのつもりだが?」
「また世界最強を目指すってことー? アンタ、優勝したって全然うれしそうじゃないじゃない。優勝してなりたいものとか、したいこととかあるの?」
アタシの問いに、オーウェンは少しだけ目を開き、どこか遠くを見てあら、ゆっくりと口を開いた。
「……待ってる奴がいる」
「はあ?」
「そいつといつか、世界最強の舞台で戦うと約束をした。そのために、俺はこれからもあの場所を目指さないといけない」
「何言ってんの。そいつ、強いわけ?」
「俺には一度も勝ったことがないな。それに、もう約束も忘れてるだろう」
そう言った彼の表情が、今まで見たことのないものだったから、アタシは何か言葉を継がなきゃいけないような気持ちになって、思わず大きな声を出す。
「じゃあなんでそんな──来るかも分からないヤツを、ずっと待つの?」
「ああ」
オーウェンは即答する。夕日が逆光になって、その顔は見えなかった。
瞬間、彼のD-STORAGEがピピ、と音を立てる。彼はメッセージを確認すると、アタシの方を見た。
「悪いが、近くで暴走NPCが出たようだ。俺は行く」
それだけ言うと、彼はすたすたと大股で歩いていく。
「ああいうヤツなんだ」
と、いつの間にD-STORAGEから出ていたのか、アグモンがアタシに話しかけてくる。
「……急に出てきてなによー、オジサン」
「オジサンはやめろ。とにかく、オーウェンはああいうヤツだ。いつもどこか遠くを見ている。それが未来なのか過去なのか、ずっとそばにいる俺にもよく分からん」
「……じゃあ、なんでオジサンは一緒にいるのさー」
「決まっているだろう」
アグモンはにやりと笑った。
「アイツと戦うのが、楽しいからさ」
「……」
「どうだろう。今お前がオーウェンのことを追いかけて、アイツのカードになれば、今すぐ共に戦えるぞ?」
「はー? そんな分かりやすい誘惑……」
引っかかるわけない、と言うことは、もうアタシにはできなかった。
あの赫き竜刃と一緒に戦ってみたい。
彼のそばで、同じ景色を見てみたい。
「でも、アタシがカードになりたいなんて言ったら──」
「オーウェンはアレで優しい。断らんさ」
「──オジサンの居場所、奪っちゃうかもよー!」
「は!? おい、なにを……」
驚いてわめきたてるアグモンを置いて駆け出し、オーウェンに追いつくと、彼の背中を駆け上がる。肩に上ってきたアタシを、オーウェンはさして驚きもしていない表情で見た。
「決めた。アタシ。アンタのカードになる!」
「……」
「オーウェンに限ってナイと思うけど、下手な使い方しないでよね」
「……任せろ」
それだけ言うと、オーウェンはアタシを肩に乗せたまま、歩調を緩めずになおも進んでいく。

「やれやれ、じゃじゃ馬トカゲが──アイツがいれば、オーウェンもまた変わるかもな」
後ろの方でアグモンが頭をかきながら呟くのを、アタシの大きな耳は聞き逃さなかった。
To be continued.