DIGIMON LIBERATOR

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novel

DEBUG.23-1

 クロスコネクティアの一角、マシーン型デジモンたちが住まう街。

 密林や渓谷、雪に包まれた高山などが大半を占めるクロスコネクティアにおいて、異質な街。けれどこの地を訪れた旅人たちが、そんな風景に世界との不調和を感じることはまずなかった。

 デジモンたちが何代もかけて作り上げたブリキのツギハギは、ジャングルに伸びるツタや砂漠にぽつんと立ち並ぶサボテンと同じように有機的で、不規則だった。その街では、確かに、鉄が、錆が、機械油が、“自然”なのだ。

 そして今、油の匂いが混じったその空気を、少女の歓声が震わせる。

「リュウさん! それに涼音さんも!」
「おう! やっと合流できたな!」
「無事でよかったわ、ユウキちゃん」

 笑顔で大きく手を振るデバッグチームの一員──ユウキに、同じくチームメイトのリュウタロー・ウィリアムズと輝月涼音は笑顔を返す。その後ろにはパートナーのユキダルモンとティラノモンもいて、数日間の旅の果ての再会を喜んでいた。

「よかったー! 最初みんながいなかっただけでやばみざわ! って感じだったのに、バラバラにされたって聞いた時は、がちで終わったと思ったよ!」
「でも、こうして会えた。ユウキちゃんの名案のおかげね」
「大音量のロックフェスで居場所を伝えるなんて、サイコーだったぜ!」
「……アレ、マジで効果あったのな」

 涼音たちに褒められて照れくさそうにしているユウキの隣で、パートナーのインプモンはため息をつく。

 クロスコネクティア中に散らばった仲間たちに集合の号令をかけるための一世一代のロックフェス。奇抜と言えば聞こえはいいが、インプモンに言わせれば、メチャクチャな作戦だったと言わざるをえない。

 しかし、結果としてチームは集合した。インプモンとしては、チームメイトと無事に合流できた安心感が半分、失敗して泣きべそをかくユウキに「そらみたか」と言う機会を失った残念さが半分と言ったところだ。かくいうインプモン自身も、ノリノリでフェスに参加していたのだが。

「リュウタローさん、涼音さんも、あんまりユウキをおだてないでよ」

 そんなことを言いながら、建物の影から眼鏡の少年──サイキヨが現れる。

「サイキヨ、先に合流してたのか!」
「うん、リュウタローさんたちより少し早く着いたんだ」
「たまたま近くだったんだよね! ……ってかシショー、おだてるなってどういうことよ!? 自分で言うのもなんだけど、ユウキちゃん大活躍だったと思うんですが!」

 そう言うユウキに肩を揺さぶられながら、サイキヨは眼鏡をくいと持ち上げる。インプモンは彼の言葉に何度も頷きながら、そーだそーだ、ユウキが調子乗って苦労するのは自分なんだぞとか、そういうことをごにょごにょと呟いた。

「事実だろ。結果的にうまくいったからいいものの、敵に先に気づかれる可能性もあった」

「そうそう、キヨちゃんはユウキちゃんが心配だったんよ」
「……ファンビーモン、余計なことを言わないでくれ」
「り! そういうことね! ファンビーモン、教えてくれてありがと!」
「いや、ユウキ、僕は別に……」

 相棒であるファンビーモンに茶々を入れられ、サイキヨは眼鏡を持ち上げた手の置き場をなくしたように硬直する。インプモンにも見慣れたいつも通りのやりとり、でも今、1人と1体の間には、これまで以上にゆるぎない親密さがあるように感じられた。

「いやーユウキもインプモンも、遠くから聞いただけだが、マジでいい歌だったぜ!」
「でしょでしょー! リュウさんわかってるう!」
「──でもなにより、あの状況から全員無事だったことがマジで立派だ。なあ、ティラノモン!」
「ああ、フタを開けてみれば、一番無茶したのはお前さんだったらしいな、リュウ」
「…… その話はもう謝ったろ?」
「いいや、お前さんの無謀はあの程度の説教では済まん。任務が終わったら、改めて話をするぞ」
「……リュウタロー、一体何したんだよ」
「い、いや、これはだな……」

 インプモンの素朴な問いに、リュウタローはたじたじになって頭を掻くばかり。隣でティラノモンがむすっとした調子で鼻息を鳴らすのをみるに、相当こってりしぼられたらしい。

「……ユキダルモン」
「ん-? どうしたの、スズネ?」
「なんだか、みんなたくましくなったわね」
「ふふー、そう見える?」

 背後から、涼音とユキダルモンのやり取りが聞こえる。オトナな1人と1体のどこか達観したようなやり取り。しかし、いつもお堅い保護者役の涼音の声が心なしか弾んでいることに、インプモンは気付いた。当然それは相棒のユキダルモンにも伝わるものだったらしく、その声がうれしそうな色を帯びる。

