DEBUG.FINAL
どこまでも続く緑と青がある。草原の海と、先ほどまでの曇天が嘘のように雲ひとつない晴天が視界いっぱいに広がっていた。
肌を撫でるような優しい風が去って行く。心地よい。
――ここはクロスコネクティア。
デジモンリベレイターの舞台とは異なる大地。自分たちが大冒険を繰り広げた、壊れかけていたもう一つの電脳世界だ。
その冒険の始まりの地に、いま一度ユウキは立っていた。
……ラクーナに吹く風も好きだけど、こっちの風も好きだな。
クロスコネクティアに吹く風の感覚を楽しみながら、彼女はふと空を見上げる。すると、一瞬まるで世界の中心が自分になってしまったような、虚ろな錯覚にとらわれた。
……独りじゃ、ないよね。
自分の傍らに立つ、腰ほどの身長の小さな相棒――インプモンを見つめて、彼女はふと安堵した。
もう、夜空を眺めて孤独に耽っていた、あの頃の自分はいない。
いまは隣に友達がいる。共に戦ってきた、一番の理解者。
それがどうしようもなくうれしくて、ユウキは頬を緩ませた。
「――ンだよ。別にどこにも行ってねえぞ俺は」
ユウキの表情の変化に気付いたインプモンが、訝しげな表情とは裏腹に柔らかな声で彼女の視線に応える。ユウキの隣にいることが、相棒にとっての当たり前なのだと、不器用に教えてくれていた。
「いやぁ。色々あったな――って。そう思っただけ」
「色々ありすぎだ。ラクーナの問題が片付いたと思ったら、間髪入れずにクロスコネクティアの問題をデバッグ……って、忙しすぎて休まる暇もないぜ」
私たち似たもの同士だから本心じゃないのわかってるよ。ゆっくりする、なんて苦手なくせに――なんて口にすると、また不毛な言い合いが始まりそうだったので寸でのところで言葉をしまい込んだ。
「忙しいなんてデバッガー冥利につきるっしょ。それに、この世界がなかったら、私寂しかったじゃんね」
こういうときは素直に自分の言葉を打ち明ける。似たもの同士がゆえに、ストレートに想いを伝えるのがこの相棒には一番効くのだ。
「ああ、いまラクーナは閉鎖してんだよな」
アンチェインとの大立ち回りが終わった後、デジモンリベレイターは長期のサービス停止を余儀なくされた。わずかな時間とはいえ、全プレイヤーがログアウト不能になる大規模な未帰還障害がおきたのだ、しかるべき機関による調査が入るのも詮無きことである。
そこで、ふとインプモンが「そういえば」と手を打ってこちらに疑問を投げた。
「この旅が始まってからそれくらいの時間が流れたんだっけか? 俺はイマイチ時間感覚がわかんねーっつーか」
「8ヶ月」
「はち……っ、はぁ!? じゃあなんだ、お前もしかしてタンイとかいうの手に入れそびれたってか!」
「バカ、そんなワケないじゃん! ちゃあんと全単位とったよ!」
ウインク付きでブイサインを突き出すと、インプモンは信じられないといった顔でわなわなと体を震わせた。
「こっちに入り浸ってたのに……っ!?」
「冒険の合間を縫ってたっぷり勉学にも励んでいたってワケ。ユウキちゃんは真面目なのだ」
「……」
何かが引っかかったのか、相棒は肩を竦めながら首を傾げる。なんだかインプモンに、とても失礼な感情を抱かれているような気がしたがユウキはぐっとこらえる。よしよし、これでいい。
「まぁでも、本当に色々あったよね。クロスコネクティアに来てから」
ユウキたちだけではない。仲間と共に、本当に色々なことを経験した。
初めてこの大地を踏みしめたとき、自分の周りには誰もいなかった。ダルフォモンを信仰するデジモンたちにサイキヨたちが襲われて、デバッグチームが散り散りになっていたのだ。
サイキヨとファンビーモンは密林エリアでフローラモンたちと暴走NPCを退け。
リュウタローとティラノモンは渓谷エリアでディノヒューモンたちに襲われて、なんと殴り合いにまで発展して和解をし。
涼音とユキダルモンは雪原エリアで重税に苦しめられるパンジャモンたちと出会い、ヒョーガモンをこらしめて。
アルテアとエスピモンに至っては、守護者の砦に一直線……拉致されるという形で。その後、ジエスモンと旧知の仲であるミスティモンとカードバトルで語り合った。
そんなことが起きているとは想像もしていなかったユウキとインプモンは、城之崎観来とハニモンに出会って、この世界の地図を手に入れて、それからみんなと合流するために現地のデジモンとロックフェスで大暴れした。まぁ、あくまで比喩の話ではあるが。
DIGIMON LIBERATOR SIDE STORY
DEBUG.FINAL CROSS CHRONICLE
「それから? キミたちはいったい、そこからさらにどんな冒険をしてきたのだろう?」
ユウキとインプモンの会話に割って入ったのは別のデジモンだ。
先ほど彼女たちの心意気に触れ、自分も力になりたいと思った、新たなユウキの友達である。
「いやそりゃもー! 大変だったっしょ! ラクーナが平和になったあと、クロスコネクティアを東へ西への“えぐ”活劇!」
ユウキが、ここに至るまでの出来事を語ってくれる。
エクスマキナモンが使用した異能『エスカトン』によって、ラクーナとクロスコネクティアはあわや衝突・融合し、すべてのデジモンの命がリセットされる寸前だった。
崩壊しかけていたこの世界を棄て、ラクーナへの移住を心に決めたミスティモンたち。彼らの協力の甲斐あって、世界の融合という未曾有の危機は脱することができた、のだが。
納得の上でラクーナへの移住の準備を進めていたミスティモンらに、思いもよらない提案がなされた。
……やっぱり、戻ろうよ! クロスコネクティアに!
