DEBUG.24-1
クロスコネクティアの一角にある街。そこにいるのは一部を除いてマシーン型のデジモンたちばかりで、インプモンやファンビーモンたちはそれだけで目立つ存在だ。
けれど今日、ユウキたちが拠点にしているリベリモンの住まいには、驚くほどに多彩な姿のデジモンたちがそろっていた。
「──と、いうわけで、あなたたちに力を貸してほしいの」
涼音がことのあらましを説明し終え、頭を下げると、室内には痛いほどの沈黙が広がった。
「話し合い、ミスティモンと、か」
永遠にも思える時間の後、野太い声が響く。難しい顔でそう呟いたのは、白銀の獅子──パンジャモンだった。その獅子に、涼音は真剣な表情で頷き返す。
「面白くないでしょうね。ミスティモンの命じた供物の供出で、村は随分苦しい思いをした。あなたと彼の間には確執があるようだし」
「ふん」
しばらく腕組みをして考え込んだあと、パンジャモンは頭の中のもやを振り払うように首を振った。
「……いや、大丈夫だ。あいつとはウマが合わんが、それでも昔は共に戦った仲間だ。道を間違えているのなら、正してやらなくてはいけないだろう」
それから、在りし日に思いを馳せるようにため息をついた。
「実際、気になっていたのだ。あいつがあんなに気の急いた行動を取る意味がな」
「それなら──」
「ああ、手伝おう」
「……ありがとう」
涼音は深々と頭を下げた。
彼女の隣で、竜人──ディノヒューモンが心底不思議そうな声を上げる。
「要はミスティモンたちがどうにかなればいいんだろ? どうして戦うんじゃいけないんだ?」
「悪いな、そっちの方が話は早いんだが」
竜人の言葉に、リュウタローは首を振った。
「これは俺たちのワガママなんだ。俺とお前が拳でしかわかり合えなかったように、あいつらには言葉を使わないと、通じるものも通じないと思うんだ」
彼は拳を手のひらに打ち付け、握りしめたその手をじっと見詰めてから、ゆっくりと手を開いた。
「俺はやっぱり、ミスティモンにも分かってもらいたい──俺たちは、お前たちが大好きなんだって」
「そうか!」
ディノヒューモンはニパッと笑った。
「それなら、俺も手伝う! リュウタローとわかり合えた時は、いい気分だったからな」
「……サンキューだ、ブラザー! 頼りにしてるぜ」
リュウタローとディノヒューモンが思い切り拳を打ち付ける。
その隣で、居並ぶデジモンの中ではひときわ小さい植物型デジモン──フローラモンは不安そうに頬を掻いた。
「もちろん手伝うっすけど……ほんとにウチでいいんすか? ほかの皆さんと比べても、力も無いし、えらいわけでもないし……」
「いや、それはちがう。フローラモン」
サイキヨはフローラモンの言葉にきっぱりと首を振る。
「キミとの戦いが、僕がこの旅で得た、一番胸を張れるものなんだ。それをミスティモンにぶつけてやりたい」
その言葉に、フローラモンは思わず顔を上げる。
「僕が、守りたいもののために、手伝ってほしい」
「……そんなこと言われると照れるっすね」
フローラモンは頭に被った花弁をもじもじと撫でたあと、きっぱりと頷いた。
「軍師さまの作戦が頼りになることはもう知ってるっす! その軍師さまが、ウチが必要って言うんなら、もう頑張るしかないっすね!」
ありがとう、とほほ笑むサイキヨに聞こえないように。フローラモンは、緊張はするっすけど、と小さく呟く。その頭を、ファンビーモンがやさしく撫でた。
「それじゃあ、決まりね」
涼音が安堵の表情を浮かべて息をつく。
「みんな、私たちと一緒に戦ってちょうだい。誰も傷つけない、私たちの戦い方で」
その言葉に返ってきた声は、旅の始まったころよりも少しだけ多かった。
DIGIMON LIBERATOR SIDE STORY
DEBUG.24-1 奇跡-前編
「話、まとまったみたい?」
「ああ、なんとかなって良かったぜ」
涼音たちが話している家の外。漏れ聞こえる会話が温もりを帯びたのを感じて、ユウキはほっとした表情で息をつき、インプモンの方に非難の表情を向けてくる。
「インプモーン、なんで私が一緒にいちゃダメだったの!? 無理矢理連れ出すことなかったしょー!」