「それはもしかして、スズネの方が変わったんじゃない?」
「……そう、なのかもね」

 ええ、きっとそう。と涼音は楽しそうに呟く。

「こんなに胸が高鳴るのは、久しぶりだわ」

 そんな会話を交わす仲間たちを見渡し、インプモンはため息をつく。

「……ンだよ」
「どしたのインプモン?」

 ああ、まただ。自分のため息は、いつだってやかましい相棒に聞き取られてしまう。

「別に、ただ──どいつもこいつもロックだなって思っただけだ」
「え、なにそれ! すべりぐ、ってコト?」
「全然違う!」

 そうか、これが“すべりぐ”か。自分の感情をいつもの変なコトバにされたことに怒りながらも、インプモンは内心頷いた。

DIGIMON LIBERATOR SIDE STORY
DEBUG.23-1 決意‐前編

「えー! みんなそんな目に遭ってたの!?」

 街の一角、ユウキに協力しているリベリモンの住居の一室。インプモンの隣でユウキが声を上げた。これまで仲間たちが経験した、三者三様の苦難に満ちた冒険譚、普通は同情交じりにその苦労をねぎらうところだが──。

「がち楽しそうなんだけど、うらやま!」

 ──ユウキは本心から羨ましいといった顔で全員の顔を見回した。インプモンよりも先に、サイキヨが呆れ顔でため息をつく。

「……僕たちの苦労を聞いて、よくそんな感想が出るね」
「だって、いろんなデジモンたちと会ったんでしょ? そんなの最高じゃん!」
「ああ、最高だったぜ! 最初はみんなミスティモンみたいに人間嫌いなのかと思ってビビったけどな」
「ええ、人間を敵とみなしているのはミスティモンたち“守護者”一派だけのようね。逆に言えば、そこさえどうにかできれば、クールボーイさん救出の障害はほぼなくなる」
「“守護者”……」

 ユウキは涼音の言葉を小さく復唱し、4人の中央にマップを展開した。

「観来さんも、ミスティモンのいる場所のことを教えてくれたよ」
「……私たちの記憶と照らし合わせても、正確なマップだわ。さすが観来ちゃんね」
「涼音さんは、観来さんと面識あるんだっけ」
「ええ、立場上、ね。彼女の働きなら間違いない。確かにこの場所に、ミスティモンたちがいるんでしょう」

 その言葉に、インプモンはその地図の一点を見詰めた。現在いる街のほど近くにある森、その奥深くにミスティモンたち“守護者”の砦があると、観来のマップは示していた。

「クロスコネクティアはそう広い世界じゃない。このくらいの距離なら一日もたたずにつくな。道は悪いだろうが、ティラノモンたちの手を借りればいける」

 焦りがちにも聞こえるリュウタローの言葉の真意はインプモンにも分かった。救出対象のクールボーイ、そしてさらわれてしまったアルテア、ともに“守護者”のもとにいる可能性が高い。

 ミスティモンたちが人間を憎悪していることを考えれば、彼らにどれだけの時間が残されているかもわからない。現実の体ごと行方不明になっているクールボーイ、それに人工知能のアルテア、ともにデジタル空間での死が真の意味で命にかかわりかねない状況だ。

「アルテアにはエスピモンがいるだろ、滅多なことは起きねーんじゃねーの?」
「ええ、それでも、急ぐに越したことはないわ」

 普段なら焦るメンバーにストップをかける立場の涼音が同調したことも、事態のひっ迫を示していた。

「でも、ミスティモンと対峙して、僕たちはどうするんですか」

 サイキヨが浮かない口調で問う。最後の作戦会議で決めなければいけない一番の議題はそれだった。

「この世界には究極体はほとんどいないみたいだ。ファンビーモンたちが究極体に進化すればきっと勝てるし、そうでなくても、カードバトルに持ち込めば相手はなにもできない」
「……でもそれじゃ、侵略してきてる暴走NPCとおんなじやね」

 ファンビーモンと共にうつむいたサイキヨの前で、ユキダルモンがぽんと胸を叩く。

「あたしなら、デリートせずに相手を追い払えるよー。パンジャモンの村でやったみたいにさー」
「ダメよユキダルモン。最初の戦いの様子からして、相手の数は相当多い。手こずっているうちに人質になにをされるかわからないわ」
「むー」

 メンバーの間に沈黙が流れる。インプモンはこういう沈黙がキライだった。誰も何も思いつかなくて二の足を踏んでる感じがイライラして、とにかく何かをわめきたくなってしまう。

