
DEBUG.19
「今度、日本に行くことになった!」
アンチェインがデジモンリベレイターを掌握し、ユウキたちがクロスコネクティアに向かう少し前。リュウタロー・ウィリアムズは自室のゲーミングデスクで、声を張り上げた。すぐに耳元のヘッドセットに特大のため息が返ってくる。
「急に大きな声を出すなよ、耳が痛いんだけど」
「なんだよ或馬、お前の国だろ」
「キミがどこに行こうがボクには関係ない」
「つれねえなあ! なんなら会いに行っても──」
「勘弁してくれ。そこまで仲良くなったつもりはないよ」
返ってくる素っ気ない言葉に、リュウタローは通話相手に見えないと知りながらオーバーな身振りで肩をすくめた。
DIGIMON LIBERATOR SIDE STORY
DEBUG.19 熱拳‐後編
或馬読尊──以前にリュウタローがデバッグチームの任務で取り締まった悪質プレイヤー集団のリーダー格の男だ。リュウタローとのカードバトルを経てそのアカウントは凍結され、ラクーナにログインできない状態が続いている。
彼のことをただ放っておくことができなかったリュウタローは、凍結前、彼にSNSのアカウントを渡した。向こうから連絡が来る望みは薄いと思っていたのだが、意外や意外、しばらくして或馬から連絡が届いた。或馬がリュウタローの母国語を話すことができた幸運もあり、以降は時折Webカメラを使った対戦などをしていたのだ。
「はいダイレクト、他の話をしている間に、ボクの勝ちだ」
「ぐ、負けたぜ……」
或馬のデジモンにとどめを刺され、リュウタローは頭を抱えた。もとより実力者であった彼だが、慢心しがちで粗が多かったプレイングも最近は改善され始めている。
リュウタローに不正を取り締まられた時には「こんなのはガキの遊び、別の場所でいくらで似たようなことができる」と話していたが、そのようなことにかまけている様子は無く、むしろデジモンカードゲームに一層身が入っているようだ。
「相変わらず強いな、或馬!」
「嫌味のつもりかい。まあ、あの時キミが勝ったのがタダのマグレだと理解してくれたのなら良かったよ」
「そこまで認めた覚えはないぞ。次は勝つからな」
「……ふん」
或馬の聞こえよがしなため息が聞こえて、リュウタローは苦笑する。彼とは月に1回程度話すだけだ。最初はリュウタローの言葉に短く皮肉を返すだけだったが、最近は少しずつ話してくれるようになっていた。
「そういえば、リベレイターだけど」
と、或馬が珍しく自分から話を切り出す。
「ネットメディアでニュースになっていたのを見たよ。ラクーナでずいぶんな騒ぎがあったそうじゃないか。大規模な不具合に、緊急ログアウト、だっけ?」
「……大型アップデートの後だからな、いろいろあるさ」
「隠し事が下手だねえ、ネットじゃサイバー攻撃だのなんだの、色々言われてるよ」
「どう言われようが、俺はなにも言わないぜ」
口が重くなったことにすぐに気づかれてしまい、リュウタローは冷や汗をかく。
黒いインペリアルドラモンによるラクーナ襲撃の顛末は、一般ユーザーには大型アップデートに伴う不具合だと説明されていた。一時はSNSのトレンドにも上がり、ユーザーによる多くの推測がネットにあふれた 。
事態を重く見た運営によって手厚いゲーム資産の補填が行われたことでユーザーの不満はあまり間を置くことなく沈静化したが、それでもまだくすぶっているものはある。
「というか或馬、お前、まだそういう炎上ニュースみたいなの見てるのか」
「見たら悪いか? ボクの勝手だろう」
「別に好きにすりゃいいけどよ」
以前彼と対峙した時に、デバッグチームの炎上につながりかねない晒し行為をちらつかされたことを思い出し、リュウタローはため息をつく。
現時点でも、凍結された不正ユーザーと個人的に連絡を取り合っているなんてバレたら問題になること間違いなしだ。もっとも、そのような情報がネットに流れていないあたり、或馬はもう晒しに手を出す気はないようだった。
「なにがあったにせよ、またヒーロー気取りくんがご活躍だったんだろ。あこがれちゃうねえ」
「そういういい方はよせ」
リュウタローは声を落とす。インペリアルドラモンの対処には彼らデバッグチーム全員が駆り出された。誰もが任務に全力を尽くしたことに疑いようはない。しかし結果は、屈指の強者であったゼニスのデータロスト、その後の彼とクールボーイの失踪だった。
リュウタロー自身はゼニスにあまり好感を抱いてはいなかった。爽やかだがつかみどころのない態度も、突然デジモンカードゲームに参入し、尊敬するオーウェン・ドレットノートを打ち破ったのも気に入らない。
