DIGIMON LIBERATOR

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novel

DEBUG.20

 クロスコネクティアの北端。雪に包まれた山々の連なりが視界を埋め尽くすその地を、輝月涼音は訪れていた。
 ラクーナには寒冷地を模したエリアはなく、肌を刺すような冷気が新鮮ですらある。日ごろ氷雪型 デジモンと共にカードバトルをしている涼音でなければ、もっと寒がっていたかも知れない。

 ……けれど、今は周りの視線の方がずっと痛いわね。

 涼音はため息をつく。彼女とパートナーのユキダルモンは、西洋風の屋敷を模した建物、その広間の真ん中に立たされていた。周囲には多くのデジモンたちが集まり、彼女たちから距離を置きつつも、その一挙手一投足を物珍しそうに見つめている。
 ミスティモンたちから逃れた涼音とユキダルモンは、追っ手をまくように北へと進むうち、この雪山へたどり着いた。険しい山々を前に引き返すという選択肢もあったが、自分たち以上にこの地域での探索をうまく進められる者はいない、と判断した涼音は雪山登山を決行。一寸先も見えないような吹雪の中での行軍の末に、尾根に隠れるようにしてこぢんまりとたたずむ集落を発見したのだった。
 クールボーイの行方について聞けるかもと村を囲む塀の門を叩いた彼女たちは、衛兵のアイスモンたちに囲まれて、領主のものとおぼしきこの屋敷に通され、村のデジモンたちから奇異の視線を注がれているというわけだ。

 ここに住んでいるのは獣のデジモンが中心のようだった。中にはワニャモンやユキミボタモンといった幼年期もおり、ずいぶんみすぼらしく見える体を震わしながら、恐怖と好奇が入り混じった視線を涼音に注いでいる。彼女をその視線から守るように大きな体で立ちはだかりながら、ユキダルモンはちらりと視線を落とす。

「スズネ、大丈夫?」
「ええ、居心地は悪いけれど、あなたがいるもの。それより、ここの領主との対話が楽しみだわ」
「ミスティモンみたいなヤツだったら……」
「もしそうなら、もっと乱暴に捕らえられているでしょう。今の私たちは警戒されつつも一応客人の扱いだわ。周りのデジモンたちも、私たちを敵視しているというより、物珍しがっている感じだしね」
「だからって、あんなに見なくたってさー」

 ユキダルモンが不満げに声を漏らすのと同時に、広間の奥の扉が開いた。次いで荒々しい足音が広間の冷たい空気を揺らす。

「お前ら、なにをしている! じろじろと、客人に失礼だろう!」

 筋骨隆々の体に、白銀色に輝く豊かなたてがみ。レオモンとよく似た姿の完全体デジモン──パンジャモンだ。
 びりびりと響く胴間声に、集落のデジモンたちはひそひそ話をぴたりとやめ、おずおずと広間をあとにした。残された涼音とユキダルモンに、パンジャモンは頭を下げる。

「オレの村の者たちがすまない。ニンゲンを見るのは初めてで、皆混乱しているんだ」
「ええ、分かっているわ。パンジャモン。丁重な扱いに感謝します」

 涼音が頭を下げてみせると、パンジャモンはゆっくりと席に着き、彼女の目をじっと見詰めた。

「さて、用件を聞こうか、客人」

DIGIMON LIBERATOR SIDE STORY
DEBUG.20 理由‐前編

「ふむ、大体のところは分かった」

 パンジャモンは右手でたてがみをなでつけながら、涼音の説明を口の中で何度も繰り返す。

「この世界に閉じ込められた仲間を探すためにやってきた、と」
「ええ。それに加え、ミスティモンたちにとらわれた仲間を助けなければいけないわ」
「ミスティモン、か」

 パンジャモンは不快そうに唇を歪める。

「口では威勢の良いことを行っているが、陰険な臆病者だ。奴に捕らえられたとするなら、ああ、お前の仲間はまだ生きているだろうさ」
「ミスティモンを知っているのね? それなら──」
「──悪いが、なにも言うことはできない。出て行ってくれ」

 パンジャモンが発した予想外の言葉に、ユキダルモンが声を上げる。

「えー、教えてくれる流れだったじゃない!」
「すまないな、しかし、ミスティモンと対立しているというのなら、お前たちはここにいるべきではない」
「あなたも、彼の仲間なの?」
「まさか。だが……」

 そこでパンジャモンは口をつぐみ、冬の眩しい日光を取り込んでいる窓に目を向けた。涼音が釣られて外を見れば、先ほどまで彼女に奇異の視線を向けていた村のデジモンたちが、なにか木箱のような物を運んでいるのが目に入る。

