
DEBUG.17-1
「なーユウキ」
「ふふ~ん♪」
「おい、ユウキ、聞けって!」
「わ! インプモン、どしたの?」
「どーしたもこーしたもねーよ! ヒトが話しかけてんのにムシしやがって!」
「あ……ごめーん」
1年と少し前、デジモンリベレイターのβテスト真っ最中のラクーナで、ユウキはヘッドホンを付けて小さく体を揺らしていた。パートナーのインプモンはその様子を不満げに見つめている。
「ンだよ。それ」
「ヘッドフォンだよ。インプモン知らない?」
ゲーム内アイテムのチェックだかられっきとした任務だよ、とユウキは胸を張る。
「バトル中のBGMとかいろいろ聞けるんだけど、やっぱりこのタイアップ曲がいいんだよねー! インプモンもどう?」
「知らねー。耳塞いで何が楽しいンだよ」
「いやいや、けっこーテンションアガるんだよ? ほら、インプモンも聞いてみて!」
「はあ? オレはいいよ別に」
「いいからいいからー! ほら、耳を貸したまえ!」
逃げようとするインプモンをむぎゅっと捕まえ、ユウキは自分が聞いていたロックソングが流れるヘッドフォンを、インプモンに勢いよく被せた。
「おい! なんだよこれウルセーな!」
「いいからいいから、少し聞いてみてよ」
「こんなのオレは……へえ、ちょっとイイじゃん」
じたばたと抵抗していたインプモンは、やがてそう小声でつぶやくと、よく聞き入るようにヘッドフォンを抑える。その首がリズムに合わせて揺れるのを、ユウキは嬉しそうに眺めていた。
やがて一曲聞き終わると、インプモンはヘッドフォンを外して、興奮した様子でユウキに声をかけた。
「めっちゃカッケーじゃん! 」
「インプモンも気に入ってくれた? やっぱりいいよね」
「なんて曲なんだ? なんて奴らが歌ってる?」
「ん? よく知らなーい」
「はあ?」
興味津々で投げかけた問いにあっさりとそう返され、インプモンは呆れた声を上げる。
「聞いてて知らないワケねーだろ! どうなってんだ」
「いや、表示されたのそのまま聞いてただけだしー? なんかエイゴでイミフっていうか」
「お前一応ダイガクセーだろ! ……あーもういい! 自分で調べるから貸せって」
そうしてインプモンは、ユウキからD-STORAGEを奪い取ると、先ほどまで聞いていた曲のサビのフレーズを小さく口ずさみながら、サウンドライブラリを調べ始める。
「ありゃ、思った以上にハマっちゃった……かも?」
見つけたバンド名に夢中になって他の曲を聴き始めるインプモンに、ユウキは驚いたようにつぶやいた。
DIGIMON LIBERATOR SIDE STORY
DEBUG.17-1 狂騒‐前編
「よーし! いっちょ上がりっ!」
クロスコネクティアの一角で、ユウキはヘヴィーメタルドラモンのカードを掲げ、高らかに勝利宣言した。目の前で、3体の暴走NPCが機能を停止しばたばたと倒れていく。
「なんとかなったなー」
「ふっふっふ、3連戦をラクラク制覇! さすがのインプモンも、ユウキちゃんがだんだん強くなっていることを認めざるを得ないんじゃないかなー?」
「……まあな」
「……! い、インプモンが、褒めてくれた―! すべりぐなんですけど!」
「るせ! 別にほめてはねーからな! やめろ! 抱き着こうとするな!」
飛びついてくるユウキに抵抗するインプモン。そんな2人の後ろで、バイクの駆動音と共に、豪快な笑い声が響く。
「がはは! アンタら、強いうえにすげー仲いいんだな」
「そのとーり!」
「よくねー!」
素直なユウキと素直じゃないインプモンの声が重なって響き、そのデジモン──リベリモンはまた笑った。
「とにかく、助かったぜ! あのトゲトゲのヒトガタ、俺たちだけじゃどうにもならなかったからなあ!」
「いえいえーっ! こっちこそリベリモンに会えてよかったー! 1日誰にも会えてなかったからさー!」
ユウキとインプモンが、城之崎観来とハニモンからクロスコネクティアの地理データをもらい、ラクーナに帰る彼女を見送ってから丸1日。地図に書かれたミスティモンたちの本拠地を目指しまっすぐ歩いては見たが、デジモンも手がかりも見つからず、ただただ2人でいつものようなケンカをしながら歩いていたのだ。
その最中で見つけたのが、数体の暴走NPCに追いかけられるリベリモンの姿だった。NPCたちと付かず離れずの距離を保ちながらぐるぐると逃げ回っていて、その様子を見かねたユウキがカードバトルでNPCを倒したのだった。
「それにしてもよく分かんねーな」
インプモンがつぶやく。
