DIGIMON LIBERATOR

  • X

novel

DEBUG.24-2

「シショー、そろそろ……」
「うん、“守護者”の砦だ」

 密林の中、ユウキの問いかけに、サイキヨは緊張の面持ちで答える。彼の手元のD-STORAGEには観来の作った地図。現在地を示す青いアイコンと、ミスティモンたちの居所を示す赤いアイコンが表示されていて、その赤と青はもうほとんど重なっている。

「みんな、十分気を付けてね。フォージビーモンとマニューバモンが空から警戒してくれてるけど……」
「このジャングルは奴らの縄張りだ。奇襲はいつでもありえるからな!」

 涼音とリュウタローの言葉に、デジモンたちはいつでも相手の攻撃を迎撃できるように構えを取りながら、一歩一歩と地面を踏みしめていく。

 と、先頭を行くパンジャモンが道をふさぐツタを切り払い、ぽつりとつぶやいた。

「……妙だ、ワナがない」
「ワナ?」

 疑問符を投げかけるユキダルモンに獅子は頷く。

「オレがミスティモンと共に戦っていたころから、この辺りには外敵を寄せ付けないためのワナが張り巡らされていたはずだ」
「たしかに、これだけのジャングルだったら、ワナ仕掛け放題っすもんね……トゲとかヤリとか」
「暴走NPCや人間を警戒しているなら、ワナを増やしそうなものだが……」
「それって、つまりさ」

 サイキヨが眼鏡を持ち上げる。

「それ自体がワナってことだ。僕たちを奥の砦までおびき出すのが目的なんだ」

 全員の表情が緊張を帯びる。その雰囲気に耐えかねたのかユウキは明るい声を上げるが──。

「ね、ねえ! 戦闘する気はないんだし、当たって砕けろー! じゃ、ダメ?」
「砕けちゃダメに決まってるだろ!」
「はぁい」

 ──相棒のインプモンに一蹴され、胸に抱いたカプリモンの頭を撫でるのみに終わった。

 そのとき、ひゅん、と風を切る音がして、マニューバモンとフォージビーモンが彼女たちの前に降りてくる。

「キヨちゃん!」
「フォージビーモン、何かあった?」
「うん、この先、開けた場所にいて、大勢のデジモンがいる! それに……」
「それに?」
「それに……なんやろ、あれ?」
「はあ?」

 歯切れの悪い様子のフォージビーモンにサイキヨが疑問符を浮かべた時、彼らの視界が開けた。

 そこは樹木の生えていない広場のような一角だった。背後に巨大で無骨な木造の建物が見える。あれが“守護者”の砦なのだろう。

 砦を背に大勢のオーガモンやゴリモン、ベツモンが並び、その中心で一体の魔法戦士──ミスティモンがユウキたちを見据えた。

「来たな」

 しかし、ユウキたちの目を真に引いたのはそれらのどれでもない、ミスティモンの傍らに立ち、戦いに赴くヒーローのようなポーズを取っている──。

「──アルテア!?」

 ユウキたちの声が重なり、森に響く、アルテアはその余韻を楽しむように深く頷くと、隣で心底申し訳なさそうにぷるぷる震えているエスピモンと共に、D-STORAGEを構えた。

「みなさん、申し訳ありませんが、きょうは私が相手役です。ご承知の通り、最先端のAIですから、舐めてかかると手を焼きますよ、つまり──AI、手焼く……相手役」
「うおおおおおお!!」
「最高だぜ!!!」
「アルテアーーー!」

 彼がその言葉を発すると、“守護者”のデジモンたちから野太い歓声が上がった。

 
「……シショー、どゆこと?」
「僕が知るわけない」

 ユウキにそう問いかけられ、サイキヨは首を振ると、傷みだしたこめかみを押さえた。

DIGIMON LIBERATOR SIDE STORY
DEBUG.24-2 奇跡-後編

「デュナスモンX抗体……てっきりクールボーイのデッキをそのまま使うかと思いましたが」
「憎らしい相手の考えたものを使うことは主義に反するからね。それに彼は、多くのカードを所持していた。新しくデッキを組むことは難しくなかったよ」

card

 ユウキたちと“守護者”が邂逅する少し前のこと、砦の一室で、アルテアとミスティモンはテーブルにデジモンカードを広げていた。そばには見届け人としてエスピモンが控え、固唾をのんで勝負の行方を見守っている。

 メモリーゲージを手で動かす慣れない感覚を楽しみながら、アルテアはミスティモンを見つめる。カードさばきにたどたどしいところがあるが、一から組んだというデッキは満足に戦える構築の条件を満たしたもので、プレイングもこれが初めての試合とは思えないほどに洗練されている。