「あれは……?」
「ダルフォモンへの供物だ。まもなく“守護者”どもが取りに来るからな」
「ダルフォモン?」

 ミスティモンが自分たちを前に放ったのと同じ名前に涼音は思わず食い付く。

「どういうこと? ダルフォモンはあなたたちにとって、神のような存在なのかしら」
「……」
「教えて、パンジャモン」
「……オレにとってアレはただ、この世界の初めからあったものだ」
「クロスコネクティアの……初めから?」

 疑問府を浮かべる涼音に、パンジャモンは苦虫をかみつぶしたような顔で頷く。


「そうだ。それを神と呼ぶのかも、オレには分からん。だが、“守護者”どもはそう考えている。そして奴らはこの自分たちの手が及ぶ地域から、ダルフォモンへの供物を取り立てているのさ」
「それと引き替えに、ダルフォモンはなにをしてくれるというの?」
「なにも? そもそも昔は供物の取り立てなど行われていなかった。あのミスティモンが始めたことさ。本当に資源がダルフォモンに捧げられているのかも怪しいものだ」

 涼音はもう一度窓の外を見渡す。雪に覆われた村は荒涼としていて、豊かな暮らしをしているとは思えない。周囲の環境からしても、さきほどのみすぼらしいデジモンたちのようすからしても、ここでそう多くの資源が取れるとは思えなかった。

「そんな、断ることはできないの?」

 ユキダルモンの言葉にパンジャモンは首を振る。

「“守護者”どもは数が多い。連中がその気になれば、物量であっという間に押しつぶされてしまうさ」
「そんな……」
「分かったろう。“守護者”どもに、オレたちがニンゲンを匿っていたなんて思われたら一大事なんだ。さっさと出て行ってくれ」
「あ! それならさー、あたしたちが──」

 自分たちが戦って“守護者”を追い払う。そう言おうとしたユキダルモンを、スズネが遮った。

「分かった。出ていくわ。悪かったわね」
「え、スズネ──」
「いいの。ユキダルモン、行きましょう」

 納得がいかない様子のユキダルモンを制止し、涼音はもう一度頭を下げた。

「手間をかけたわね。パンジャモン。難しい立場のところを、しっかり説明してくれてありがとう」
「……帰りは裏門を使え。頼むから村のそばで“守護者”と鉢合わせてくれるなよ」
「ありがとう。なにからなにまで」

 涼音は淡々とそう言うと、踵を返して屋敷を出ていく。ユキダルモンは不満そうにしながらもぺこりとパンジャモンに頭を下げて、彼女の後を追った。

「さて、これでよーし、と」
「ありがとう。ポーラーベアモン」
「えへへー、こういうのは得意技だからねー」

 パンジャモンの村からすこし離れた雪山。その一角にこんもりと積まれた雪の中から涼音は顔を出す。今夜の仮住まいとして、ユキダルモンが進化した完全体であるポーラーベアモンが作ったかまくらだ。その中は予想以上に温かく、一日の行軍の疲れがしみだしてくるのを感じる。
 一時期は相当なものだった吹雪は去り、今は冷たい灰色の空を見上げることができる。雄大な山々を見下ろせば、先ほど後にしたパンジャモンの集落が見えた。門の前にキャラバンのような一行が止まっている。あれが供物を取り立てに来た“守護者”たちなのだろう。
 彼女がそちらに視線を注いでいることに気づいたのか、ポーラーベアモンは彼女の顔をのぞき込んだ。

「スズネ、あの時どうして止めたのさー」
「なんのこと?」
「分かってるくせにー。あたしだったら、究極体であれくらい簡単にやっつけられたよ?」
「……それでもダメ」

 涼音は息をつく。

「パンジャモンたちの生き方がそうであるように、“守護者”のデジモンたちもまた、この世界で生きているデジモンたちよ。どちらの生き方も尊重されるべきで、外からやって来た私たちがどちらかに肩入れするわけにはいかない」
「……それは、そうだけどさ」
「それに、私たちにはラクーナのため、優先するべき使命があるわ。端的に言えば、彼らを助けるのは、私たちの仕事じゃないの」
「……」

 ポーラーベアモンは不満そうに涼音の隣に座り込む。彼女の説明自体よりも、彼女があえて非情にふるまおうとしていることの方が気に入らなかった。

「スズネー、あんまり一人で抱え込まないでって、前に言ったよね」
「なにも抱え込んでなんかないわ。大丈夫よ」
「うそ、この世界に来てからずーっと、浮かない顔してるもの」
「……無理もないでしょう。旦那と私の仕事が丸ごとなくなるかもしれないという時だもの」
「それもあるけどー、そうじゃなくて」

