DIGIMON LIBERATOR

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DEBUG.17-2

「おーい、インプモン、インプモーン!」
「ん? なーにカプリモン、騒がしいわね」

 クロスコネクティア、マシーン型デジモンたちの暮らす街。夕暮れ時の涼風が機械油のにおいを運ぶ中で、私──小悪魔型デジモンのインプモンはうっとうしそうに顔を上げた。

「なんの騒ぎ? 私、明日のロックフェスに向けてもう寝たいんだけど」
「それ! ロックフェス!」
「なによ、落ち着いて話しなさいって」
「聞いたよ聞いたよー! インプモン、フェスに出るんだってね!」
「はあ?」

 興奮した様子のカプリモンに、私はぽかんとした表情を浮かべる。

「なーにそれ、私、知らないんだけど」
「えー、でもうわさになってるよ! インプモンが明日のフェスに飛び入り参加するって!」
「いやいや、私は出ないわよ」
「えー? 聞いたけどなあ。あ、ハグルモーン、ハグルモンも聞いたよね!」

 私がぶんぶんと首を振って否定しても、カプリモンは不思議そうな表情のままで、近くにいた一体のマシーン型デジモン──ハグルモンに声をかける。

「ああ、フェスに出るインプモンのことだろ。オイラも聞いたゼ」
「だからそんなの、私知らないって」
「オイラが思うに、オマエとは別のインプモンなんじゃないかナ」
「別の……?」

 私は首をひねる。なるほど、確かに十分あり得る話だ。

「そうはいってもさ。この街のデジモンはほとんどマシーン型でしょ。私の他にインプモンなんて、見たことないけど」
「そこはオイラ、聞いたゼ。なんでも、別のとこから来たインプモンらしい」
「別のとこ? すごいね! どこの街だろ-!」
「驚くのはまだ早いゼ……ちょっとこっち来ナ」

 ハグルモンがわざとらしく声を落とせば、私とカプリモンは興味津々で顔を寄せる。

「ここだけの話なんだがな……は……と、……らしいゼ」
「えー! そのインプモン、ニンゲンと一緒に演奏するの!?」
「ちょ、カプリモン! 声が大きいわよ!」
「台無しだゼ。でも、この辺の連中はみんなもう知ってる話だから、べつに良いゼ」
「じゃあなんだったのよこの時間……」

 私は呆れたようにため息をついてから、それにしても、と息をつく。

「ニンゲン、ねえ」
「ニンゲンって怖いヤツらなんでしょ? 森のミスティモンたちが戦ってるって言ってたよー?」
「でも、オイラの工房のクロックモン親方は、昔優しいニンゲンに会ったとも言ってたナ。クールボーヤ、とかなんとか」
「どんな名前よ」

 ニンゲン、別の世界にいるデジモンとは違う生き物。まだ小さい私たちには想像するしかない存在だ。
 森の“守護者”たちが語るとおり怖い存在なのだろうか。それとも、そのクールボーヤ? のように優しいのだろうか。

「……明日になれば、分かるんじゃない?」
「インプモン?」
「だって明日、そのニンゲンが演奏するんでしょ? 音はウソつかないって。明日のフェスに行けば、ニンゲンのことも分かるよ、きっと」
「なるほど、道理だナ」
「楽しみ-! ニンゲンって、どんなことするんだろーね!」
「はいはい、カプリモンも、もう寝ないと寝坊するわよ」

 大はしゃぎのカプリモンに肩をすくめて、私も自分の寝床に戻る。明日の音楽に思いをはせながら。

DIGIMON LIBERATOR SIDE STORY
DEBUG.17-2 狂騒-後編

「みんなー!!! 楽しんでるかーー!!」

 少女の声が青空に響く。
 数組のデジモンたちが演奏を披露した後、そのニンゲンと、一体のインプモンはステージに立った。
 少女の呼び掛けに答えるデジモンは少ない。響くのは歓声と言うよりむしろざわざわとしたささやき。ムリもない。フェスにニンゲンが出るという話はすでに街中のうわさになっていた。
 “守護者”の言い分を信じて、ニンゲンを恐れたり嫌っているデジモンも少なくはないし、そこまででなくとも、ほとんどのデジモンはステージに立ったそのニンゲンの余りの小ささに、困惑を隠せない様子だった。