「お前、さっきの感じだと走れば逃げられたろ。なんでずっと同じとこぐるぐる追いかけっこしてたんだ?」
「あ、それ私も気になりだった!」
「ああ、それなら、こっち来い」
リベリモンはくいくいと手招きをすると、近くにある大きな岩の影へとユウキたちを導いた。
「連れがいたんだよ。俺がおとりになってなんとか逃げる隙を作ろうとしてたんだけど、怖がっちまってな。──おいお前ら、もう大丈夫だ!」
リベリモンがそう言うと、リベリモンのものと似た、けれど少し違う駆動音がして、2体のデジモンが顔を出した。
2体とも色鮮やかな体毛に身を包んだ獣のようなデジモンだ。しかしそのフォルムは、今までユウキたちが出会ってきたどんなデジモンとも違っていた。
1体は両腕と両足に車輪のような甲殻を持っている。車輪を使い、うつぶせになって移動するその姿はF1カーのようだ。
もう1体は翼のある獣だ。けれどその翼は鳥のそれとは違って直線的で、まるでジェット戦闘機のような姿をしている
「ターボモンに、マニューバモンって言うらしい。俺もこんなデジモンは見たことがねえけどな」
「えー! どちゃかわちい! モフモフなのに機械っぽくてめっちゃメロい!」
そう言って抱き着こうとするユウキに、ターボモンはぎゅるんと車輪を鳴らして距離を取る。マニューバモンもおびえたように岩の上に飛び上がった。
「こいつら、どうやらさっきのトゲトゲ? にずいぶん追い回されたらしくてな。ニンゲンには警戒してるみたいなんだ」
「あ、そうなんだ……ごめん。ターボモン、マニューバモン」
「驚かせて悪かったな。ユウキは誰に対してもこーゆー奴だから気にすんな」
ユウキとインプモンが謝罪すれば、2体はおずおずと顔を出し、少しずつユウキに近づいてくる。その視線は、彼女の腰にあるD-STORAGEに注がれているようだった。
「これ? あ、暴走NPCも持ってたからヤだよね。まってて、今隠すから」
D-STORAGEをしまおうとするユウキにターボモンは首を振る。マニューバモンはゆっくりと高度を下げて彼女に近づくと、何かを差し出した。
「これは……え!?」
「ンだよそれ、カードか?」
「うん。でもただのカードじゃない。これ見て、インプモン!」
それは1枚のテイマーカードだった。そこに写っているのは白銀の髪にサングラスの青年──クールボーイだ。
「ク-ルボーイさんのテイマーカード……あなたたち、この人に会ったの?」
刻々と頷くターボモンとマニューバモンに、ユウキたちは顔を見合わせた。
「話、聞かせてっ!」
リベリモンの案内で、ユウキたちは近くにある街にたどり着いた。無骨な機械が並ぶマーケットのような様相で、サイボーグやマシーン型のデジモンでにぎわっている。そこかしこから漂ってくる機械油のにおいに顔をしかめながら、インプモンはベンチに身を預けた。
「ってことはお前ら。何日か前にクールボーイと会ってるんだな?」
ターボモンとマニューバモンは頷いた。
さまざまな手段を尽くして聞き出したところによれば、ターボモンとマニューバモンは数日前、暴走NPCに追われているところをクールボーイに助けられた。その時に彼のテイマーカードを渡され、この世界で人間に出会ったらそれを渡すように頼まれたらしい。

「にしても、お前ら、よく襲われるな」
「確かに、数日前も今日も、だもんね」
ユウキは大変だったねーとターボモンの頭をなでる。彼女のことが気に入ったようで気持ちよさそうに目を細めるターボモンを、インプモンは面白くなさそうに見ていた。
「たしかに、あのトゲトゲの被害は近頃報告されてたけどよ。こいつらの追われ方はちょっと普通じゃなかったな」
「リベリモンもそう思うの? なんでだろ?」
「俺たちが知らない、新種ってのが関係あんのかな」
うーむとうなりながら、ユウキはターボモンとマニューバモンを見つめる。機械ばかりのこの街で、形は機械なのにどこまでも有機的な質感のその体はひどく目立っていた。
「……ま、考えても分かんないっか! いまはクールボーイさんが最近まで無事だったってことでよしとしましょう、そーしましょう!」
「ま、いまはどうなってるか分かんねーけどな。ミスティモンってやつに捕まってんだろ?」
「うう、ヤなこと言うなーインプモンは」
「ミスティモン?」
リベリモンは驚いたように声を上げる。
「お前たち、ミスティモンのところに行くつもりなのか?」
「へ? そうだけど」
「そうだけど、ってなあ」
呆れたようにリベリモンは頭を掻く。