 そこまでいって、ポーラーベアモンはそのくりくりとした瞳で彼女をじっと見つめる。

「……スズネが気にしてもしかたないよー。アンチェインのことはさ」
「ええ、分かってる」
「分かってない。なにかできたんじゃないかって、ずっと考えてる風だもの」
「……」

 図星だ。涼音は沈黙するしかできなかった。
 涼音はアンチェインの動向をかねてから怪しんでいた。しかし、GMでもないデバッグチームの一員としてできることは限られている。
 さりげなく周囲に自分の疑心を伝えたり、チーム内にアンチェインのコントロールできない要素を作れるように立ちまわってきたつもりではあったが、結局のところアンチェインの企みは彼女がチームに加わるずっと前から張り巡らされたもので、どうすることもできなかった。それでも、「自分になにかできていたら」という気持ちは消えない。

 それにしても、アンチェインはどこまでを計画していたのだろう。災禍の皇帝竜によるラクーナの襲撃、風真照人よる謎の力「オルタライド」の発現すら、その手のひらの上なのだろうか?
 クールボーイにしてもそうだ。姚青嵐の話によれば、彼はアンチェインの動きを予期したうえで立ち回っていたという。だからこそ今、デバッグチームは彼を追跡してクロスコネクティアに来れているのだ。
でも、それならこんな状況になる前に手を打てなかったのだろうか。それとも、この先に、現在の盤面とトレードしても防がなければいけない、恐 ろしいなにかが待ち受けているのか。そもそも、クールボーイがアンチェインの手を読み切れているとどうして言えるのだろう。

「……大丈夫よ、本当に。」

 涼音は微笑む。自分たちが、クールボーイとアンチェインという2つの規格外の頭脳によって繰り広げられるゲームの駒に過ぎない、という考えは彼女を憂鬱にさせた。
 それでも、目の前にはやらなくてはいけないことが山積みになっている。駒として100パーセントの動きをすることが、今の自分にできる最大にして唯一のことだった。

 ……そう、回り道なら、もうしすぎているくらいなのよ。

 アルテアが連れ去られ、捜索対象が一人増えたことは大きな痛手だ。
優秀なアルテアのことだ。連れ去られた先でなにがしかの成果を上げている可能性もある。それでも、いざという時は、彼を置いてこの世界から退却をする判断をしなければいけないだろう。
 その決断を下すのは自分でなければいけない。アルテアを助けるために攻撃しようとするリュウタローたちを止めたのは自分だから。優しいユウキや、まだ幼いサイキヨに、それを背負わせるべきではないから。
 底冷えするような寒さに、涼音は思わず手をすり合わせる。正しい答えをどれだけ頭の中で唱えてみても、ちっとも気分は晴れなかった。

 爆音がした。その音に涼音の意識は一息に現実に引き戻される。ポーラーベアモンが咄嗟に彼女をかばうように覆いかぶさる。

「──! 今のは……」
「大丈夫、こっちじゃない。……涼音、あれ見て」

 ポーラーベアモンが指したのは、パンジャモンの集落だった。静かだった冬の空気を震わせるような獣の咆哮と共に、一部の家から煙が上がっている。

「“守護者”と戦いになったの? どうして!?」
「私たちの存在がバレたから、というわけではなさそうよね」
「スズネ、パンジャモンを助けに行かなきゃ!」

 動揺するポーラーベアモンの横で、涼音はあくまで冷静だった。

「いいえ、行かないわ」
「そんな、まだ強情張るつもりー?」
「さっきも言ったでしょう。これも彼らの営みのうち、私たちに善悪を判断する権利はない。戦いが終わった後に“守護者”の後を追いましょう。彼らの拠点が見つけられるかも」
「……」
「気に入らないなら、あなた一人で行ってくればいい。それを止める権利も、私にはないわ」

 涼音とポーラーベアモンは少しの間睨みあう。やがてポーラーベアモンがため息をついて、彼女の隣にどすんと腰を下ろした。

「……行かないのかしら」
「行かなーい。だって──」

 頬を膨らましながら、ポーラーベアモンは戦いが始まっていると思しき村をまっすぐに見つめている。

「──それじゃスズネが戦うって決めたときに、そばにいれないじゃんかー」
「……」
「権利とか使命とか、あたしにはよくわかんないよ。でもさー、スズネがほんとにやらなきゃ! と思った時には、難しいことなんか無視してもいいんだよ。じゃないと」
「じゃないと?」
「きっと、ずっと後悔するよ」

 ポーラーベアモンの言葉に涼音は俯く。自分たちの立場、ラクーナを救うという使命、こちらを見ていたデジモンたちの顔。色んなものが頭を駆け巡る。

 考えて、考えて、考えて、涼音は考えるのをやめて、その目を開いた。

 To Be Continued.

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