サイキヨたちが話をする間、インプモンはユウキと共に家の外で待っていた。会話の間、インプモンは知らないデジモンたちにいますぐ話し掛けたくてうずうずしているユウキをずっと抑えていたのだ。
「ユウキがいるといつまでたっても真面目な話になんないからだろ」
「そんなことないですー! ちゃんとマジメにできますー!」
「出会って早々、リュウタローのマネしてディノヒューモンと“あいさつ”したのはどこのどいつだよ! リュウタローが異常なだけで、普通はアバターになにかあってもおかしくないんだからな!」
「……うぅ」
インプモンの言葉に、彼女は唇を尖らせる。彼女がディノヒューモンと拳を思い切り打ち合わせたとき、サイキヨはドン引きし、リュウタローは青ざめ、涼音は滅多に聞けない悲鳴を上げた。あの調子では真面目な話などできはしなかっただろう。
「ま、あの連中ならマジメな雰囲気じゃなくてもOKしてくれたかもだけど、真剣に頼む必要があるってスズネの意見にはユウキも賛成だったろ」
「……そうだね」
ミスティモンたちを話し合いの席につくため、クロスコネクティアで友人になったデジモンたちの力を借りる。それが、サイキヨたちの出した案だった。
ミスティモンたちはクロスコネクティアとデジモンを守るために戦っており、人間がそれらを脅かすと考えて憎しみを募らせている。その誤解を解くためには、実際に自分たちが知り合い、理解し合えたデジモンたちに話を通してもらうのがいいと考えたのだ。
とはいえ、それが命懸けで生きている彼らに不要なリスクを負わせるのは確かだ。だからこそ、慎重に、決して強要するような形にならないように話を進める必要があった。
「結局はアイツらがどれだけ信用されてるかってのに懸かってたワケだけど、なんとかなったな」
「うん……みんな、いい友達ができたんだね。シショーも」
ユウキは感慨深そうに呟く。サイキヨは人見知りしがちな性格で、デバッグチーム内でも交流があるのはユウキたちごく一部だった。そんな彼が旅で出会ったデジモンと仲良く話しているのが、友人としてうれしかったのだろう。
……それにしたって、目に涙をためているのはやり過ぎだと思うのだが。
「いや、なんでユウキがそんな泣きそうなんだよ」
「だってーシショーが頑張ってるの見てきたもん! エモいっていうか、もはやエモ散らかしてる!!」
「イミわかんねーって! おい! 中の連中のジャマしちゃ悪いだろ!」
このままサイキヨたちの語らいに水を差しては悪い、いよいよ本格的に感動の涙を流し出したユウキにインプモンが途方に暮れていると。ぶろろ、という音とともに、ターボモンとマニューバモンが家の前を通りすがる。
「あ、ターボモン、マニューバモン! ほんとにあざまるー!」
ユウキは泣きじゃくっていた顔をパッと明るくし、2体のデジモンに抱きついた。
サイキヨたちの提案にはひとつ、問題があった。街からパンジャモンたちのいる場所までは、この世界の時間で丸一日ほどかかる、いくら時間の流れがゆっくりだと言っても、いったん戻ってデジモンたちに協力を頼んだのでは、任務のタイムリミットを迎えてしまい。
その不可能を可能にしたのがターボモンとマニューバモンだった。街で休んだことで、暴走NPCに追われたことによる疲労が取れた2体の機動力はすさまじいもので、サイキヨたちのメッセージが込められたD-STORAGEを持ってそれぞれの村や里を訪れ、各所の代表デジモンを乗せて戻ってくることができたのだ。
ディノヒューモンはターボモンの速さを気に入って仲良くなったようだし、パンジャモンはマニューバモンの足につかまっての長時間の移動にもびくともしなかった。マニューバモンの口の中で運ばれたフローラモンは、遠い目で「案外居心地良かったっす」と言って、それ以上は語りたがらなかった。
「ほんとに助かったよー! この旅始まってから、みんなに助けられてばっかりだー!」
と、そんなことを考えているインプモンの前で、ユウキはまた涙を浮かべ始めた。ぎゅうっと強い力で抱きしめられ、ターボモンとマニューバモンは困惑したような表情を浮かべる。
普段からころころ表情の変わる相棒だが、この様子はちょっと不安定すぎる。インプモンはユウキの背丈に届くように飛び上がると、彼女の頬を思い切り引っ張った。