故郷・クロスコネクティアの平和も取り戻す。荒唐無稽にも思える理想を語り出したのが、他でもないユウキだったという。
「――それは、向こうのデジモンも困惑したのだろうね」
「そりゃそーだ。みんなこの世界のことは諦めてたんだからな。帰れないつもりでラクーナに来てくれたのは間違いねーよ」
「不退転の決意、というものだろうか」
「でもでも! やっぱり自分の家がなくなっちゃうって考えたら、いてもたってもいらんなくってさ……友達が哀しい思いをするなんて、私は耐えらんない」
だからこそ、彼女は声を上げたのだろう。そして、これまでの冒険で絆を結んだユウキの言葉に、デジモンたちが心を打たれないハズがなかった。
そして、盛り上がる一同の背中を押すようにひとつの情報が転がり込む。
クロスコネクティアの観測データに、巨大なデジモンの存在が確認されたのだ。
融合の課程で一度、空間データが歪曲したことで地の底に眠っていたデジモンが目を覚ました。そしてそのデジモンこそが、クロスコネクティアに流れる時間の流れを、急激に加速させ崩壊へと導く原因になっているのだ、と。
名をクォーツモン。
そこに存在するだけで時の流れを歪ませるほどの力を持つ者。
「それはそれは。とんでもない奴がいたものだ」
「……まーたしかに、とんでもねー奴だな」
クォーツモンを倒せば、世界の崩壊を止められるかも知れない。突如露わになった一筋の希望をたぐり寄せるべく、クールボーイを中心に、クロスコネクティアを冒険したデバッガーとデジモンを集めて特別部隊を編成。
もう一度クロスコネクティアへの突入が決定した。
「でさあ。クォーツモンの姿はクロスコネクティアに入ってすぐ! 目に飛び込んできたんだけど……」
ラクーナのE.G.Gのように、世界のどこにいても見えるぐらい、クォーツモンの体躯は巨大だった。
しかし幾重にも張られたドーム状のセキュリティがクォーツモンを取り囲んでおり、すぐにクォーツモンを排除するのは困難。
どうにかしてセキュリティを解除する方法を見つける必要があった。
幸いなのは、クォーツモンの出現後は崩壊の進行が著しく鈍化したことだ。加速した時間もなりをひそめ、ほぼ現実世界やラクーナと同じ時の流れへと落ち着いていた。
しかし、確実に崩壊は進んでいく。
彼らは与えられた時間をフルに活用し、クロスコネクティア中を旅して――それこそ8ヶ月、という途方もない時間をかけて――調査を進めていく。
「そして、たどり着いたワケだろう。クォーツモンに」
「そこからまた、ひと悶着あったけどな」
インプモンが渋い顔で口元を歪ませる。
それもそのはずだ。長い時間をかけてクォーツモンへの路が拓けて、本格的に討伐隊を編成しようとデバッガーたちが動き始めたのと同時に、他でもないユウキが真っ先に手を挙げてこう言ったらしい。
……私とインプモンだけで行かせて欲しい!
何を莫迦な。周囲は当然のごとく猛反対した。
超巨大で、世界崩壊の原因となっていたラスボスを前に、豊富なパーティを置き去りにして独りで立ち向かおうと言うのだ。これがRPGならやりこみプレイもいいとこだろう。
しかしユウキは譲らない。
……だって、クォーツモンだって話せばわかるはずだよ!
……想いが通じれば、友達になれるもん!
……私たちはデジモンを倒すために冒険していたんじゃない! わかり合うために、手を取り合うために頑張ってきた……そうでしょ!?
聞けば、ユウキの目標は「すべてのデジモンと友達になること」だと言う。そして、クォーツモンが出現して以降、時の流れや世界崩壊が鈍化したことは否定しようのない事実だ。
……クォーツモンだって、自分の世界が壊れたら困るっしょ?
