DIGIMON LIBERATOR

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novel

DEBUG.21

「おい! 家には近づくな。小さなデジモンたちが怖がるだろう」

 村の入り口、居並ぶ“守護者”の一隊に向けて、パンジャモンが鋭い声を飛ばす。
 しかし、怒気をはらんだその言葉にも、青い体色の鬼人──隊のリーダーを務めているヒョーガモンはどこ吹く風だった。

「あん? その口の利き方はなんだよ。敬意が足りないんじゃねーか」
「……」

 その言葉に、パンジャモンは屈辱に顔をゆがめながら、頭を下げる。

「……失礼した」
「おおうおう、分かってきたじゃねーか! 昔はどんだけ強かったか知らないけどよ。こんな田舎のオッサンに威張られちゃたまったもんじゃねーっつーの!」

 ヒョーガモンがそういえば、周囲を取り巻く部下たち──ゴリモンやスノーゴブリモンたちからも笑い声が上がる。

「んで、今回分の供物、きっちり用意してんだろーな」
「……ああ、確認してくれ」

 ヒョーガモンが顎で指示を飛ばせば、部下と思しきデジモンたちが荷物を確認する。村の生活を切り詰めてなんとか捻出した供物を改める“守護者”のデジモンたちを、近くの家々の窓から、村のデジモンたちが恨めしげに除いていた。

 やがて一体のスノーゴブリモンが荷物から離れ、ヒョーガモンに耳打ちをする。それを聞いたヒョーガモンは、わざとらしく、手に持つ氷の棍棒を地面にたたきつけた。

「おいおいおい! 足りねえじゃねえか!」
「なに……!?」

 パンジャモンの顔色が変わる、先ほどまでは確かに規定量がそろっていた。村の誰かが耐えられずに盗んだのかと目の端で荷物の数を数えるが、変化はない。

「バカな。確かにそろっているだろう。ミスティモンが決めた月ごとの供物の量ぴったりだ」
「ぴったり、じゃ足りねーだろお? 俺たちの取り分はどうしたんだよ!」
「なにを……」

 呆然とするパンジャモンの前で、ヒョーガモンは横柄な態度で氷の棍棒を振る。

「本来さ、供物ってのはお前たちが自分でダルフォモン様に捧げにこなきゃいけないもんなわけ。それを余裕がないとか罰当たりなことを抜かすもんだから、このヒョーガモン様がこんな山奥まで取りに来てんじゃねえか。それならさあ、手数料のひとつも渡すのが、礼儀ってもんなんじゃねえのか?」
「……」
「まあ別にいいぜ? 領主サマが出さねえってんなら、今から一軒一軒回って、無理やりにでも取り立てるだけだ!」

 その言葉に、パンジャモンのたてがみが一気に逆立つ。その筋肉質な体にぎゅっと力がこもり、触れたもの全てを凍り付かせるような殺気を帯びる。

「……今のは、笑えない冗談だな」
「おいおい、俺を倒すか? お前ならできるだろうけどよ、さっきの時間でウチの部下を村のあちこちに配置した。そっちに犠牲が出るのが先だろうなあ」
「……!」

 その言葉に、パンジャモンは目を大きく見開き、やがて身にまとっていた殺気を解いた。

「話が早くて助かるぜ、オッサン!」

 それに満足したように、ヒョーガモンは手に持った氷の棍棒を振り上げると、パンジャモンを思い切り殴りつけた。

「ぐっ……」
「おいおい、あんまり睨むなよ。反乱分子としてミスティモン様に報告しちまうぞ」
「……このことを、ミスティモンは承知しているのか」
「知るわけねーよ。あの方は考えなきゃいけねーことが多すぎんだ。だからこうして俺たちが、話を単純にしてあげてるってワケ」
「貴様……」
「さて、もう一発──」

 ヒョーガモンが再び棍棒を振り上げた時だった。

「フォックスファイアー!」

 その青い巨体の足元に、青白く輝く炎が当たる。そこには、ガルルモンやモジャモン──村の成熟期デジモンたちが集まっていた。

「パンジャモン様! もうたくさんだ。こんな奴らに頭を下げる必要はない!」
「俺たちも一緒に戦います」
「てめえら……」

 ヒョーガモンはそこに集まったデジモンたちを苦々しげに見て──。
 ──やがて、にやりと笑った。その表情を見た瞬間に、パンジャモンは全てを理解し、叫ぶ。

「やめろお前ら、手を出すな。これが奴らの目的──」
「もう遅えよ! おいお前ら!」

 ヒョーガモンは部下に向けて声を張り上げる。

「今の攻撃見てたな? ダルフォモン様の名のもとに戦う俺たち“守護者”への反逆だ。容赦する必要はねえ。この村のやつら、一体残らずやっちまえ!」

 それに呼応して雄たけびが上がる。負けじと、村のデジモンたちも怒号を上げる。それを見届けて、ヒョーガモンはパンジャモンに行った。

「こうなったらもう止められねえ。村のやつらじゃ俺たちとの数の差は埋められねえ。お前はここじゃ死なねえかも知らねえが、反逆分子の長として処刑されることになるさ」
「……そして、お前は戦いの功労者として甘い汁を吸う、か。卑怯者め」
「あまり褒めるなよ」
「だが、一つ大事なところが抜けている」