「ひょっほー、ひゃひ……なにするのさインプモン!」
「ユウキ落ち着けって。笑ったり泣いたり、なんか変だぞ!」
「へ、ヘンじゃないし!」
「いーや、ヘンだね! どうしたんだよ。え、まさか──」
インプモンの頭を不吉な想像がよぎる。それはこの状況においては普通に起きうる不調。けれどユウキに限って、そんなことはありえないと思っていたのだが。
「──緊張してンの?」
「……」
「いや、まさか今更そんな……」
「してるー!! がちキンチョーするー!!!」
「マジかよ……」
呆れたように呟くインプモンに、ユウキは飛びつき、その頬をむにむにと揉む。
「ひゃ、ひゃめろって!」
「だってーーー! 友達になる作戦、立てたはいいけど! うまくいくか分かんないし!」
「今更ンなこと気にしてんのかよ……」
「するよー! 友達になるときは、いつも本気だもん!」
「……そうかよ」
インプモンはユウキの手から逃れると、お返しと言わんばかり、彼女の頬をむに、とつまんだ。
「おい、ユウキ」
「にゃ、にゃに?」
「オマエ、オレが夢について聞いたときのこと、覚えてるか?」
「……」
真剣な口調につられてか、ユウキも黙り込む。
「オレは覚えてる。あの時、ユウキはさ──」
「ユウキの夢、──“すべてのデジモンと友達になる”だっけ?」
ユウキと出会ってすぐの頃、インプモンから話を切り出したことがあった。インプモンからその話をすることは珍しかったか、ユウキは驚きながらもうれしそうに顔をほころばせ、空をビシッと指さした。
「そのとーりッ! この世界に生きる全部のデジモンと出会って、話して、友達になりたいんだ!」
「ラクーナの外にもデジモンはいるぜ。クールボーイの話聞いてなかったのかよ」
「だったら、いつかその子たちとも友達になる!」
「ムリだろ、フツーに」
インプモンがだるそうに切り捨てれば、ユウキは声を張り上げて反論してくる。
「そんなの分かんないでしょーがっ!」
「いーや、反論できるね」
そう、その日のインプモンは、相棒の無謀すぎる夢を全否定してやるつもりだったのだ。そのために寝る間も惜しんで反論も考えてきていた。
「もし、全てのデジモンと友達になりたくて、それができるって言うならさ──ユウキはとっくに、ニンゲン全員と友達になってんじゃねーの?」
その発言に、ユウキはうぐっとあとずさる。もっと詳しく説明してやらなきゃいけないと思っていたが、様子を見るに、その疑問はユウキにとっても痛いところを突いていたらしい。
「私、会った人とは大体友達だよ……多分!」
「多分、じゃねーか。ニンゲン全員も、デジモン全員も、同じくらいムリっぽい夢だろ。だったら、同じ世界にいるニンゲンの方がまだ希望あるんじゃねーの?」
「う……」
「それなのにデジモンとがいいってのはさ、どうせできないって分かってて、デカいこと言ってるだけなんじゃねーの? それか──オレたちがゲームのキャラだと思って、ナメてるんだろ」
「そ、そんなことないし……!」
「だったら言い返してみろって!」
どうしてこんな意地悪を言ったのだろう、インプモンは思う。ムチャクチャな夢を語る相棒をなんとか論破したかった。きっと、その夢に付き合わされるのがイヤだったんだろう。自分にはちょっと、眩しすぎると思ったんだろう。
「うう……えーん!」
果たして、遠慮の無いインプモンの言葉に、ユウキは泣き出した。難儀なモノで、意識してひどいことを言っていても、いざ泣かれるとどうしたらいいか分からなくなった。
「な、泣くなよ! 泣いたってイミねーぞ!」
「だって仕方ないじゃん! 友達になりたいと思ったんだもん!」
「だからそれは別にニンゲンでも……」
「だってデジモンってすごいじゃん!? 見た目も、生き方も全然私たちと違うのに、私たちとおんなじように話して、考えて、ご飯食べてウンチしてさ……!」
「なにを……」
「そんなすごい、奇跡みたいな生き物が、がちでいるって知ったら、友達になりたいって思うじゃん!」
「……!」
その後のことはよく覚えていない、多分インプモンの方が頑張って頑張って、喉につかえた「ごめんなさい」を引っ張り出したはずだ。