ただそれはそれとして、デジモンとの交流から一歩身を引いた彼の冷静な判断が任務を成功に導くことも多く、チームの精神的支柱として、他の多くのメンバーと同じように確かに頼りにしていた。そんな彼があっさりと退場し、現実でも行方不明となれば、心は穏やかではない。
どうしようもなかったと分かっている、年長者として責任があるなんて言えばサイキヨあたりに怒られそうだ。それでも、ラクーナの危機になにもできず、事態の解決にもルーキーである風真照人の発現した不思議な力に頼らざるを得なかった事実は、彼の心に重たくのしかかっていた。
「俺は大して役に立てなかったさ」
「ヒーローは謙虚でーす、って? 笑っちゃうね」
珍しく沈んだ口調で呟くリュウタローに、或馬は皮肉めいた言葉を投げる。
「今更そんな態度とっても手遅れなんだよ。キミの決め台詞、“決めるぜ、どっちがヒーローでどっちがヴィランか!” だっけ?」
「お前な……」
バカにしたように口調をまねてみせる或馬に、リュウタローは怒りの声をこぼす。或馬はそんな ことは意にも介さない様子で、すん、と声のトーンを落とした
「今もヘドが出そうになるよ。謙虚さなんてカケラもない、むしろ傲慢なセリフだ。」
「ああ、自分でもわかってるよ」
或馬に言われるまでもない、自分はもう子供ではない。正義を自分が決められるなんて思ってもいない。それでも、とリュウタローは言う。
「前も言ったろ。大人の背中を見る子どもたちのためにも、誰かがカッコよく、これが正義だ! って言わなきゃいけない! 俺はそう考えてる」
「呆れるね、でも──」
或馬は小さくため息をつく。
「──キミはその傲慢さでボクのルーチェモンを倒したんだ。傲慢の魔王をね。だから、今更謙虚なフリなんてするなよ、イライラする」
「或馬、お前……」
「話は終わりだ。明日も仕事があるし、勝ち逃げさせてもらうよ」
「……おう、ありがとうな!」
勢いの良いリュウタローの礼に、だからうるさいって、と或馬は吐き捨てる。と、リュウタローが通話を切ろうとする彼を呼び止めた。
「そういえば或馬、お前、ルーチェモンはもう使わないのか?」
アカウントを凍結されてからのオンライン対戦で、彼はかつての相棒のルーチェモンを一度たりとも使っていなかった。敗北を機に手放したのかもと思っていたが、先ほどルーチェモンの名を引き合いに出した時の口調は誇らしげで、とてもデッキに見切りをつけたとは思えない。
リュウタローの問いに、彼は先ほどまでの聞えよがしなものと違う、真面目なトーンで言葉を紡ぐ。
「ああ、使うつもりはないよ。ルーチェモンもきっと、今のボクを気に入らないだろう」
或馬の答えに、リュウタローは思わずハッとする、それこそが、彼が自分と交流を持ち続けている理由なのだと理解する。
「そのために、俺と戦ってるのか。ルーチェモンに元の強い自分を見せるため?」
「……悪いかよ。一度勝つくらいじゃダメだ。完膚なきまでに叩き潰さないと、ボクはもう、アイツと共に戦えない」
「そうか……そうか、なら、何度でも相手になるぜ!」
リュウタローは嬉しそうに何度も相槌を打つ。気持ち悪いな、切るよ、と言って相手が通話を落とした。
「……ああ、そうだな。俺は、俺たちは傲慢だ」
口の中で小さく呟き、リュウタローは地面を蹴る。
体を鍛えたのは、誰かを殴るためではない。それでも、今この瞬間に体が動くことを、彼は過去の自分に感謝した。
リュウタローが腰を落として拳を放つ。しかしディノヒューモンはあっさりとそれをかわし。彼の胴に向けてストレートを繰り出した。
「ふんッ!」
「うおっ!?」
慌てて身をかがめたリュウタローの頭上で、ディノヒューモンの拳が岩壁に食い込む。剣を置いたといっても、力自慢の成熟期のデジモンだ。まともに攻撃を食らえばリュウタローのアバターはひとたまりもないだろう。
「うん、中々やるな!」
「そりゃどうも!」
立ち上がる勢いで、再び拳を放つ。頭上ではダイナモンが相変わらず恐竜型デジモンたちの攻撃をいなしながら、リュウタローを案じる言葉を繰り返していた。
「俺たちは傲慢だ。他の世界からやって来て、この場所で自分たちの足で立って生活してるデジモンたちを助けようって言うんだから。必死で生きてるお前たちになに言われたって仕方ない」
ディノヒューモンが地面を蹴って跳び上がり、リュウタローに飛び蹴りを放つ。かわそうとするが左肩をわずかに竜人の足がかすり、彼の体は大きく後退した。
「それなのに、デジモンたちに責められてヘコむなんて、情けないよな。だが!」
左肩に走る痛みに歯を食いしばりながら、彼は声を張り上げた。
「それでも、俺たちはやらなきゃいけない! それなら、お前たちと分かりあうためになんだってしなくちゃなあ! アバターなのが残念だが、魂込めるからよ──」