 パンジャモンは立ち上がった。その顔に浮かんだ怒りの表情に、ヒョーガモンは一瞬たじろぐ。

「こんなことをしでかしたお前が、俺のそばにいて、生きて帰れると思うのか?」
「っ! ただの臆病者のオッサンだろ! スノーゴブリモン、どっかから人質を……」
「遅い」
「ひっ!?」

 一瞬でヒョーガモンに迫り、パンジャモンはこぶしを振り上げ、その顔めがけて迷いなく──。

「待ちなさい」

 どこからか女性の声が聞こえ、パンジャモンは思わず動きを止める。

「あなたが彼らの思い通りになる必要はないわ──スカーディモン」
「うん! スノースワッター!」

 そんな言葉が響くと同時に、周囲の雪が盛り上がり、ぼこりと雪でできた大きな手が飛び出す。

「うわ! なんだこいつ……うわー!」

 そう叫ぶヒョーガモンを雪の手は掴むと、そのまま村の外へと放り出した。

「これは……なんだ?」
 パンジャモンが見渡せば、周囲でも同じことが起こっていた。その手は村中の戦いを諫めるように“守護者”のデジモンと村のデジモンの間に立ちふさがり、“守護者”のデジモンを村の外へと運んでいく。
 そうしてヒョーガモンたちが村から追い出された直後だった。村のデジモンの一体が空を見上げ、あ、と声を上げる。
 村の上空に、青みを帯びた氷の結晶があった。それは空から降る雪をとりこんで、だんだんと大きくなっていく。村全体を守るように、ドーム状に広がっていく。

「これ、なに?」
「俺たちを守ってくれてるのか?」
「ね、さっきどこからか声聞こえたよね!」
「うん。きっとあの声が助けてくれたんだ」
「女神さまだ! きっとそうだよ!」

 そんなささやきが、村に広がっていく。パンジャモンは驚きをその顔に浮かべ、しんしんと降る雪を眺めていた。

DIGIMON LIBERATOR SIDE STORY
DEBUG.21 理由‐後編

「女神さま、だってさ! 照れちゃうよね」
「まったく、あまり大げさなことになるのは避けたかったのに」
「えー、でもあの状況から誰も死なないようにするにはアレしかなかったし……それにスズネも好きだったでしょ? 目立つの」
「まあ、ね」

 翌朝、涼音は高台のかまくらから村を見下ろした。デジタルワールドのどこかにある雪の小国「スルムヘイム」。それを覆っているというドームにそっくりな氷のドームはすっかり完成している。彼女はほっと息をついて、隣にいるユキダルモンの究極体──スカーディモンに目を向ける。

「ありがとう、スカーディモン」
「んー? 作戦考えたのはスズネじゃーん」
「そうじゃなくて、一緒に戦ってくれて」

 そのことばに、スカーディモンはにこりと笑った。

「ふふー。言ったでしょ? スズネにはあたしがいるよー、って」

 その言葉に、涼音も肩から荷が下りたように、すっきりとした表情で笑みを浮かべる。
 と、背後で雪を踏みしめる音がして、彼女は振り返る。そこにはパンジャモンが立って、彼女と、隣のスカーディモンのことをどこか眩しそうに見つめていた。

「ここにいたか」
「……パンジャモン」

 涼音は一歩前に進み出ると、深く頭を下げる。

「ごめんなさい。手出しをするべきではないと分かっていたのだけれど、どうしても、ただ見てばかりはいられなかったの」

 謝罪を受け、パンジャモンは慌てたように首を振る。

「頭を上げてくれ。こっちは礼を言いに来たんだ。……村の皆を、血なまぐさい戦いに巻き込まないでくれてありがとう。ヒョーガモンたちは帰ったよ」
「また来ることがあっても大丈夫だよー! あたしのドームは頑丈だからねー。ここくらい寒いところなら溶けることもないし、完全体の攻撃程度ならびくともしない、よ!」
「そうか……なにからなにまで、ありがとう」

