DIGIMON LIBERATOR

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novel

DEBUG.18

 ──クロスコネクティア

 デジモンリベレイターの前身であり、リベレイターと同じくネット空間上に発見された世界を舞台としたゲーム。発売はされなかったが、世界とそこに暮らすデジモンたちはそのまま居る。そして、現在は運営主任であるクールボーイが閉じ込められている。

「クールボーイさん、どこ行っちまったんだろうな」
「む、どうしたリュウ。思案気なカオはお前さんには似合わんぞ」
「オレが行動派のイケメンってことか?」
「そう聞こえたなら、それで構わん」

 そんな世界の一角、赤土の崖があちこちにそびえる渓谷を、デバッグチームの一員──リュウタロー・ウィリアムズと、そのパートナーのティラノモンは歩いていた。

DIGIMON LIBERATOR SIDE STORY
DEBUG.18 熱拳‐1

 スポーン地点で“守護者”を名乗るデジモンたちから襲撃を受け、他のメンバーと散り散りに逃げてからすでに一晩が立つ。彼らがたどり着いた渓谷には、追っ手の姿がない代わりに、クールボーイの手掛かりも、デジモンの姿もない。まさしく死の谷デス・バレーと呼ぶべき有様だった。

「……こっち来るのがオレたちで、よかったかもな」
「どういう意味だ」
「見るからに何もなさそうなのはしんどいってコトだよ」

 リュウタローはため息をつく。手分けしてこの世界をしらみつぶしに探すという自分たちの判断は間違っていない。しかし、いきなり襲撃を受けるというアクシデントがあり、アンチェインの計画遂行を妨げるために明確なタイムリミットが設けられている中で、このように何もない場所であるかも分からない手がかりを探すというのは、精神的にこたえるものがあるはずだ。

「それはいささか、仲間を見くびりすぎではないか? 皆、任務を遂行する胆力を持っている者たちだろう」
「そこは疑ってないけどさ。サイキヨはあれでまだまだ子どもだ。涼音さんも冷静なようでいて、結構参ってるみたいだった。あの人の場合、この戦いの行方は家庭にもモロに影響出るわけだしな」

 リュウタローはティラノモンの方を向いて、ニカッと歯を見せて笑う

「その点、オレはこういう単純作業、慣れてるからな! 筋トレしてるときとか、頭カラッポにして体動かしてると、いつの間にか時間経ってるし。こういう何の成果もなさそうな仕事にはうってつけだ」
「完全に空っぽにされても、それはそれで困るがな」
「とにかく、いい感じに適材適所ってコトだ!」
「……ふん」

 ティラノモンは胸を張るリュウタローの膝を、後ろから尻尾で小突いた。カクンとバランスを失い、リュウタローは倒れそうになりながらもなんとか持ちこたえる。

「うおっ! なにすんだよティラノモン!」
「周りは見えるようになったようだが、まだまだ甘いな」
「どこがだよ」
「他の者を気遣う気持ちに嘘はないだろう。だがそれ以上に、お前はデジモンに出会わなかったことでホッとしている、違うか?」

 ティラノモンの言葉に、リュウタローは唇を真一文字に結んで黙り込む。

「……ああ、言われてみりゃそうかもな。ティラノモンの言う通りだ」

しばしの沈黙の後、彼は観念したように足元の石ころを蹴飛ばした。

「俺はデジモンが好きだ。時間で測るもんじゃねーけど、それでも、デジモンっていうコンテンツを好きでいた時間とキモチは、デバッグチームの誰にも負けない自信がある」
「誰も疑わないだろうよ」

 リベレイターをプレイする理由は、デバッグチームの面々の中でも様々だ。カードゲームが好きでたどり着いた者。デジタルモンスターというコンテンツが好きだった者。革新的なメタバース世界に惹かれた者。
 その中でリュウタローは、デジタルモンスターというコンテンツに並々ならぬ愛着を持っているタイプだった。
 カードバトルで相手が繰り出すデジモン一体一体についてじっくり語れるだけの思い入れと知識があり、それはデバッグチームの任務にも生かされていた。初見のデッキを相手にして「このデジモンならこういう戦法を取るはずだ」という予想とともにプレイを進め勝利をもぎ取るさまは、チーム内でも評判だ。

「デジモンと一緒に戦えるカードが好きだし、デジモンと一緒に冒険できるゲームが好きだ。だからリベレイターは、ラクーナは、それこそ夢みたいな世界なんだよ」

 いつもは笑顔で語るそのセリフをため息とともに吐き出すリュウタローを、ティラノモンは横目で見つめる。成果がなくても大丈夫などとよく言ったものだ。それほどまでにラクーナを愛しているなら、現状とアンチェインの行いへの怒りは相当なものだろうに。

「……そんなだったから、さっきミスティモンに“侵略者”って言われて、話も聞いてもらえなかった時には結構ショックだった」

 ──この世界に、ニンゲンどもの居場所などないのだから。

 ミスティモンのセリフが脳内でこだまする。

「俺たちがしてることって、この世界にとって余計なのかなとか考えちまってな。だから、デジモンに会って、さっきみたいなことをまた言われるのが怖かった。ティラノモンの言う通りだよ」
「……ふん」