 ミスティモンがクールボーイのD-STORAGEを手に入れてから、この世界においてもそう長い時間があったわけではないはずだ。さすがに“守護者”の知略を担うリーダーと言ったところか、いや、それ以上に、彼が努力してこのカードゲームを研究した、ということなのだろう。

 アルテアがターンを返せば、ミスティモンは手札に目を落としながら、彼に話しかけた。

「……いつから気づいていたんだ?」
「何の話です」
「キミがさっき言ったことだ。ダルフォモン様のお告げだよ」
「ああ、あれですか」

 ダルフォモンのお告げ、それはアルテアが──いや、この世界の誰も知りえない情報で、だからこそ、それを知っていると言われて、ミスティモンは激高したのだ。

「簡単ですよ。アナタが優しいという仮定に基づく、一つの推論です」

 ターンを返され、慣れた手つきで盤面のカードをさばきながら、アルテアは語る。

「アナタは苦しんでいた。慣れない厳しい役目を果たそうとしていたのもそうですが、明らかに、配下のデジモンたちと何かの間で板挟みになっていた」
「……」
「アナタの上に立つデジモンといえば、ダルフォモンという存在一体しかいない。その全容は私には分かりませんが、エスピモンの報告で、神に近い存在であることは分かりました」
「そこのエスピモンが、ずっと砦に隠れていたって言うのかい、本当に?」
「は、はい! ワタクシ、ずっといました!」
「キミたちには参るね……」

 ため息をつくミスティモンに、エスピモンはなんだか悪いことをしたような気分になったが、アルテアは気にする様子もなく話を続ける。

「エスピモンの報告からは、他のことも読み取れました。アナタが、およそ賢明なアナタらしくない短絡的な施策を行っていること」
「……供物の取り立てだね。分かっているとも」
「焦って供物をささげてまで、神に願わなければいけない何かがある。それは配下のデジモンたちには共有できないこと。加えて、クロスコネクティア各地で天変地異が相次いでいる」

 アルテアは一瞬だけ、プレイを進める手を止めた。

「クロスコネクティアは、滅びるんですね」
「そうだ。そしてダルフォモン様は、世界と共に滅びることを選択した」

 ミスティモンは肺──デジモンにそのような器官があるかは分からないが──の空気をすべて吐き出すように言い切ると、唇を噛んだ。

「世界が滅びるから、この世界のデジモンたちも共に滅びる。道理だ、自然だ。それが我々が掲げてきた“野生”というものの終着点だ」
「けれど、アナタは納得できなかった」
「ダルフォモン様は明らかに、ただ滅びを受け入れる以外の選択肢があると分かっていながら、それを選ばなかったのだ。それを察して、私は初めて、神に疑問を抱いてしまった」

 ミスティモンのカードを持つ手に力がこもる。

「キミに想像できるか? 神はこの世界が滅びると言っている。何かやりようがあるかもしれないが、神にはその術を取る気はないようだ。そのお告げを、そのままに配下たちに話せるか?」
「……」
「私には無理だった。全てを隠し、目先に現れたよそ者を敵と決めつけて、ただ先延ばしのような日々を続ける。誠実さの欠片もない対応しかできなかった」
「誰もあなたを責めませんよ」
「それが問題なんだよ」

 アルテアは何も言わなかった。ミスティモンがそう言っても、彼の人工知能は目の前の新しい友人を責める選択をはじき出さなかった。はじき出せなかった。

「私の仲間たちと話すべきです。私たちは、アナタたちに選択肢を提示できる」
「ああ、当然そうするべきだ。この勝負の行方に関わらず、私はそうするだろう」
「問題は、アナタの心の置き所、ですか」
「情けない話だろう?」
「いえ、ちっとも。でも、そうですね……」

 アルテアはバトルエリアにデジモンを並べ、ターンを終える。ミスティモンが適切なプレイをしていると言っても、戦況は、一日の長があるアルテアに傾いていた。次のターンには、居並ぶデジモンたちの総攻撃で、彼が勝利するだろう。

「実際、そう悩むことはないと思いますよ。ミスティモン」
「随分楽観的な発言だね。どうしてそう思う?」
「理由は二つ」

 アルテアは指を二本立てる。

「一つは私たちの仲間たちが、アナタの悩みをきっと吹き飛ばすという予想です。彼女たちは常に、私の予測のつかない言葉で、私の世界に新しい風を吹き込みます」
「キミにすら予想できない、か」
「ほんとうに。奇想天外ですよ」

 そして二つ目。そう言って、アルテアはミスティモンの顔をじっと見つめる。

「アナタが私の予想を超える可能性がある。つまり、私が予想していたよりもはるかに、何かの冗談かと思うほどに優しく、自分で口にするほどに人間のことを憎めていないという可能性です」
「……面白い推察だ。でも、証明のしようがない」
「いえ、簡単ですよ」