「あ、あのー」

 けれど今日は、インプモンの発作の前に、ユウキがおずおずと手を挙げた。

「話し合いで解決する、というのはダメなんでしょーか?」
「そりゃあ、それができれば一番だがな……」

 リュウタローも腕組みをする。

「ミスティモンたちの人間への憎しみは相当なもんだ。話し合いができるかどうか……」

 眉を寄せる彼に、しかしユウキは首をかしげる。

「ほんとにそうかな?」
「うん?」
「ミスティモンたちは怒ってるんだよね、怒って、憎んで、一生懸命になって私たちを追いかけてる」
「ああ、だから話し合いなんて……」
「一生懸命な子とは、話し合いができると思う!」

 ユウキの言葉に、リュウタローは思わず顔を上げる。

「ミスティモンはクールボーイさんにめちゃめちゃ怒ってるし、暴走NPCのことも私たちのせいだと思ってるんだよね。相当厳しいけど、厳しいのは“話し合うこと”じゃなくて“話し合う気になってもらうこと”の方!」
「……ユウキ」
「でもそれって、ちゃんと話して、誤解を解くことができれば、仲良くなれるかもしれないってコト! 私、ミスティモンとも仲良くなりたい! だって──」

 そう言って、ユウキは胸の前で拳を握り締める。

「──がちで怒るのは、がちで守りたいものがあるってことだから。そんな風に頑張れる子のこと、私はもっと知りたいって思う!」

 ユウキの言葉に虚を突かれたように、サイキヨたちは顔を見合わせる。そんな彼らに、ユウキの隣のインプモンは肩をすくめた。

「ユウキ、伝わってないぜ。いっつもフィーリングで喋ってるからこうなるんだよ」
「えー!? 私ヘンなこと言った?」
「……いいや、お前の言ってることはあってる」

 いつもならユウキの言葉をけだるそうに流すインプモンは、ユウキの代わりに伝えてやると言わんばかりにピンと指を立てた。

「要するにユウキはこう言いたいのさ──オマエら、なんでデジモンとの戦い方ばっか話してるんだよ? デバッグチームは、デジモンを助けるのも使命だったろ?」
「……!」

 リュウタローはインプモンの言葉に、こぶしを軽く打ち合わせた。

「その通りだな。俺たち、大事なことを忘れちまってたみたいだ」

 サイキヨも眼鏡を持ち上げ、リュウタローの言葉に同調する。

「もし話し合いで解決できる道があるなら、そこに至るまでがどんなに難しくても、諦めるべきじゃない、か。いいこと言うね、インプモン」
「へっ、まあな」
「ちょっと! 最初に言ったのは私なんですけど!」

 胸を張るインプモンに抗議するユウキに微笑みながら、涼音も軽くうなずく

「本気で怒るのは、本気で守りたいものがあるから、ね……。たしかにミスティモンたち“守護者”は相当必死になっている。暴走NPCへの対処に、最近の天変地異への対応……」
「あたしたちがその解決に協力できるってわかってもらえれば、仲直りもできるかもねー」
「でしょでしょ?」

 ユウキは上機嫌でビシッと天に人差し指を掲げる。

「じゃあ決まり! ミスティモンたちと話し合って、クールボーイさんもアルテアも解放してもらう! 難しいけど、私たちデバッグチームらしい作戦だ!」

 彼女のその言葉を聞き、インプモンは満足そうに頭の後ろで手を組む。そうそう、静かなだけよりも、こーゆー雰囲気の方がずっといい。

「んで、大体のところはまとまったのかよ」

 4人が一通り話し合ったころ、あくびをしながらインプモンが放った問いかけに、ユウキは自信満々に頷いた。

「うん! みんながまとめてくれた」
「自信満々に言うことじゃねーって」
「仕方ないじゃーん、ぶっちゃけ何話すかとか、実際に会ってみないとわかんないっしょ!」

 唇を尖らせるユウキに、涼音は苦笑する。

「それでも、何もないよりずっといいわ。みんなが集めてきた情報を総合して、この世界の状況が随分と見えてきた。きっとミスティモン相手にも、誠実に話せると思うわ」
「そゆこと! セージツさが大事なのだよインプモンくん」
「テキトーに乗っかりやがって」

 自慢気なユウキに呆れたようにインプモンは肩をすくめる。

「問題はまだ残ってるぜ、どーやってブチ切れてるミスティモンに聞く耳を持ってもらうんだよ? ユウキはどうせ何も考えてないからアテにすんなよ」
「ちょっとインプモン、決めつけないでもらえますかー」
「じゃあなんか名案あるのかよ?」
「……ノリ?」
「ほらな」
「なんでよー! いいじゃん、ノリ!」

 いつものようにギャーギャーと言い合いを始めたユウキとインプモンの前で、サイキヨ、リュウタロー、涼音はそれぞれのパートナーと視線を交わす、そして──。

「あのさ」
「俺に名案が」
「あるかもしれないわ」

 3人の声が重なり、インプモンとユウキは思わず顔を見合わせた。

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To Be Continued.

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