DIGIMON LIBERATOR

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novel

DEBUG.23-2

 クロスコネクティアの密林地帯の奥にある“守護者”の砦。その地下にある牢獄で、デバッグチームが誇る高性能AI──アルテアは、うっすらと発光しながら首をかしげた。

「きょうはずいぶんな騒ぎですね。どうしたんですか」
「いやー、悪いでげすね。きょうはみんな聞きに来るって譲らなくて」

 “守護者”の砦に捕らえられて数日、アルテアは砦内の潜入調査をパートナーのエスピモンに任せながら、看守のデジモンたちと会話をして過ごしてきた。

 情報収集の目的も一応はあったが、ほとんどはこの世界で暮らすデジモンたちへの興味からの会話で、相手の警戒心を煽るような質問は慎んだ。アルテアのそういう態度が幸いしたのか、あるいは人工知能である彼には心を開きやすかったのか、人間のことを敵視しているデジモンたちも彼とは気安く話してくれるようになった。厳格な性格のリーダー・ミスティモンがみていない範囲で、だが。

 それにしても、その日はデジモンたちの数が多かった。ミスティモンの副官であるベツモンを筆頭に、オーガモンやゴリモン、ゴブリモンといったデジモンたちが集まり、狭い地下牢の廊下はすでにぎゅうぎゅうになっている。

「みなさん、こんなところにいていいのですか。砦の警備があるのでは?」
「警備は怠ってないさ。誰が残るかで大げんかだ」
「だとしても、捕虜の元に大勢で会いに来ては、ミスティモンが黙ってはいないでしょう」

 アルテアの指摘に一体のゴブリモンが頷く。

「そりゃな。普段ならスゲー怒られるよ」
「でも、今はミスティモン様、忙しいから」
「ダルフォモン様への供物をちょろまかそうとした上に、村にいらん脅しをしたヒョーガモンがいたんでさ。今ごろカンカンで折檻してるにちがいないでげすね」
「なるほど、それで」

 ベツモンの説明にアルテアは得心したように頷く。

「しかし、ミスティモンの目がないと随分のびのびとした様子ですね。ミスティモンの下で働くのは辛いですか?」
「まさか!」

 少し突っ込んだ質問だったが、ベツモンからゴブリモンの一体に至るまで即座に首を振ったことにアルテアは驚いた。

「そりゃあ厳しいけど、悪く思うなんてあり得ないでげすよ」
「ミスティモン様がいなかったら、みんなバラバラだったから」
「頭が良くて、オレたちみたいなのとは話も合わねえのに、頑張ってリーダーをやってくれてるよ」
「そうですか……」

 数日の、敵同士としての交流では見えなかったミスティモンの意外な一面に、アルテアは考え事をするように顎を撫でる。しかし彼の思考は、すぐにデジモンたちの声でかき消されてしまった。

「なあアルテア、そういうことで、ミスティモン様が戻ってくるまで時間が無いんだ」
「そうでさ。一発、アツいの頼むでげすよ!」
「そう言われましても……」

 アルテアはわざとらしく首を振る。彼のある特技は、ベツモンを皮切りに、砦のデジモンたちの間で密かなブームになっていた。

「私の人工知能も無限の知識の泉ではありません。そう毎日、皆さんが喜ぶ言葉を言えるわけでもないですよ」
「そんな」
「あんまりにも、ひどいでげすよ!」
「思いつかないものはどうしようもありません、なにせ──長くこの“とりで”にひ“とりで”居たものですから」

 アルテアの言葉に、デジモンたちの間に一瞬沈黙が降りた。しかしすぐに、電流が走ったように彼らの耳がぴくりと動き、やがて地の底から沸き上がるような歓声が地下牢を満たす。

「うおおおお!」
「おい、今の聞いたか!」
「やっぱアルテア、アンタ最高でげすよ!」

 ……ユウキさんたちのライブにも負けない盛り上がりですね。

 電子頭脳の内側でそう独りごちるアルテアをよそに、最高潮の盛り上がりに達したデジモンたちから声があがる。

「もう一回。もう一回頼むぜ!」
「いえ、それは──」
「一回きりなんて、あんまりひどいでげすよ、アルテア!」
「いえ、私は何回言っても構わないのですが……皆さんは時間が無いのでは?」

 かつん、アルテアの言葉と同時に髙い靴音が地下牢に響き渡り、デジモンたちは静まり返る。おずおずと振り返れば、少し前からそこにいたらしいミスティモンが、腕を組んだままデジモンたちをねめつけるように見ていた。

「……ミ、ミスティモン様!?」
「こ、コレは決して、その決して、サボっていたわけでは」
「ホントでさ、あっしがこいつらに命じて、捕虜の尋問に──」

 とっさに部下をかばって言い訳をしようとしたベツモンの言葉は、ミスティモンの鋭い目に射貫かれて止まってしまう。このまま怒鳴り声の一つでも鳴り響くだろうと考えて、アルテアは聴覚センターの感度を少し下げた。