ディノヒューモンの懐にもぐりこむため、彼は全速力で走り、こぶしを振りぬく。
「──受け取れ! これがオレの思いだ!!」
ぱん、と、筋肉と筋肉がぶつかる乾いた音が谷に響く。
リュウタローのこぶしを、ディノヒューモンは片方の手のひらで受け止めていた。どれだけ体を鍛えても、人の力が竜人型デジモンのそれに及ぶことはない。
しかし彼はすぐに気づく。ディノヒューモンの身体能力があれば、彼のこぶしをかわすことなど容易だ。あるいは鋼のような筋肉をまとった胴体でそれを受け止めれば、すぐに次の攻撃に移れたはずなのだ。
しかし今、ディノヒューモンは彼のこぶしをその手のひらで受け止めた。そして、時間が過ぎても、その体が次の攻撃に向けたモーションを取ることはない。
リュウタローが恐る恐る顔を上げれば、その青い瞳に喜びの表情を浮かべたディノヒューモンが、彼の顔を覗き込んで、にぱっと笑った。
「ありがとう! オマエのハナシ、大体分かったぞ!」
その後、ディノヒューモンの言葉によって恐竜型デジモンたちは攻撃を取りやめ、リュウタローとダイナモンを自分たちの村に招き入れた。
ダイナモンは進化を解かずに警戒を続けていたが、拳を交わしたことでリュウタローとダイナモンはどうやらデジモンたちの信任を得たらしく、火を囲んでもてなしを受けることができた。その流れのあまりの速さに2人は思わず顔を見合わせたが、ひとまず危機を逃れたことに一安心する。
そうして安心したダイナモンが次に取った行動は──。
「あー、ダイナモン。もう分かったから、説教はそれくらいで……」
「いいや、どれだけ言っても言い足りんよ。デジモンに肉弾戦を挑むなど、一体なにを考えている」
「どうしてもああする必要があったんだって。うまくいったろ? 他のデジモンたちも見てるしさ……」
「いいや、この際すべて言わせてもらおう。リュウ。大体お前さんはいつもいつも……」
──無茶な行動をとったリュウタローへの、キツイお説教だった。自分を心配するが故の厳しい言葉に耳が痛くなるが、それでも胸は温かい。
「仲がいいんだな、お前ら」
「ああ、ディノヒューモン、そうだろ?」
説教に口を挟み、リュウタローの隣に腰かけたのはディノヒューモンだった。ダイナモンはリュウタローを襲ったディノヒューモンにも一言ある様子で、ぎろりと竜人をにらみつけるが、彼が慌ててそれを抑える。
「しかし、ディノヒューモンこそいいのかよ。こんなにもてなしてくれて。生活が苦しい、とか言ってなかったか?」
「ああ、苦しい。しかし、オマエたちとはもう友達だからな!」
「……なんとも、分かりやすいのか分かりにくいのか判別のつかんやつらだ」
ダイナモンがため息をつき、それから疑問符を浮かべる。
「しかし、気になるな。『生活が苦しい』とはどういうことだ? お前は『今は世界中がそうだ』とも言っていたな」
「ああ! この世界は今、どこもかしこも大変だぞ!」
「……それは、別の世界から来た侵略者のせいか?」
そう言ってリュウタローが暴走NPCの特徴を語れば、ディノヒューモンはきょとんとして首を振った。
「そいつらのことは知らない。俺たちが困っているのは、天気が急におかしくなったり、地震がたくさん起きたりするせいだ。最近はそんなことばかりだ」
「なんだって?」
「……ふむ」
リュウタローとダイナモンは顔を見合わせる。クロスコネクティアで最近起きはじめたという天変地異。時期からしてアンチェインの目論見と無関係ではないだろう。いったい彼がなにを考えていて、この世界でなにが起きているのか。
「……調べなきゃいけないことは多そうだな」
「ああ。しかし、今日はもう休んだ方がいいだろう」
優しいダイナモンの言葉に、ディノヒューモンも頷く。
「そうだそうだ、泊まっていけ! 色々教えてほしいぞ! ニンゲンが俺たちのことを連れて行こうとしてる世界のことも気になるからな」
「確かに、ラクーナのことは分かってもらわないとだな……って」
彼はディノヒューモンの言葉になにかを思い出したように立ち上がると、その竜神に向けて右手を差し出した。
「ニンゲン呼びはそこまで! 俺はリュウタロー・ウィリアムズだ!」
「リュウタロー、リュウタローか! よろしくたのむ」
「おう、よろしくな!」
古代境に夕日が差す。橙色の光に照らされて握手を交わす1人と1体を、ダイナモンは見下ろす。
「まったく……自分で思っている以上にヒーローだよ、お前さんは」
古竜が小さく呟いたその言葉は、誰の耳にも入ることなく、砂交じりの風に吹かれていった。
To Be Continued.