 お返しとばかりに深いお辞儀をするパンジャモンに、涼音は首を振る。

「本当に気にしないで。私たちはしたいことをしただけ。それに……おかげで私も、見つけられたものがあるから」
「そうか……」

 パンジャモンはその恐ろしい獣の顔に柔和な表情を浮かべ、それからなにかを思い出したように話を切り出した。

「そういえば、お前たちはこの世界に来たばかりだったな」
「ええ。それが?」
「それなら、ここ最近の天変地異のことは知っておいた方がいい」
「天変地異?」

 思ってもみなかった言葉に、涼音は思わず顔を上げる。

「ああ、地震や気候の変化で、どこのデジモンたちも苦しい生活を強いられているんだ。実際のところ、ミスティモンがダルフォモンへの供物を集めだしたのは、天変地異を収めるためだともっぱらの噂だ。あいつはダルフォモンへの信仰が、昔からあつかったから」
「やっぱり、知り合いなのね」
「ああ、昔、ジエスモンというデジモンの元で、共にダルフォモンを守っていた」

 ジエスモン、ユウキの報告の中に上がっていたデジモンだ。クロスコネクティアでダルフォモンを守っていたらしいが“機械のようなデジモン”からダルフォモンを守る戦いの中でラクーナへと転移してしまったという。

「ジエスモンの後で、ミスティモンをリーダーに推す声が大きかったんだが、オレはアイツのやり方についていけなくてな。僻地まできて、現地のデジモンたちをまとめてたんだ。あのヒョーガモンは、それが気に入らなかったんだろうな」
「そう……」

 パンジャモンの説明をかみ砕きながら、涼音は肝心な点を問いただした。

「ねえ、あなたは、ダルフォモンがその天変地異の原因だと思う?」
「どうだろう。オレが仕えていたころのダルフォモンは、そういう感じじゃなかった」
「どういう感じ?」
「自分から手を下して、世界をどうこうしようってデジモンには思えなかった。どちらかといえば、すべてあるがまま、って感じでな。だから、ダルフォモンがなにかをしてるってことはないと思う。どちらかといえば──」

 そこで少し言葉を切り、パンジャモンは声を落とした。

「どちらかと言えば、世界そのものが、限界なんじゃないかって、オレは時々考える」
「“クロスコネクティア”が?」
「ああ、世界だって古くなる。もう、この世界は壊れるところなんじゃないか? あくまでオレの感覚、だがな」
「……世界が、壊れる」

 その言葉の重みを、涼音は口の中で何度もかみしめる。そして、顔を上げた。

「……ねえ、パンジャモン。これはもしもの話と思って聞いてほしいんだけど。──私たちはこの世界のデジモンを、ゆくゆくは別の世界へ案内したいと思っているの」
「なに?」

 現状放置状態にあるクロスコネクティアのデジモンたちを、いずれはラクーナに迎え入れる。それは彼女の夫とクールボーイが語っていた話。普段の彼女なら決して無責任には口にしない希望だ。

「そこはクロスコネクティアよりもずっと広くて、私たちみたいな人間も、デジモンもたくさんいる世界。もしそこにみんなを連れていく時が来たら……手伝ってくれるかしら」

 パンジャモンはその言葉に大きく目を見開いた。

「もし世界が壊れてしまうのなら、その言葉は確かに希望だな。ただ……じっくり考えるよ。なにがみんなのためなのか」
「思慮深いリーダーね。パンジャモン。あなたを尊敬するわ。さようなら」
「村のみんなにもよろしく」

 心の底からの言葉を伝えると、涼音は別れの言葉を告げ、踵を返す。その背中に、パンジャモンは声をかけた。

「待て、ニンゲン。最後に名前を聞かせてくれ」
「名前?」

 その言葉に、涼音は優雅な仕草で振り返ると、いつもの完璧な笑みを浮かべた

「涼音。輝月涼音よ。こっちはスカーディモン」
「ふふー、またねー」
「ああ、またな」

 パンジャモンは、凛とした様子で去る2つの影を、それが雪原の果てに消えるまで見つめていた。

「スカーディモン」
「なにー?」
「いつもの、お願い」
「いいよー」

 その言葉と同時にスカーディモンは光に包まれ、ユキダルモンへと退化する。そして涼音を持ち上げると、優しく自分の肩に乗せた。

「ああ、やっぱり楽だわ」
「今日もたくさん移動するからね。今のうちにゆっくりやすみなよー」
「いつもありがとう。ユキダルモン」
「うん。今日もがんばろーね」
「……」
「スズネ?」

 返事がないことを不思議に思いユキダルモンが肩をみれば、涼音はユキダルモンにもたれかかったまま、すうすうと寝息を立てていた。糸が切れたように眠るその顔は、いつもの隙のない様子とは裏腹に、少女のようなあどけなさすらたたえている。

「スズネは、いつも頑張ってるよー」

 ユキダルモンは小さくそう呟くと、彼女を起こさないように少しだけ歩調を緩める。
 見渡す限りの雪原に、一体分だけれど、一人と一体分の重みがこもった足跡が続いていた。

 To Be Continued.

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