「……お前たち全員、ここから出ろ」

 しかし、口を開いたミスティモンが発したのは、予想外に穏やかな声だった。部下たちの瞳に驚きが浮かぶ。

「……へ? ミスティモン様?」
「なんだ、指示が聞こえなかったか」
「い、いえ! でも、ほんとにいいんで……?」
「何度も言わせるな。命令には一回で従え!」
「へ、へーいっ!」

 ミスティモンが鋭い声を上げれば、ベツモンを先頭に、デジモンたちはどやどやと地上への階段を駆け上がっていった。ひとりだけ残ったミスティモンに、アルテアは視線を向ける。

「部下への指導をしていたようですね。おつかれさまです」
「ベツモンたち、そんなことまで話したのか」

 吐き捨てるように言うと、ミスティモンは首を振る。

「私の監督不行き届きだ。捕虜の貴様が気にする話ではない」
「そうは言っても、“しどー”は、“しんどー”いでしょう」
「……」
「……」
「……今のは出来が悪いだろう。私にも分かる」
「バレましたか、忘れて下さい」

 そう言ってアルテアは、自分のメモリーから今の冷たい沈黙を削除した。スペシャルな人工知能は、自分のプライドを守ることもできるのだ。

DIGIMON LIBERATOR SIDE STORY
DEBUG.23-2 決意-2

「それで、アナタが直接来るなんて珍しいですね。なんの用です。ミスティモン」

 アルテアの問いかけに、魔法戦士は返事をせず、彼が閉じ込められた牢の鍵を明けると、扉を乱暴に開け放った。アルテアはすぐには反応することなく、その視線をキイキイとゆれる扉に向ける。

「どういう風の吹き回しですか。ミスティ──」

 ミスティモンはそれにも返事をすることなく、その手に携えた剣をアルテアに突き付けた。

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「一度しか聞かない。アルテア、貴様、我々の軍に入らないか」
「その質問は2度目ですね。お断りします」
「この剣が見えるだろう。命が惜しくないのか」

 その問いに、アルテアは、一応仕方なくといったふうに剣の切っ先に視線を落とす。

「私の仲間が、助けに来たんですね」
「……なんの話だ」

 ミスティモンの表情は変わらない。それでも、確信に満ちた口調でアルテアは語る。

「それ以外に、賢明なアナタがここまで焦る理由が思いつきません。私の仲間がこの砦にやって来るのを察知し、その前に私を仲間に引き入れようとした」

 ミスティモンはわざとらしく鼻で笑って見せる。しかし、その声色にはただ切実さだけがあった。

「なぜ私がそんなことをする? 貴様はニンゲンどもに対抗する貴重な人質だ。裏切らせてしまっては意味が無い」
「仲間が私を見捨てると、繰り返し言っていたのはアナタのはずですが」
「……」

 無言で、ミスティモンは刃をアルテアの喉元に近づける。それでも、アルテアは言葉を紡ぐことを少しもためらわなかった。

「アナタが焦る理由は推測がつきます」
「ほう? 私が焦っていると?」
「ええ。アナタは恐れている──仲間が助けに来て、私があなたたちの仲間になる可能性が完全になくなってしまうことを」

 その言葉に、ミスティモンの顔から、一瞬すべての表情が抜け落ちる。

 そして、魔法戦士の口からフッと息が漏れた。すぐにそれは、地下牢全体に響き渡るほどの哄笑に変わる。

「アルテア! 今のは貴様の放った中でもいっとう面白い冗談だったぞ!」
「……」
「私が貴様を惜しんでいると? どうして? 貴様が冗談を言える光る人形だからか? それとも、ニンゲンが浅はかにも作りあげた仮初めの知能だから?」
「どうして、アナタが私を惜しんでいるのか、ですか」

 今まで笑い顔を見せたことのなかったミスティモンの、あざけるような笑い。しかしアルテアは動じない。デバッグチームのパーフェクトな人工知能は、いつ何時でも、相手が投げかけた問いに答えをはじき出す。

「簡単ですよ──アナタが、優しいからです」
「──ハ」

 その答えに、ミスティモンの笑い声が、ぴたりとやんだ。

「自分にはまったく向いていない厳しい役回りを、森のデジモンたちのために引き受けるほどに優しいから。ダルフォモンだけでなく、すべてのデジモンの命を守るために砦を大きくするほどに優しいから」
「……」
「アナタは優しいんです。だからダルフォモンのお告げを誰にも話さなかった」
「──!」
「一人で背負い続けたんですね」

 アルテアが言いかけた言葉に、ミスティモンの体が一瞬、脅しではない、本物の殺気を帯びる。しかしそれはすぐに、動揺に塗りつぶされてしまった。

「なぜだ……なぜ、貴様がそれを!」
「……」
「答えろ! それを知っている者は、どうあっても生かしては──」
「無駄だと言っているでしょう」

 不意に、アルテアが今まで出したことのないほどきっぱりした声を放った。その勢いに、強力な完全体であるはずのミスティモンでさえ、一瞬身じろぎする。

「アナタには斬れません、ミスティモン。例えそれが憎い敵でも、心があるように見えるだけの人形でも、これほど近くで対話をした相手を、アナタに斬れるはずがない」
「……」
「アナタは賢明だ。今だって、私を斬ってからどうするかで頭がいっぱいでしょう? 私と話してあれほど楽しそうにしていたベツモンたちに、どうやって私の死を説明するかで、アナタの頭はいっぱいのはずです」
「……」
「それなら、もうやめましょう、ミスティモン」