 そう言って、アルテアはターンをミスティモンに返した。

「アナタがここから逆転できれば、それがアナタの優しさの証明になる」
「……」
「今のターンまでに、盤面には大量のデジモンを並べました。アナタのデッキはおおむね解析完了している。一般的な構築では、十中八九逆転は不可能でしょう」
「……」
「もし、アナタのデッキの採用圏内で、この状況から逆転を可能にするカードがあるとするならば、それはアナタが最も憎む──」
「ああ、そうとも」

 ミスティモンがアルテアの言葉を遮り、手札から一枚のカードを抜き取る。デュナスモンX抗体の上に重ねられるそのカードは、ミスティモンが最も憎む人物の切り札。

card

「──オメガモンX抗体、やられましたね」
「ああ、アルテア、私の勝ちだよ。ああ、でも──」

 劣勢を返した喜びか、自分の手を読まれたことへの感嘆か、クク、と押し殺した笑い声がミスティモンの喉から漏れる。

「──まったく、完敗だ」

「それで、アルテアが……」
「ええ、負けました」
「なんで自慢げなのさ……」
「私が負けた、すなわち私の友が強い、ということですからね」

 思わずツッコミを入れるサイキヨの前で、アルテアは胸を張る。

「さあ、私は“守護者”の味方につきました。この先に行きたいなら、私のシカバネを越えていくことです」
「マ、マスター、ホントに良いんスか!?」
「約束は約束ですから。エスピモンも腹をくくりなさい」

 困惑するエスピモンの隣で、アルテアはなぜかシュッシュッとシャドーボクシングの構えをとっている。

 どうしたらいいか分からず困惑しているサイキヨたちの様子を見て、ミスティモンはため息をつき、一歩前に出た。どよめく周囲のデジモンたちを片手で制し、魔法戦士は口を開く。

「君たち、どうか矛を収めてくれ、我々に戦闘の意思はない。先だってのリスポーン地点の非礼も詫びよう。ただ、部下の命だけは──」

 そう言いながら、ミスティモンは両手を挙げようとする。ホールドアップ、降参の仕草。

 その時だった。地面を蹴る音がした。

 それはタッタッタッと軽やかな足どりで、ミスティモンに駆け寄る。

 そうして、彼女は──これまでずっとずっとそうしてきていたように──上にあげられようとしていたミスティモンの両手を取った。

「初めまして、ミスティモン!」

 花が開くような笑顔で、ユウキが言った。

「私、あなたと友達になりたいの!」

「は、はは……」

 森の最深部、ダルフォモンの領域で、砦の前の様子を映し出した映像を見ながら、クールボーイは力が抜けたようにへたり込んだ。その口からは、気の抜けた笑い声が漏れ続けている。

『おかしいですか、伝道者』 

 疑問を呈するように、ダルフォモンの声が響く。クールボーイは、神の前での礼節も思わず忘れて、こくこくと頷いた。

「ええ、思わず笑ってしまうほどに。それに、安心もしました」
『安心?』
「ヤオは立派にやった。この世界を旅するのに、最適のチームを送ってくれた」

 映像の中では、ミスティモンが背後のデジモンたちに武装解除の号令をかけている。デジモンたちは困惑しながらも、どこか嬉しそうにしている。きっとミスティモンの態度の柔らかくなったことに気づいたのだろう。

「デジモンたちの人間への敵意は根深いでしょう。でも、誤解はきっと解ける。デバッグチームと共にいる、あのパンジャモンたちが解いてくれる」

 クールボーイはひとしきり笑うと、ダルフォモンに向かって話しかける。

「彼女たちはきっとここに来ますよ、ダルフォモン」
『私を倒すために?』
「いいえ、この世界を、救うために」

 それにきっと、僕は叱られるだろうな。クールボーイは思う。それが何だか嫌ではない。情けない話だが、自分はずっとそれを求めていたような気がする。

 彼の周囲で、森が、空気が、粘菌がざわめく、ダルフォモンが思考しているのだ。その“野生”の論理で予測しうることは何一つ起きず、代わりに予想だにしなかった方向に世界が向かおうとしているからだ。

 そしてそのざわめきが消えたころ、そこには一つの圧倒的な存在感があった。

 巨大な獣、これまでに確認されたすべての獣型デジモンを彷彿とさせながら、その実そのどれとも似ていない。この世界の神たるデジモン――ダルフォモン。

image

『……観察を、続けます』
「ええ、ぜひそうするべきだ。ダルフォモン」

 クールボーイは、その姿を現したダルフォモンにたじろぎながも、やがてゆっくりと息をつくと、もう一度笑顔を浮かべた。

「──きっと、面白いですよ」

 To Be Continued.

DIGIMON CARD GAME