 リュウタローの言葉に、ティラノモンはまた尻尾を動かし、彼の背中を先ほど以上にしたたかに叩いた。いてっ、という言葉と共に宙を舞う彼の体を、背中で受け止める。
 リュウタローはティラノモンの背中で体勢を直すと、その肩にしがみついた。

「おい、どういうつもりだよ、ティラノモン」
「どうということはない。ユキダルモンとスズネの真似事だ」
「いやいや! お前はユキダルモンほどデカくねーし、俺は涼音さんよりデカくて重いだろ。無理しなくても、別にヘコんでないって!」
「勘違いするな。気を遣ってなどいない。ときにリュウ、お前はさっきこの場所について“見るからに何もなさそう”と言ったが──見てみろ」

 ティラノモンの言葉に、リュウタローは改めて目の前の景色を見渡す。赤土の壁、生き物の気配などない死の谷、そして──自分の相棒である、赤い恐竜の背中。

「……!」
「お前さんはデジモンと冒険するのが好きなのだと言ったな。それには、今この場所は不足か」
「……いや、いや! むしろサイコーだぜ!」

 リュウタローはそう声を張り上げる。もっと小さいときは、こうして竜の背中で旅をすることを夢見たこともあったな、と思い出す。
 その様子を見て、ティラノモンは小さく息をついた。

「ふん、お前さんには、そういうカオの方が似合っているよ」
「おう、ありがとな、ティラノモン。」
「ああ。ところでリュウ」
「なんだ?」
「気を取り直したところで悪いが────囲まれているようだ」
「え? どこをだよ──」

 リュウタローが疑問を口にした瞬間、頭上から無数の咆哮が鳴り響いた。

「おいおい、モノクロモンにアンキロモンに……トリケラモンまでいるぞ! スゲー!」
「調子が戻ったようで何よりだ。全員敵意むき出しだぞ」

 興奮気味のパートナーと、頭上から怒りの咆哮をあげるデジモンたちとを交互に見て、ティラノモンはため息をつく。

「ヴァーミリモンもいるな。ミスティモンが“守護者”のリーダーとしてふるまっていた時から予想はしていたが、この世界には究極体はあまりいないらしい」
「ま、俺たちが究極体をよく見るのも、カードバトルだからだしな。にしたって、こんだけ数が多いと厄介だ。ティラノモン、──いけるか?」

 ティラノモンの背を降りてそう問いかけるリュウタローに、赤い恐竜は簡潔な肯定を返す。

「ああ。まとめて相手をするとしよう」
「分かってると思うけど、デリートはするなよ」
「難しい注文だが、できるとも」
「うし、なら──ユニークエンブレム起動! ティラノモン進化──マスターティラノモン。そして──!」

 その言葉とともにリュウタローのD-STORGEが輝いた。大地が揺れる。渓谷のあちこちから火柱が吹きあがる。ティラノモンが完全体・マスターティラノモンに姿を変え、さらに光に包まれていく。
 それは崖に届くほどの巨体。古代の力を極めし竜が辿り着く一つの到達点。恐竜型デジモンたちにとっての、熱く、紅き、究極。

「──ダイナモン! 頼んだぜ、相棒!」
「ああ、任せておけ」

 そう言って咆哮するダイナモンに一瞬たじろぎながらも、デジモンたちは地面を蹴り、紅き巨体に飛び掛かっていく。しかし、アンキロモンの硬質の突起物を生かした突進も、トリケラモンの2本の角も、巨竜の岩のような皮膚に傷をつけることはなかった。

「さすがだダイナモン! ただ……分かってたが、カードバトルとは全然違うな」

 リベレイターの対戦に発生するデジモン同士のバトルでも、デジモンたちはその力と技をもって多様な形の戦いを繰り広げる。しかし、渓谷という特殊な地形で、一対多の戦闘をするという経験はリュウタローにはなかった。

「なんとか俺にサポートできることはないか……?」

 戦いを繰り広げるダイナモンの背中を見上げながら、彼は渓谷全体を見渡し、戦況を掴もうとする。
 その時だった。

「うおおおおおおおッ!」
「──! あぶねえっ!」

 頭上から響く叫び声に、リュウタローはとっさに身をかわす。刹那、彼のいた場所に、鋼鉄の刃が振り下ろされた。それは地面に深々と食い込み、周囲に土煙を上げる。

「リュウ! 大丈夫か!」
「ああ、こっちは気にするなダイナモン! しかしこいつは……」

 リュウタローは呼吸を整えながら、土煙の中にいる気配を見据える。からりとした、それでいて迷いのない殺気。

「避けたか、いい反応だ! ニンゲンってのも、案外やるようだな!」
「……ディノヒューモンか!」
「知られているとは驚きだ! オイラのファンか? だとしたらヒジョーに申し訳ないんだが──」