ユウキが言っていることはメチャクチャだった。インプモンの問いかけの答えにもなっていない。それでも、言い返すことはできなかった。
デジモンを「奇跡」と語る彼女の瞳を、まっすぐに見てしまったから。
ひねくれものの小悪魔は、相手の瞳にウソがないことなんて、簡単にわかってしまったのだ。
「あの時ユウキは、デジモンのことを“奇跡”って言ったろ」
「……うん」
昔を思い出したことで、ユウキもすっかり落ち着いたようだった。じたばたさせていた手をおろして、インプモンの言葉に聞き入っている。
「なら、デジモンにとっての人間も、そうなんじゃねーか?」
「……!」
ユウキの目が大きく見開かれた。
その時、遠くからエンジン音が聞こえる。インプモンたちが振り返ると、この街でユウキに世話を焼いてくれたリベリモンの姿があった。
「リベリモン!」
「話し中悪いな。ユウキ、もう行くのか」
「うん、たくさんお世話になったけど、やらなきゃいけないことがあるから」
「そうかい」
まっすぐに言うユウキに、リベリモンは深く頷く。
「ミスティモンと話し合うのに、デジモンの助けがいるんだろ。本当は俺が一緒に行こうかと思ったんだが──」
そう言いながら、リベリモンが親指で自分の背後を指さす。そこにはこの街で催されたフェスのあとにユウキたちと友達になった、この街のインプモンとハグルモン、カプリモンの姿があった。
「こいつらがお前たちの力になりたいってよ」
「ちょっとリベリモン! 力になりたいは言い過ぎだって!」
インプモンはリベリモンに吠え、それからユウキの方を向く。
「その、色んな友達と一緒に、街を出るんでしょ。いったいどんなニンゲンやデジモンがいるのか、気になっただけ!」
「インプモンが言い出したんだよねー! ユウキたちの力になりたいってー!」
「ちょっとカプリモン!?」
「オイラが思うに、せっかくトモダチになったユウキが、別のトモダチと一緒にどこかに行くのが寂しいんだと思うゼ」
「ハグルモンまで! ちょっと黙っててよ!」
顔を真っ赤にして怒るインプモンを見て、カプリモンとハグルモンは笑う。
「ユウキ、ミスティモンたちともトモダチになるんでしょー! じゃあ、ボクもお手伝いしたい!」
「オイラもだゼ。あの歌を聞いてまだ強情張ってる分からず屋と、話しに行きたいナ」
「みんな……」
ユウキは感極まったように呟き、3体をまとめてぎゅうっと抱き寄せた
「あざまる! でも危ないかも知れないし、無理はしないでね!」
「……心配すんな、ガキ3体くらいオレが守るって」
「うん!」
頭の後ろで手を組んでめんどくさそうに言うと、彼女のパートナーのインプモンは、ユウキにだけ聞こえるように呟いた。
「……なあユウキ」
「なに?」
「チームのほかの連中、みんなデジモンに会って変わったみたいだったろ」
「うん!」
ユウキは大きくうなずく。サイキヨを中心に、涼音もリュウタローも、この旅で、デジモンとの出会いを通して大きく変わっていた。
「今回だけじゃなくて、きっとパートナーや、ラクーナのデジモンたちと会って、みんな変わってるんだと思う!」
「……デジモンもだよ」
「え?」
「デジモンだって、人間と出会って変わってる。ファンビーモンも、ティラノモンも、ユキダルモンも、あのハックモンも、この世界のデジモンたちも、みんな人間と会って、話して、ケンカして変わったんだ」
「……」
「それは“進化”とはちがうけどよ、きっと、同じくらい大きな変化だと思う。それこそ“奇跡”みたいな」
照れくさそうにインプモンは続ける。
「……オレもだ、オレも、その、ユウキに会って、前より楽しい」
「……」
「オレくらいひねくれモノのデジモンのことも変えられたんだ。ミスティモンのことも、きっと大丈夫だよ」
「……インプモン」
いつもならここで感動したユウキがインプモンに抱きついて、いつものうるさいケンカになる。
でもその日はユウキは静かに頷いて、インプモンに手を差し出した。
「……ンだよ」
「ハイタッチ。ありがとう、とか、頑張ろう、とか、いろいろ!」
「……おう」
インプモンは短く答えて、自分の手を挙げる。
ぱちん、決意の音が響いた。
To Be Continued.