「悪いことは言わない、やめておけ。“守護者”の砦の警備は厳重だ。いくらお前たちが強くたって、あっという間に捕らえられてオシマイだ」
「確かに、数で来られたら、オレが究極体になっても厳しいかもな」
「でも行かないと! 仲間がそこにいるかもなんだ」
「どうしても行くってのか……?」
とんでもねえ奴らだなあ、とリベリモンは肩をすくめる。
「もし行くってんだったら、2人だけ、ってのはやめた方がいいぜ。味方はいねえのかよ」
「いるけど、いま連絡取れないんだ」
彼女はため息をついてD-STORAGEを開く。定期的に通信を試みてはいるものの、クロスコネクティアの環境が影響しているのか、アンチェインによる妨害か、通信は取れないままだった。
「みんなに会えるように祈って歩く?」
「いやー、オレたちまっすぐミスティモンのとこ目指してきただろ? このまま歩いてたら着いちゃうぜ?」
「うーん、そうだよねー。みんなならいつかはちゃんと砦にたどり着くとは思うけど……」
「別々に行ってみんな捕まえられる、ってのがサイアクではあるな」
「うーーーん! もうおっきな声でここにいるよー! って叫べたらいいのに」
「なに言ってんだよユウキ。バカだな」
「しょうがないじゃん!」
ぎゃーぎゃーとケンカを始めた2人の前で、ただ一体、リベリモンだけが何かを考えこむようにぶつぶつと呟き、やがて深くうなずいた。
「それ、悪くないかもしれないぞ」
「ひょえ?」
「何のことだよ」
「さっき言ってた案だ」
「いや、案も何も、私たち何も……」
「だからさ」
いまいちの見込めていない様子のユウキとインプモンの顔を覗き込み、リベリモンは言う。
「デッケエ声で、ここにいるって言えばいいんだよ」
「ロックフェス……?」
リベリモンが持ち出してきた1枚のチラシを見て、ユウキはぽかんと口をあけた。
「ロックってのが何なのか、デジモンたちはみんなよく知らねえんだけどな。季節に一度、この街でやるんだ。そりゃ盛り上がるんだぜ? ウルセェからやめろ、って“守護者”の砦からはクレーム来るけどな?」
「え? 近いって言っても、砦のある森まで結構距離あるよね。音届くの?」
「おう、届くぞ! ってか、この世界全体に届く」
「はい?」
「なんたって、この街のマシーン型デジモンたちが全力を尽くして作り上げた超特大スピーカーがあるからな。近くにいたらベースの音で100メートルは吹っ飛ばされる超特大だ」
「え、えー……」
あまりにも人間の世界とはスケールの違う話に、ユウキのリアクションもいまいち追いつかない。それでも──。
「──確かに、それでみんなに呼びかけるってのは、イケてるかも! ねえリベリモン、そのフェスっていつやるの?」
「明日だ」
「あ、明日? がち!?」
思わずユウキの声が裏返る。
「い、いやー、流石にそれはちょっとー。ユウキちゃんカラオケはそこそこイケるけど、バンドとかってしたことないしい。ねえインプモン……」
「……るぞ」
「インプモン?」
「おい、上等じゃんか! 当然やるよなユウキ!」
「えー!?」
こういう暑苦しい行動を誰よりも嫌がりそうな相棒からの思わぬ乗り気な発言に、ユウキは驚きの声を上げる。
「いやいやインプモンくん、さすがにね? 1日で準備って言うのはえぐち!」
「ンだよ! 要はデケー音出せばいいんだろ? 任せろ! オレがロックってのがどんなもんなのか、この世界のデジモンたちに教えてやるって!」
そういえば、私が教えたロックの曲、私よりもよく聞いてたなあ……。
そう思いだしながらタジタジになっているユウキに、インプモンはビシッと指を突き付けた。
「それに、お前としても望むとこだろ、ユウキ」
「私?」
「この世界のデジモン全員に声を届けられるんだぜ」
「……!」
確かに、それは「すべてのデジモンと友達になる」ことを目標に掲げるユウキにとって、願ってもない話だった。困惑を浮かべた表情が、だんだんといつもの、抑えきれないワクワクがあふれたものに変わっていく。
「……決まったみてえだな」
「うん! リベリモン、私たち──」
「やるぞ! ボーカルはユウキ、それ以外がオレ、な!」
「やっぱり私が歌うんですよねー!?」
「たりめーだろ! おいユウキ、今からデスボイスの練習だ!」
「い、インプモン、ちょっと、デスボはユウキちゃん、可愛くないかもー!?」
インプモンに引っ張られて連れ去られていったユウキを見送って、リベリモンはからからと笑う。
「おもしれえ奴らだなあ、おい。──明日が楽しみだ!」
その横で、ターボモンとマニューバモンも、うんうんと頷いた。