 永遠にも似た沈黙が流れて、ミスティモンが刃を降ろす。そして──。

「──まったく、参ったな」

 魔法戦士は肩の荷を降ろしたように、へらりと笑った。

「参ったって、何にです」
「すべてにだよ、アルテア」

 毒気の抜けたような軽い口調で、ミスティモンはアルテアの名を呼ぶ。

「ジエスモンの後を自分に任じて、全く性に合っていない指揮官らしい物言いをして、この世界を守るため、辛い暮らしを送っているみんなから、厳しく供物まで取り立てたというのに、いざやってきた外敵に全部見抜かれるとはね」
「私たちは、敵ではありません」
「……いいや、敵だとも」

 アルテアの言葉に、ミスティモンは首を振る。

「例えどんな事情があったとしても、本心がどうだとしても、私はクールボーイのことをまだ許せていない。彼がこの世界に来なくなったことで私の心に芽生えた疑念の火は、まだ消えていない」
「……」
「キミが心底気のいいやつだと分かっても、まだ私たちは敵同士だ」

 そういってミスティモンはまた笑みを浮かべると、その表情をぐっと引き締めて──。

「だから、降伏もできる」

 ──アルテアの前で跪いた。

「どういうつもりです、ミスティモン」
「だから、降伏だ。どのみち、人間たちと一緒にいるデジモンに私たちは勝てない。ジエスモンと同じ究極体まで到達されては、もう為す術がない」
「……」
「だからキミに頼む。我々は降伏する。私の身はどうなってもいい。……ただ、部下のデジモンたちの命は、助けてくれないか」

 真剣なまなざしで懇願するミスティモンを、アルテアは無感情に見下ろして、そして──聞こえよがしにため息をついた。

「がっかりです」
「そうだろうな。コレが本当の私だ」
「いいえ、アナタでなく、私自身にですよ」
「……なんだって?」
「もう少しアナタから信頼されていると思っていたのですが」

 アルテアの言葉が理解できないように、ミスティモンは首をかしげる。

「いや、だからキミを信頼して部下の命を……」
「それではどうにもスッキリしません。そんなにして頼むなら、仲間を裏切って一緒に戦ってくれないかぐらいのことは言ったらどうです」
「いや、だってキミが絶対に裏切らないって……」
「それなら、せめてただ降伏ではなく、決闘で決着をつけるとか」
「キミが見抜いたとおりだ。私はもう、キミを斬る気になれない」

 目を伏せて首を振るミスティモンに、アルテアは肩をすくめる。

「まったく、仕方が無いですね──エスピモン」

 アルテアは自分のこめかみを指でトントンと叩く。ピッと言う電子音がして、彼の体から別の声が聞こえる。

『はい、マスタ……これ、秘密通信じゃないッスよ! 大丈夫ッスか!?』
「ええ、潜伏任務は中止です」
『えー!? てっきりユウキさんたちの襲撃に合わせて内側から奇襲をかけるものかと……』
「そのつもりだったんですが、中止です」
「ま、待ってくれ、潜伏って……それに奇襲……?」

 聞き捨てならないいくつものセリフに困惑しているミスティモンを置いて、アルテアは話を進める。

「ミスティモンがクールボーイ様から奪ったD-STORAGEを保管している部屋がありましたよね」
「だから、どうしてキミがそれを……」
「アレを持ってきて下さい」
『──了解ッス!』

 アルテアの意図をくみ取ろうとするのを諦めたのか、エスピモンは威勢の良い返事を残して通信を切る。アルテアは、理解が追い付かない様子のミスティモンに視線を向ける。

「ということです。私とカードバトルしましょう。ミスティモン」
「い、いや、おかしいだろう!」
「なにがですか? どうせ降伏されるなら、アナタをカードで破ってからの方がまだスッキリすると、私の人工知能は言っています。何度計算しても、です。頭のいいアナタですから、カードのルールは分析済みでしょう」
「デジモンにはあのデヴァイス──D-STORAGEは使えないはずだ」
「カードをマテリアルとして出力して、テーブルに並べてバトルすればいいんですよ。リアルワールドで人間たちはそうしています」

 一度やってみたかったんですよねとのんきに話すアルテアを呆然として見つめ、ミスティモンはやっとの思いで言葉を絞り出した。

「……私に、戦うメリットがない」
「確かに、ではこうしましょう──」

 アルテアはいいことを思いついたとでも言いたげに、指をピンと立てた。

「──もしアナタが勝てば、“守護者”の味方として、デバッグチームと戦ってあげます」

To Be Continued.

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