 竜人──ディノヒューモンはそう言って、背中に携えた巨大な剣「アキケナス」を構えた。

「──お前には、ここで消えてもらうから!」

「おい、リュウ! 大丈夫か!」
「まだ何とかな! でも長くはもたねえぞ!」

 振り下ろされる剣の一閃をやっとの思いでかわし、リュウタローは背後のパートナーに向けて叫ぶ。ダイナモンに群がる恐竜デジモンはかなりの数で、なぎはらってもなぎはらってもその攻勢が止むことはない。
 ダイナモンには傷こそついていないものの、相手をデリートしてはいけないという制約もあり、パートナーの援護に向かうことができないようだった。

「よそ見をする暇などないだろう! ハァッ!」
「ぐっ!」

 今度はアキケナスではなく、ディノヒューモン自身の体についた刃が向けられる。先ほどより軽やかな一撃に、リュウタローの判断は一歩遅れ、刃は肩口を切り裂いた。デジタル空間とは思えないほどの生々しい傷跡から赤い血がにじむ。

「やられたか……」
「そうヘコむな! オイラの攻撃をこれだけ避けられてるだけで、相当すごいぞ!」
「褒められてもうれしくねーよ!」

 あっけらかんとそう言うディノヒューモンに、リュウタローは叫び声を返す。渓谷の狭さゆえに、踊るように刃をふるう必殺技「リザードダンス」が使えないらしいのが幸運だった。もし予測が困難な連撃を受けていれば、リュウタローの体はあっという間にコマ切れだっただろう。

「ディノヒューモン、それに他の奴らも、どうしてこんなことするんだ! オマエらも“守護者”の一員なのか?」
「“守護者”? ああ、ミスティモンたちのことか! 安心しろ、オイラたちはアイツらとは違う」
「それなら、なんでこんなことする!」
「クールボーイ、だったか?」
「!」

 ディノヒューモンが挙げた名前に、リュウタローは目を見開く。

「クールボーイ、ミスティモンたちはあのニンゲンを一度信用して、今は裏切られたと騒いでいる! でもオイラたちは違う。最初からニンゲンの助けなど必要なかった!」
「な……」
「今オイラたちがオマエらを襲っているのは、生活が苦しいからだ! この世界中がそうだ! だからオマエらを倒して、持っているものをいただく。特に──」

 竜人はその剣先で、リュウタローのD-STORGEを指し示した。

「オマエ、さっきそれを使ってあのティラノモンを進化させたな! 進化はこの世界じゃ滅多にないことだ。もしデジモンを進化させる道具が手に入れば、オイラたちはもっと強くなる! ミスティモンたちも倒して、オイラたちがダルフォモン様に選ばれて、この世界のリーダーになれる!」
「……!」

 リュウタローは目の前の相手の言葉を必死で記憶する。相手は何か重要なことを口にしている。しかしそれを精査するのは、生きてこの場を切り抜けてからだ、だから、記憶する。

「よく分かんないが、お前ら、人間を憎んでるわけじゃないんだろ。だったら話ができるはずだ! そしたら俺がティラノモンを進化させられた理由も……」
「ハナシ?」

 リュウタローの説得に、ディノヒューモンは無邪気に首をかしげて、それから再び剣を振りぬいた。リュウタローが慌てて屈めば、彼の背後の岩壁に大きな切り傷がつく。

「おい、聞けって! だから、話を……」
「だから、ハナシをしているだろう!」
「……!」
「ハナシができる奴でよかった! クールボーイは、デジモンの陰に隠れて、ハナシをしなかったから!」

 リュウタローは理解する。戦いが、命の削りあいが、ディノヒューモンたちにとっての対話なのだ。戦闘種族として描かれることもあるデジタルモンスターの中で、特に彼らは、自らの原始的な原理に基づいて行動している。
 自分たちにとっての対話は“そう”ではないと理解してもらうのにも、ディノヒューモンたちを戦いで打ち破る必要があるのだろう。

「どうした、ニンゲン、ハナシはもうしないのか!」
「……いや、良かったなと思ったんだ」

 思わず天を仰ぐ。ああ──。

「──この場所に来たのがオレで、マジでよかったってな!」

 そう言って、リュウタローはこぶしを構えた。

「お! そういうのが好みか! それなら合わせるぞ!」

 ディノヒューモンは嬉しそうにそう言って、アキケナスをわきに置き、自らもファイティングポーズをとる。

「おいリュウ、何をしている!」
「悪いダイナモン。でも、こうするべきだと思うんだ」
「バカを言うな。なるべくデジモンの攻撃を受けるなとヤオに言われただろう!」
「大丈夫だ。アニキもこうしてたしな!」
「誰の話をしている!?」

 困惑した様子のダイナモンに謝ってから、リュウタローは大きく息を吐きだして──。

「おい、行くぞ、ディノヒューモン!」 
「ああ! 来い!」

 ──こぶしを構えると、地面を蹴った。

DIGIMON CARD GAME