「なんだ、あれがニンゲン?」
「小さいんだな-。力もなさそうだし」
「アレでなんか演奏できんの?」
「先も長いからさ-、ここでいったんトイレ行こうぜー」

 私の回りでもこんな具合。演者の心がおれてもおかしくないような状況だ。
 しかしステージの上のニンゲンはしょげる様子もなく、マイクに声を張り上げる。

「あたしユウキ。こっちはインプモン! この世界の外から来ました!」

 この世界の外、という言葉に、ざわめきが更に大きくなるが、ユウキと名乗ったニンゲンはお構いなしに続ける。

「あたしには夢があります! それは、すべてのデジモンと友達になること!」
「(フン……なに言ってんのよ)」

 とてつもない夢を語るユウキに困惑するオーディエンスの中、私も呆れて首を振った。ニンゲンというのは、みんなあんな風にできもしない夢を語るのだろうか。

「あたしは本気! だから今日は、ここにいる全員と、友達になりに来ました! みんなに、あたしのことを、人間のことを知りたいって思ってもらえるように、歌います! ──インプモン!」
「おう、任せろ、響かせてやろうぜ、ユウキ!」
「うん、えぐいロック・チューンで、テンションアゲてこっ!」

 その言葉と同時に、彼女の持つ四角い箱のような物が強い光を放つ。

「インプモン進化──パンクモン!」

 光が晴れたとき、そこにはトゲ付きのジャンパーを羽織った紫の竜が立っていた。竜はギターピックのようなその尾で地面を叩き、リズムを奏で始める。

「お、すげー! 進化した!?」

 進化の光にオーディエンスの目が引き付けられたのを確認すると、ユウキはにやりと笑い、さらにそのデバイスを持った手を掲げた。

「まだまだ、進化──ラウドモン!」
「おうよ!」

 そこに表われるのは巨大なスピーカーを身に付けた機械竜、そこから放たれるベース音は、会場の超巨大スピーカーで増幅され、会場のデジモンたちの体を揺らす。

「(ふーん、結構イケてるじゃん)」

 周囲のデジモンもインプモンと同じ感想を抱いたらしく、重低音に身を預けて体を揺らしながら、固唾を飲んでステージに見入っている。

「じゃあ、最後の仕上げ! 行くよ──ヘヴィーメタルドラモン!」

 がしゃん、と、歪んだギター音が響く。紫の炎がラウドモンを包み、やがて巨大な凶竜──ヘヴィーメタルドラモンが現れる。

「行くぜユウキ! お前の声を、届けてやれ!」
「うん、手伝って、マニューバモン!」

 ユウキがそう呼べば、ひゅん、と風を切る音がして、獣のような、戦闘機のようなデジモン──マニューバモンが飛来する。ユウキはその体につかまると、ふわりと宙に浮き、客席の上を舞いながら、歌い始めた。

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 まったくもって綺麗ではない、がしゃがしゃとした、うるさいロック。

 ──でもそれが、この場に集ったデジモンたちの心を掴んだ。

 ぽつりぽつりと、こぶしが上がっていく。竜の咆吼にまけじと、誰かが歓声を上げる。
 私は、そのさまを呆然と眺めていた。胸に突き刺さったサウンドが抜けない。心の内側からなにかがわき上がってくる。
 
「みんな! まだまだいっくよーー!!!」

 そんなユウキの言葉に、私の体は、勝手にこぶしを振り上げた。

 クロスコネクティアの、どこかの密林地帯。サイキヨは、空に響き渡った大音響に思わず顔を上げた。

「ファンビーモン、今のは……」
「うん。ユウキちゃんやね」
「い、いったいなにをやってるんだ……」
「分からんけど、あっちの方から聞こえたね」
「だね。行ってみよう」
「うん!」
「……なにはともあれ、無事で良かった」

 サイキヨはほっと胸をなで下ろし、ファンビーモンと頷きあうと、声の聞こえた方に歩き出した。

 “守護者の”砦の地下牢。捕虜のアルテアに尋問を行っていたミスティモンは、外から聞こえた爆音の音楽にいらいらと首を振ると、側に控えるベツモンに向けて声を張り上げる。

「おいベツモン! 今のはなんの騒ぎだ」
「へえ、ミスティモン様。今日は近くの街のマシーン型どものバカ騒ぎの日でして」
「ああ、あれか……まったく、再三やめるよう言っているというのに……」
「……にしても」
「なんだ?」
「良い曲でげすねえ……」
「バカなことを。おい、にやつくのをやめろ。捕虜の前だぞ」

 ミスティモンに咎められびくりと真面目な顔に戻るベツモンに、アルテアは笑い声を出力する。

「いえ、お構いなく。私もとても良い曲だと思いますよ」
「アルテア、貴様には聞いていない! 捕虜らしく静かにしていろ」
「ええ、そちらの方が、演奏がよく聞こえますので」
「……ふん」