彼女は対話を選んだ。
かつてこの世界の“神”と呼ばれたデジモンに対してそうしたように。平等に、クォーツモンの話を聞こうと、熱弁した。
「まったく、これじゃ誰がラスボスかわからねーよ。無茶苦茶だ」
「でも、インプモンだって一緒にみんなを説得してくれたじゃん。私の言うとおり話し合うべきだ、って」
「……それは、まぁ。な」
然して彼女は成し遂げる。
仲間の反対を押しのけ、説得し、クォーツモンと対話をして見せた。
「……それで今に至る、というわけだろうか」
「正解! いやぁ、大変だったなぁ」
「素直にマジですげー。あんなデカかった奴とカラオケ始めたときは本気で度肝を抜かれた」
「それほどでもお?」
ははは。
そこでユウキの新たな友達――クォーツモンは自分の口から笑いが吹き出すのを堪えきれなかった。
「キミたちがいかに素晴らしい体験をこの世界の歴史に刻んできたのか、このクォーツモンもさすがに理解した」
そして危うく、自分自身がその歴史を焚いてしまうところだったのだろう……ということも。
「本当にすまないことをした。改めて礼を言うところだろう、友よ」
「クォーツモンの意思じゃなくて、生態? って奴なんでしょ。仕方ないっしょ。どんまいどんまい」
ユウキの言うとおり、クォーツモンには生態の特徴として「生きているだけで周囲のデータを取り込み続けてしまう」というものがある。起きている間は自制が可能な本能(もの)ではあるが、永く休眠状態にあった自分自身の体は必要以上に環境データを取り込み続けていたのだ。
結果として、世界の時間は急激に加速し、崩壊の一歩手前まで追い詰めてしまった。
だというのに、彼女は「仕方ない」の一言で済ませてしまった。とんでもなく大きな器だ。
「んで、大丈夫なのかよ。アンタの体、ずいぶんと小っちゃくなっちまったけど」
「最初はヘヴィーメタルドラモンが豆粒みたいだったのにね」
ユウキたちの言うとおり、自分の体は先ほどまでの2000分の1程度――2メートルにまで縮んでいる。自分の体にため込んでいた環境データを世界へと還元したからだ。
「これは友好の証。このクォーツモンの願い――贖罪なのだよ。借りていたものを返しただけ……マッチポンプといってしまえばそれまでなのだろうが」
「んーん! そんなことない! これでこっちの世界もラクーナと同じように発展していける……クォーツモンのおかげ! すべりぐ!」
ユウキが晴れやかな表情で、右の掌を突き出した。
なんのジェスチャーかわからない、とクォーツモンが困惑していると、インプモンが肩を竦めながら教えてくれる。
「こういうときはな。ハイタッチで締めるもんなんだよ。こうやってな」
言って、ユウキとインプモンが掌と掌で大きな音を響かせてみせる。
なるほど、とクォーツモンは頷いて。
彼らと同じように自分の掌をユウキと合わせた。
音の鳴らない、ハイタッチだった。
「これからもよろしくね、クォーツモン!」
「ああ。友として、これからもこのクォーツモンはキミたちと共に歩むことを約束するだろう」
「……まったく、本当にたいした奴だよ、ユウキは」
その光景を遙か上空から見下ろす、2つの光がある。
それぞれの光の中心には、同じシルエットの小さな存在たちがあった。
球体に近いやわらかな造形から直接伸びる小さな四肢と、左右に垂れる大きな耳。額には5つの四角で描かれた十字の印が淡い輝きを放っている。
その2体は、ユウキとクォーツモンのハイタッチを見届けて、そのまま互いの目を見合わせた。
――よかったね
「ええ。本当に。私たちが愛した世界が、勇気ある者たちによって守られました」
――でも、きみはよかったの?
「なにがですか?」
――あのばしょに、いっしょにいたかったんじゃないの?
「ああ……良いんですよ。クォーツモンと同じく、私も貴方もそこに在るだけで世界に影響を与える。与えてしまう。であれば、こうして遠くから見守るくらいがちょうど良い塩梅というものではありませんか」
――……
「だから、貴方にはこの言葉を贈りましょう。ごめんなさい――そして、ありがとう」
――?
「理由もなく、貴方にかける言葉もなく、私を守りたいという貴方の意思を聞き届けることもなく、本能のままに貴方を拒絶した。結果としてそれは、間違いだった」
――いいんだよ。きみがぶじなら、それで
「貴方がハザマの子と共に、私に手を差し伸べた。方法は無茶だったかも知れません」
――……そう、だね
「ですが、結果としてラクーナからは毒が消え去り、クロスコネクティアはこうして崩壊を免れた。だから、お礼を言いたかったのです」
――こちらこそ、ありがとう
「不思議なものですね。こうして誰かと自由に言葉を交わすことなど、もうできないと思っていました。やはり、心地が良い」
――たのしい?
「ええ、とても。きっとあの子たちも同じでしょう。こうして笑い合いながら。時に傷つけ合いながら、これからも2つの世界に歴史を刻んでいく」
――それは、ぼくらができなかったことだ。うれしいね、せかいがまじわって、つづいていく
「そうですね。世界は交わる。歴史は続く。いまはただ、その光景を楽しみましょう。一緒に見守ってくれますか?」
――うん、もちろんだよ!
人もデジモンも、誰しもが“問われたことすらわからない何か”の“答え”を求めて、手を取り合いながら、ぶつかりあいながら生きていく。
「みんな——」
そして今日も、世界のどこかで誰かが、その喜びを声にして叫ぶのだ。
「——愛してるよッ!」
≪DIGIMON LIBERATOR≫
DEBUG COMPLETE.