 立ち去っていくミスティモンたちを見送るアルテアに、エスピモンから秘密の通信が届く。

「(マスター、今の聞いたっスか!?)」
「ええ、エスピモン。地下まで聞こえました。ユウキさん、中々うまいことを考えましたね」
「(コンサートをやってる街は、この砦の近くっス)」
「ええ。みな、側まで来ているのでしょう。私たちは引き続き情報を集め、内側から彼をサポートします。良いですね」
「(了解っス、マスター!)」

 そうして通話が切れると、アルテアは聴覚の感度を上げ、地上から聞こえる音楽に耳を傾けた。

「いやー! 超盛り上がったね!」
「イケてるギグだったな」

 ライブを終え、大歓声に見送られながらユウキはステージの袖に戻る。そこにはすでに退化したパートナーのインプモンがいた。普段は気むずかしい彼も、ステージの熱狂に当てられたのか、いつもよりテンションが高い。

「インプモーン、ノリノリだったじゃん!」
「たりめーだろ。ユウキだって、結構うたえるじゃねーか。これはラクーナでもなんかできるかもな」
「えー? やだなー、そんなにおだててもなにも出ないぞー!」
「うわ、やめろ、くっつくな!」

 すぐにいつもの調子に戻ったユウキとインプモンのもとに、ターボモンにマニューバモン、そしてリベリモンが近づいてくる。

「ようお前ら、スゲーライブだったな!」
「えへへ、ありがとう、リベリモン!」
「まさかマニューバモンにつかまって観客のとこまで飛んでいくとはな」
「直前になってユウキが言い出したんだよ」
「いやー、ステージが想像以上にえぐ大きかったからさ、歌を聴きに来てくれるみんなの顔、もっと近くで見たいじゃん? だから手伝ってもらったんだ!」

 マニューバモン、マジ感謝だよー、とユウキが言えば、マニューバモンもどこか得意げに鼻を鳴らす。

「にしても、これで本当に他の奴らに声が届くのかよ?」
「分かんない! でも、やれることはやったし? あとはなるようになるっしょ」
「“砦”に行く準備ができるまでは、この街にいてくれて大丈夫だ。みんなロックスターに会いたがってるぜ!」

 リベリモンの言葉に、ユウキは照れくさそうに頬を掻く。

「がち? どうしよインプモン、あたしたちスターだってよ。大人気だってよ」
「いいよオレ、そういうのは」
「いいえ、逃がしませーん!」
「うわ、なんだよ!」

 ユウキの腕にがっちりとホールドされ、インプモンはキーキーと抗議する。

「離せって!」
「あんなにノリノリで演奏しといて、逃げるなんて許しませーん、一緒に行こ!」

 じたばたと抵抗するインプモンを引きずっていくユウキ。昨日と真逆の様子に、リベリモンはターボモン、マニューバモンと顔を見合わせ苦笑した。

「お、来たゼ」
「インプモン、演奏してたインプモンが来たよー!」
「ややこしいわね……あ、ニンゲンも一緒に出てきた」

 ステージの端。私とカプリモン、ハグルモンは、外に出てきたニンゲン──ユウキたちを認めるとぱたぱたと駆け寄った。

「わ! どうしたのキミたち、あ、インプモン! インプモンもいるよ、ねえインプモン!」
「やかましい! ややこしいわ!」

 ステージの格好いい様子はどこへやら、一緒にいるインプモンと一緒に子どもっぽいケンカを繰り広げている。

「アンタたちのライブ、イカしてたゼ」
「え、がち? うれしいんですけど!」
「インプモンも、ちょー格好良かったよどかーんって、ぎゃーんって!」
「へ、へん、分かってるじゃねえか」

 照れくさそうにそっぽを向くインプモンと、はしゃいだ様子でハグルモンたちの頭を撫でるユウキ。やっぱりステージの様子とはちょっと違う。
 でもわき上がるは失望じゃなくて、この人たちがどんな連中なのか、知りたいって思う気持ちだった。

「ね、ねえ、ユウキ……さん」
「ん、なに-?」
「アンタ、すべてのデジモンと友達になる、って言ってたよね」
「うん!」
「それって、私たちとも」
「うん、うん!」

 話を続ける私を、ユウキは真っ直ぐに見つめてくれる。

「な、ならさ……私たちと話そう! アンタたちのこと、知りたいから」
「……! もち! もちだよ!」
「もちもち……?」
「トーゼン、って意味だ。乱れた言葉使うとこーなるっていつも言ってるだろ!」
「そ、そうなんだ」

 微妙に調子を崩されたけど、喜びがじわじわとわき上がってくる。

「よし、それじゃ今日は、みんなでご飯食べよっか、ね!」
「フン、まあそれも悪くねーんじゃねーの」

 新しい友達を見上げ、私はにこりと笑うと、その手を取った。

To Be Continued.

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